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2-年上のショートカット

「皆さん、お疲れ様です!ご参加ありがとうございました!また次回もお待ちしています!」

人前はいつも緊張する、もう何十回もやっているのに。

インストラクターなんて、俺には向いてない仕事だと思う。静かで前に出ていかない性格の俺には無縁の仕事だと思っていた。人前に出るなんて中学の学級代表をやったときくらいだ。学級代表だって、すこしばかり真面目だった俺が押し付けられただけだ。

そんな俺がお客さんの前に立って、軽快なトークを交えながら腹筋を教えている。人生とは何が起こるかわからないものだ。と壮大な話を21歳ながらに実感した。


自分のプログラムが終了したら参加者に声をかける。初めて参加した人、辛そうだった人へのフォローだ。これこそ人気を保つ秘訣の一つだ。と教えられた。自分で考えたわけではない、真面目にこなしているだけだ。

数人のフォローを終えた後、向かうのはやはり“あの人”のもとだ。

「坪川さん、お疲れ様です。今日も余裕そうでしたね」

「全然そんなことないよ。八角君厳しすぎ」

たわいもない会話とはまさにこのことだろう。スポーツジムの店員がお客と話すことなんて、内容の無い話ばかりなのだ。内容の薄さで言えば美容院のそれといい勝負だ。しかし、それでいいのだ。それしかないのだ。いや、そうでなくてはいけない。店員と客、この関係性を崩してはいけないのだから。

そう思っていながらも、店員だって話したい客はいる。たわいもない会話でさえ楽しく感じる相手もいるのだ。良いことではないと理解はしている。ただ、そう思ってしまうことはしょうがないのだ。だって人間だもの!

「じゃあ、また来週もよろしくねー」

「はい!ありがとうございました」

来ると言いながらも来ない時だってある。スタッフの中では『来る来る詐欺』と呼ばれる行為だ。そんな詐欺の被害にあった瞬間こそ、所詮俺は店員の一人なんだと感じさせられる。


坪川さんと別れてスタッフルームへ向かった。セミナーの衣装から店の制服に着替えるためだ。『スタッフオンリー』と書かれた重い扉を開けた先には休憩中の店長がいた。

「お疲れ様です」

「お疲れ。さっきの新しい子、杉坂未菜ちゃん。八角と同い年だってな。元気な明るい感じで即採用したわ。仲良くしてやれよ」

さっきの白いベレー帽の子のことか。大人しい感じかと思っていたが、話したら明るい感じなのな?

性格は俺が感じた印象と違うらしい。

「もちろんですよ。あんな可愛い子なら、喜んで教えますよ」

「頼もしいな。よろしく頼むよ」

店長は、そう言ってスマホを持ち直した。きっと最近結婚した奥さんへ連絡しているのだろう。

店長は誰もが認めるイケメンだ。優しく、真面目で、落ち着いている。その上、板チョコのように美しく割れた腹筋を持つインストラクターである。男が憧れるものをすべて持っている。学生時代はきっとモテたに違いない。しかし、意外なことに奥さんが初めて付き合った女性だという噂を聞いたことがある。正直、信じられない話だが、本当であれば漫画にでも出てきそうなエピソードだ。


俺はいつものように着替えを済ませ、業務に戻った。

「こんばんは!いらっしゃいませ!」

バイトの終了まであと2時間。お腹が減ってきた。空腹を感じたその瞬間、大輔が通りすがりに話しかけてきた。

「終わったらファミレス行こう」

なんとタイミングの良い。心を読まれたのかと勘違いしてしまう。やはり俺たちは気が合うらしい。

大輔の申し出を二つ返事で了承し、仕事を再開した。

「こんばんは!いらっしゃいませ!」


―――バイト終了後。

「店長。お疲れ様です」

「おー。お疲れ。気を付けて帰れよ」

もうすぐ日付も変わるという頃にバイトは終了する。店長はまだ仕事が残っているらしい。仕事ができるイケメン店長。彼は仕事が終わった後もセミナーの練習をしている。顔や体が素晴らしいだけでない。努力家なのだ。新婚の奥さんから見れば、帰りが遅いことが唯一の欠点なのかもしれない。


「さて、行きますか」

大輔とファミレスへ向かう。食べ終わったらすぐ帰れるように各自の車で向かった。一人で車を運転していると非常に落ち着く。バイト終わりに自分一人になるこの瞬間、バイト中は自分らしくないテンションを維持しているのだと感じる。

決して人と話すことが嫌いなわけではない。一人は好きだが、ずっと一人では寂しい。旅行だって、買い物だって、映画だって一人は嫌だ。

しかし、一人にいることに慣れ過ぎてしまったように感じる。いずれ彼女ができて、隣に人がいることが当たり前になるのかもしれない。そんな状態が今からではとても考えられない。

彼女や奥さんができるということは一人じゃなくなるということか?落ち着く時間が減るということなのか?それを嫌だと感じるようでは一生俺に彼女はできないのではないか?

