2.5
ランを抱き上げて歩き出してからしばらくたつ。
ランからは色んな質問がされ、俺はいちいちそれに答えていた。
我ながらどうした事だか…。
普段なら、まぁ俺に話しかけてくるようなヤツもそうそういないが、こんなに話しかけられればうるさく感じているだろう。こんなに丁寧に返事をした事もなかっただろうと自分の行動に疑問を持つ。
考えて、もしかしたらと気がついた。
好意をもたれている相手からなら、こんなにも気分よくいられるものなのか?
初めての経験に気をよくしていると、この少女はまったくこっちの斜め上をいく行動をする。
降ろしてくれというから何かと思えば、俺の世話になりたいと言ってきた。
俺だってただの男だ。美少女に頼られて嬉しくない訳がない。
しかも人生初だ。
「……一度助けたのに見捨てたりしねぇよ」
大いに動揺した俺は、喉が詰まったような変な声が出てしまった。
俺が必死に動揺を抑えつけているというのに、ランはさらに追い打ちをかけてきた。
手を握ってきたのだ!
女に、自発的に触れられたのは初めてだ!!!
反射的に手を引く。強く引きすぎたか?!
ヤワな少女の腕を心配したが、慌てたように謝ってくるランの声に違和感を覚えた。
今まで、悲鳴のような謝罪の言葉を聞いた事は何度もあった。
「命ばかりは!」とか「お許しください!」とか…。
別に何もしねぇっての。お前ら俺に何したっての?何もしてないだろ?目が合っただけだっつーの。
ランの謝罪の声には、すまないという真摯な思いが込められていた。
いや、別に悪い事されたなんて思ってねぇよ。
とっさに手を引いちまったから、感触とか、感触とか、……感触とか。
記憶に残らなかったのが残念なくらいだ。
美少女に頼られるとか、触れられるとか、謝られるとか…。
今日何度もの人生初に、俺はなすすべもなくランを抱き上げてまた歩き出すしかなかった…。
カプシーの町について、店じまいを始めていた雑貨屋でランに必要な物を買う。
何やら借金額を書き留めているようだ。
そんなものは必要ないのに。俺は金を返してもらうつもりはなかったが、ランの意思は固そうだ。
それからギルドに行って依頼の達成報告と、ついでにランの登録もする。
ギルドに入ると、中にいた連中がざわついた。俺が不釣り合いな美少女を連れているからだろう。
戦場の悪魔が…。 黒い死神が…。
ザワザワうるせぇな。そんなカッコ悪い二つ名で呼ぶな。
食うために始めた傭兵で、生き残るために死に物狂いに戦ってきた。いつしか悪魔だの死神だのと呼ばれるようになり、俺を討って名を上げようとする奴らから狙われるようになった。
死なないために強くなったのに、それで狙われるようになるとは…。
望んだものと逆の結果になって、俺は傭兵をやめて冒険者に鞍替えした。
傭兵の時のランクがそのまま冒険者としてのランクになった。
依頼はソロで魔獣を狩っている。高位の魔獣は報酬も高額だし、希少部位も高額で買い取ってもらえる。
そんな訳で俺はそこそこ金を持っている。友と呼べる奴もいないし、その日暮らしで使い道のない金は溜まるばかりだった。
だからラン、返す必要はないんだ。
女のために金を使うなんて照れくさいけど、妙に気分がいい。
慣れない事をして内心浮ついていると、今日一番の衝撃が走った。
少女だとばかり思っていたランは、たった一つしか変わらない大人の女だった!
俺は大人の女を抱き上げて歩いていたのか?!あんなにも長い間?!
意識のある大人の女に手を握られたのか?
子供ではなく、きちんと生きていける筈の大人に頼られたのか?
いや、いいとこのお嬢さんなら一人では生きていけないのかもしれないが…。
人生で、こんなに動揺しまくった日はなかった。