4-クリスマス会
「こんばんは!いらっしゃいませ!」
いつもの言葉でお客を迎える。決して手を抜いているわけではない。しかし、何度も同じセリフだと心が伴わなくなる感じがする。お客様を出迎える挨拶となるはずが、自動ドアが開いたら声を出す流れ作業になっている気がした。
「こんばんは!いらっしゃいませ!」
……どうもスポーツジムの客ではない雰囲気の人がいる。バイトの新人でもなさそうだ。手には薄い箱を3つ。
「こんばんは!ご注文の品をお届けに来ました!」
どうやら店長がピザを注文していたらしい。今日のクリスマス会のために準備してくれていた。
「ありがとうございます」
支払いも終わっていたらしく、薄い箱を3つ受け取り裏の事務所に持っていった。
本当にスタッフ想いの店長だと思う。そんなことを心から思っていると、ちょうど店長がやってきた。
「おっ!ピザも届いたな。さぁ、今日はあと掃除して終わりだな!」
俺たちは店の掃除に取りかかった。
バイト終了後―――
「みんな飲み物揃ったかー?それでは乾杯!メリークリスマス!」
店長の掛け声でみんなが紙コップを合わせる。
今日のクリスマス会は予定がなく、寂しい思いをしてる人が集まって企画されたものだ。しかし、飲み会をするならと、彼氏彼女がいる人でも続々と人が集まってきた。特に驚いたのは店長の参加だ。結婚して初めてのクリスマス。奥さんと一緒に過ごしたいのではないか?と思っていた。
しかし、スタッフとの交流も大事だと言い、参加してくれることになった。奥さんとは別日でクリスマスのお祝いをする予定らしい。なんともいい話だろう。この人には一生敵わないと、敵うつもりもないのに考えてしまう。
「よう、太一!最近どうよ?相変わらず彼女できないのか?」
ちびちびお酒を飲んでいると先輩が話しかけてきた。
「全然ですよ。先輩はどうなんですか?」
「ハッハー!俺も全然だよ。店長が順風満帆すぎて羨ましいな!まぁ、ウチらは学生だから結婚はまだ先だけどな」
俺も先輩と同じことを思う。素直に店長が羨ましいと思うのだ。
「本当ですね。でもあれだけイケメンなら納得ですね」
「ハッハー!それな!あーあ、インストラクターの肩書はカッコいいのに。俺も顔がよければもっとモテたかもしれないのになー」
それも同じことを思う。バイトなので胸を張って「インストラクター」だと言えるわけではないが、俺自身が『インストラクター』という肩書きに名前負けしている。俺の中でイメージしている『インストラクター』とは店長のことだ。
「なんだ?なんか呼んだか?」
「店長!」
噂をすれば、イケメン店長が爽やかに話に入ってきた。
「彼女が出来ない者同士嘆き合ってたとこですよ」
「面白い話してるじゃないか。大学に気になる女の子とかいないのか?」
「そりゃ、かわいい子はいますけど……。いるだけですよ!発展はしないんですよ」
「まぁでも大学ってそんなもんじゃない?俺だってずっと彼女出来なくて、やっと出来た彼女となんとか結婚できた感じだし」
どうやら、あの漫画のようなエピソードは本当だったらしい。
「そういえば店長に聞いてみようと思ってたんですけど、他の店舗のスタッフってお客さんと結婚した人もいるって本当ですか?」
先輩が店長に尋ねた。非常にいい質問だと思った。俺も聞きたいと思っていたところだ。だが、俺にはその質問ができなかった。なぜなら、その後の店長からの質問が予想できたからだ。
「いるよ。馴れ初めまでは知らないけど、結構いるよ。お前もしかして気になる会員でもいるのか?」
予想通りだ。この展開が予想できたからこそ俺は質問できなかった。
俺は、先輩の問いに回答する店長の言葉を半分興味なさげにお酒を飲んでいたが、耳だけは全力で2人の会話に向けていた。
「そういうわけじゃないですけどね。普段、関わりのある女の人ってお客さんくらいしかいないなぁと思って」
「まぁ確かに。仲良く話すのも仕事の1つでもあるし、恋愛に発展する可能性も無くはないよね」
「じゃあもし、店のスタッフがお客さんと付き合ってるのを知ってしまったらどうします?……クビですか?」
なんていい質問だろうか。俺の聞きたい質問が次々と先輩の口から出てくる。
俺の予想としては、、、おそらくクビだろうと考えていた。
口に含んだお酒を飲み込み、店長の言葉を待つ。
「んー……。俺は知らないフリするかな。」
「えっ?」
声が出てしまった。店長もチラリと俺の方を見た。
「いや、問題になっても責任取らないって意味じゃないよ。好きになっちゃうのはしょうがないだろうし、止めはしないよってこと。俺が知ってると許可したことになるから知らないフリするかな。まぁお客さんが嫌がることを無理に押し付けるような人はウチのスタッフにはいないと信じてるってのもあるけどね。だから、俺には教えてくれなくていいからな!」
なぜだろう涙が出そうになった。しかしその感情までも先輩が肩代わりしてくれた。
「てんちょ~。なんかちょっと感動しました。お店だけじゃなくて、スタッフの気持ちまで考えてくれて……。」
「そんな大袈裟な。でも、あれだからな!お客さんに手出すことを勧めたわけじゃないからな!」
「わかってますよ。店長には迷惑をかけないように頑張ります!」
「頑張るって……それってもう狙う気じゃない?」
それからもクリスマス会は続いた。
スタッフは皆、気のいい人ばかりで飲み会も楽しく過ごすことができる。
時にはバイトの愚痴を漏らすこともあるが、話題としては結婚、恋愛の話が多かった。
しかし、俺には先ほどの先輩と店長の会話が頭から離れない。俺はこのクリスマス会では大きな収穫を得られた。
みんなお酒が入り、気分が良くなった頃、ふと入口の自動ドアが開いた気がした。他の人も気づいたようだ。
店はもう閉店の看板を立てていたはずだ。
何者かと全員が考えたその瞬間、おそるおそる身を乗り出す、白いベレー帽を被った女性が現れた。