2
出会った時間は分からなかったけど、森から出た頃は太陽が真上から少し傾いていたから午後だろうと思われる。
歩みの遅い私を「日が暮れる」と言って抱き上げたから、日が暮れるまでには町につく道のりなんだろうとも考えられる。
ザッと計算して、町まではたぶんまだ何時間かかかるだろう。
申し訳ないと思いつつ、苦も無く私を抱いたまま歩くレオンに頼もしさを感じる。
見た目と声のドストライク以外にもどんどん好感度が上がっていくよ!
恋人はいるんだろか?年齢的に(三十過ぎに見える)結婚しているかもしれないなぁ。
指輪はしてないけど(しっかりチェックした!)結婚指輪の習慣があるかわからないし。
色々聞きたいけど、出会って数時間でグイグイいきすぎちゃうのもいかがなものか…。
なんて!恋愛脳にいきかけたけど!!
これからどうなるのかわからない。元の世界に戻れるのか戻れないのか、とかね。
とりあえず、生活しなければならないなら食べていく算段をしなくては。
頼りになるのはレオンだけだ。こんなにお世話になっているのに、これ以上とか申し訳なく思うけど…。
「レオンは今から行く町に住んでいるんですか?」
「いや、王都に住んでいる」
「王都はここから遠いんですか?」
「遠くはない。今向かっているカプシーって町には日暮れ前にはつく。王都はカプシーを朝出れば日暮れにはつくくらいだ」
それは遠くないんだろか?
移動は歩きだよね?
休憩はあったとしても半日以上歩くくらいって…。 遠くね?
距離感の基準がわからないよ!
それから色々尋ねる。
カプシーはさっきの森に一番近い町で、魔獣を狩りに行く冒険者たちが行き帰りに泊まったり、支度を整えたりするんだそうだ。
魔獣の数の見張りなんかも任されているとか。カプシーから王都の冒険者ギルドに討伐依頼が出されるんだって。
レオンは今はソラヌムの王都に住んでいるけど、特に定住はしてないらしい。
傭兵を生業にしていた頃は戦をしている国を転々としていたそうだ。
さっきも聞いた、大陸のこの西方地域では中小の国がたくさんあって、いつもどこかの国が戦をしている。傭兵は戦が終われば次の戦場へ移っていくんだとか。
ちゃんと傭兵ギルドなんてものもあって、命の保証はされないけれど、お給料?の保証はされているんだって。
ほおぉぉ。
生きていくのは大変そうだ。
深いため息が出るよ。
私はいったん降ろしてもらうと、しっかりレオンと目を合わせる。
足手まといにしかならない我が身だ。誠意は見せなければ。
そうして、気合を入れて、懇願した。
「レオン…。私、国にはどうやって帰ればいいかわかりませんので、帰り方を探しながら生きていこうと思います。ですが私が生まれ育った国は小さな島で、この大陸での生活の仕方がわかりません。
出会ってからずっとお世話になっていてその上で申し訳ありませんが…。もうしばらくご一緒していただいてもいいでしょうか。なるべく早く自立できるように頑張ります!自立するまでにかかった費用は働いて必ずお返しします!ずうずうしいお願いとわかっていますが…。
どうか見捨てないでください」
最後ちょっと重い女のセリフっぽかったな…。
言っているうちに、自分の正確な現状を再認識して心細くなってしまった。
涙で潤んでしまったのを隠すように、言い切って深く頭を下げた。
レオンにとって私は、たまたま森で拾っただけの他人だ。親切に町まで連れていってくれるだけでもありがたい。
これ以上面倒を見る義理はないのだ。すべてはレオンの好意しだいで…。
「……一度助けたのに見捨てたりしねぇよ」
頭の上からぶっきらぼうな声が降ってきた。
何時間か前に聞いた、同じセリフ。
「ありがとうございます!きっときっと恩返しします!!」
本当に、ただの足手まといの私なのに。
ありがたくてありがたくて、震える手でレオンの両手をかき抱いた。
「恩返しなんていいから!」
バッと手を引かれて、ちょっと怒ったような声で言われた。
びっくりして見ると、レオンは怒っているというよりは焦っているような?顔がほんのり赤かった。
「す、すすす、すみませんっ!!」
勝手に手なんか触っちゃった。大慌てで謝る!
セクハラか?痴女行為か?すみません!!
「いや、謝る事はない。こっちこそすまねぇ。慣れてないだけだ」
そう言うと、行くぞとまた抱き上げられた。
見下ろすと、レオンの耳は赤いままだった。
私だってそうべたべた人様に触る訳じゃないけど、この世界の人は純情なのかもしれない。
こんなにイケメンでモテそうな大人の男の人が、手を握られただけで照れている。
スキンシップは要注意!しっかり記憶した。
さて、レオンのいう通り、日暮れ前にはカプシーという町に着いた。
通常、町の周りには外壁がめぐらされていて、魔獣や盗賊なんかの侵入を防いでいるんだとか。
レオンが門衛さん?と話して、私たちは町の中に入った。
壁門から真っ直ぐに伸びる石畳の大通り。両サイドには低層の建物。旅行雑誌なんかで見るヨーロッパの古い街並みのようだ。
歩いている人たちもみなさん西洋人っぽい。年代物のコスプレちっくな服装とよくあっていて、こんな時なのにワクワクする。
私はギリシア人の父と日本人の母の、いわゆるハーフだという事は先に述べた。
外見は、これはちょっと自慢だけど、ギリシア美人という言葉を体現したような父方の祖母似という、この世界でも浮かない容姿だ。
着てるものはパジャマだから浮いているけど。
そして中身はガッツリ日本人だけど!