そんな答えの出ない疑問を繰り返すうちにファミレスに着いていた。駐車場で大輔と合流し店に入る。


「いらっしゃいませ!」

……さっきまで自分たちが発していた言葉だと考えると変な感じがした。

席に案内され、俺はマヨコーンピザ、大輔はミートドリアを注文した。

「お前いつもそれ食べてるんだな」

大輔が指摘する。

「うまいし、量がちょうどいいんだよ」

俺のマヨコーンピザの宣伝を、聞き飽きたと言わんばかりの表情で聞き流し、大輔は話を始めた。

「で、どうだった?」

「何が?」

「坪川さんに決まってるだろ。進展とかないのかって」

「ないよ。楽しく、平和にしゃべって終わり」

いつもそうだ。いい人止まりと良く言われるが、『いい人止まり』の度合いを比べれば、俺の右に出る者はそうそういないだろう。


高校時代に『八角君の悪いところは優しいところかもね』と言われたことがある。意味が分からなかった。優しくすることが悪いのか。押しが弱いと言いたかったのか。何気ない一言だったが、当時の俺には強く響いた。


「押しが弱いんじゃない?」

大輔にまた心の中を読まれたのかと思った。

「坪川さんはお客さんだし、無理はできないでしょ」

「でも、太一が本気なら全然いいんじゃない?実際、お客と店員が結婚することもあるって、店長言ってたし」

「らしいね。あー、店長くらいイケメンだったらなぁ。『インストラクター』ってカッコいい肩書だけあるのに全然活かせてないわ」

「な!それめっちゃ思うわ!」

冴えない男同士がモテないことを再確認し合ったところで料理が運ばれてきた。

大学の話、部活の話、新しくバイトに入る女の子の話。遅い時間の夕飯を食べながら大輔と雑談している時間は楽しい。気分が楽だ。


ひとしきり話をした後、大輔がゆっくりと口を開く。

「なぁ。お前坪川さんのこと、ホントに好きなんだよな?」

「なんだよ。急に……好きだけど」

「携帯貸して!」

誰かから連絡が来る予定もなかったが、何の気なしに指紋認証のロックを解除したタイミングで、大輔は俺から携帯を奪った。

「なんだよ。急に」

大輔の行動に疑問は感じるが、動揺はしない。大輔に見られて恥ずかしいものはないのだ。写真もメールも。

「坪川さんの下の名前は?」

「絵里子。坪川絵里子さん」

大輔は慣れた手つきで俺の携帯を操作している。スマホの操作は簡単だ。他人の携帯でも感覚的に簡単に操作できる。不便な時代を知らない僕らでも、便利な時代だと感じてしまう。

目的を達成したのか、嬉しそうな顔で携帯の画面を突き付けてきた。なんとそこにはショートカットの似合う素敵な女性がいた。

「フェイスブック?」

大輔は無言で頷き、画面のボタンを一つ押した。

「え!もしかして……」

どうやら坪川さんに友達申請をしたらしい。

坪川さんからすれば、非常に驚くことだろう。行きつけのスポーツクラブの一店員から連絡が来るのだ。しかも突然。夜中に。

取り返しのつかないことになってしまったと、慌てると同時に、心のどこかに喜んでいる自分がいることには気づいていた。

「何してんだよ!あーどうしよう……」

「別に悩むことないじゃん。偶然見つけたから申請したって言えば」

「そうかもしれないけど……」

冷静に考えればそうかもしれないが、俺の性格を考えれば決してすることのない行動だ。

しかし、大輔は理解しているだろう。俺が困りながらも内心喜んでいること、そして、こんなことくらいで俺が怒らないこと。すべて理解しているからの行動なのだろう。恥ずかしながら、大輔の読みはすべて当たっている。

「まぁこれでいい話のネタになったじゃん」

「そう考えるしかないか……。それにしてもびっくりしたな。なんで急にこんなことしたの?」

「そろそろ俺たちも頑張らないとね。大事な大学生活を無駄にしたくないし。ちょっと背中を押そうかと。いいと思うよー。太一と坪川さん」

「すぐ適当なこと言うじゃん」

確かに大輔なりの後押しをしてくれたのだろう。それにしても少々強引な後押しだったと思う。いつものことだが、大輔の後押しは『背中を押す』というより『背中を蹴る』ような感じだ。

「このまま返事が来なかったらどうしよう……」

「大丈夫だよ!たぶん……」

俺が心配している様子を見せたせいか、大輔は明るく振舞おうとしてくれているようだった。しかし、彼自身も内心不安に思っていることは、すぐに分かった。


しばらくすると、俺の携帯が振動した。俺は音は鳴らさずにバイブレーションを作動させる派だ。

「……承認された」

「おーよかったじゃん」

承認されることが分かっていたかのような口ぶりだが、彼も俺と同じぐらい安堵したことだろう。

「……んじゃ、まぁそろそろ帰りますか。明日も学校だし」

「え!なんかこう……もっとさ、ないの?」

「なんかって?」

「いや、だってお前がいきなり申請して、返事来たんだよ?もっと盛り上がるかと……」

「あと頑張るのは太一だしな。それに明日も学校だし」

坪川さんの承認対して、あっさりした反応だったことに驚いた。申請ボタンを押したタイミングがピークだったのだろうか。俺は今の方が高まっている。しかし、大輔の言うとおりだ。そろそろ帰らなければ明日が辛い。高まる気持ちを抑え、大輔に従うことにした。

なぜだか今日はおごりたい気分になり、大輔の分も俺が出した。


店を出ると上着なしではとても居られないような気温になっていた。雪はまだ降らないだろうが冬の始まりを実感する。お互いの車に乗り込む前、最後に大輔がつぶやいた。

「ご飯くらい誘えよ。」

「おう」

俺の短い返事が届いたかわからないが、大輔は車に乗り込みエンジンをかけた。

窓越しに手を挙げる大輔を見つけて俺も手を挙げた。

俺も帰ろう。小さな黒い軽自動車に乗り込み、どう誘うかを考えながら家に向かって車をはしらせた。車の中は考え事がはかどる。家に着くなり、メッセージを作ろうと思った。しかし、心の高まりに反して、眠気が襲ってくる。やっぱ明日にしよう。大輔のおかげか、いつもより明日が楽しみだ。

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