明日は朝早く立つというので、滑り込みで雑貨屋さんで靴を買ってもらった。それから服と旅に必要な物も。
靴を履いたから自分で歩く。
借金額は買ってもらったメモにちゃんとつける。
これ大事!金の切れ目が縁の切れ目というし。それに私の性格上、というか、まっとうな日本人なら借金の踏み倒しはあり得ない。
レオンは大事な恩人だ。この世界で初めて出会った人だし、彼自身いい人なのでずっとお付き合いしていただきたい。
それ以外にも、私のドストライクの超好み!!できれば恩人以上の関係になりたい!!
でもそれにはまず、借金のない対等な立場にならなくてはね!
遠慮しながらつき合うなんてイヤだよぉ!
買い物がすむと、冒険者ギルドでレオンの依頼達成の報告をする。ついでに私の冒険者登録もする。
ギルドの扉を開けて中に入ると、中にいた人たちが私たちを見て、ザワリと空気が揺れた。
はて? 何か注目されるような事があるんだろか…?
はっ! パジャマか?外にいるのにパジャマだからか?!
そういえば町の中に入ってからチラチラと見られていたような…。
私だってパジャマで堂々と歩いてる人がいたら見ちゃうよなぁ。
私は無になってレオンの後について奥のカウンターに向かった。
「お疲れ様です。ルプス五頭確認しました。ルプスの角は買い取りでよろしいでしょうか?よろしければ報酬と一緒に精算いたします」
「それで構わない。一緒に頼む」
「承りました。少しお待ちください」
レオンと受付の綺麗なお姉さんの(お姉さんといっても同じくらいか、もしかしたら年下かもしれない)やり取りを聞いていると
「こっちの子の冒険者登録も頼む」
レオンがお姉さんに頼んでくれた。
おっと、自分の事なのにボケッとしてたよ!
すまないねぇ、レオン。
「レオンありがとうございます。 あの、お願いします」
「はい。では受け付けしますので、そちらにどうぞ」
お姉さんに示された、少し離れた場所に移動する。もう時間的に遅いのか、カウンターは混んでいなかった。何かの登録って、激混みのお役所っぽいイメージがあったからよかったよ。
お金を受け取ったレオンも隣にやってきた。
やってきたといっても、同じカウンターのそことここってくらいなもんだったけど。
登録はサクサク進んでいく。
「年齢は二十四歳です」
「「二十四?!」」
レオンとお姉さんの声がかぶる。
「失礼いたしました。 二十四歳・・・。十四歳とお間違えないですか?」
コホンと咳払いしたお姉さんが、確かめるように問う。
「二十四歳です。間違いありません」
十四歳ないわ~!
いくら何でもずうずうし過ぎるでしょ!
恥ずかしくなってレオンを見れば
二十四? 二十四? と呟いている…。
え?マジですか?
レオン、私の事いくつだと思っていたんだろう?!びっくりだよ!!
だから躊躇なく子供抱きしたのかな。
十四歳は子供って程じゃないと思うけど。
それにしても東洋人は(ハーフだけど)若く見られると聞いた事はあったけど、まさかの十歳下!!
今までだってお世辞でふたつみっつくらいは若く言われた事はあったけど、まさかの中学生!!
何か、恥ずかしすぎて死ねる!!
「ならレオンはいくつなんですか?」
「俺は二十五だ。 …一つ違い?!」
自分の言葉に、私を見ながら愕然としている。
こっちだって驚きだよ!
でもレオン程じゃないよ?三十すぎくらいかと思っていたから、思っていたより若かったんだなってくらいで。
まぁちょっと失礼な話だけど。ごめんね、レオン。
軽くそんな騒動はあったものの、私の冒険者登録も無事すんだ。
ちなみに冒険者ランクはEだ。初心者だからね。
レオンのランクを聞いてみると、Sだという!
S?!
Sって私の知っているランクでは最高位なんだけど?!
驚いて言うと、その認識で合っているらしい。
まったくもう!その方が私の年齢よりよっぽど驚きじゃないか!
それから今夜泊まるお宿に向かう。
もちろん文無しの私は宿代もレオンに出してもらうんだけど。
いちいち気にしていたら滅入るので、もう腹をくくってお世話になる!
早く働いてお返しするぞー!おー!!
お宿に行く前にご飯を食べさせてもらう。お腹が空いていたからか、思っていたより悪くなかった。大味だけど。
お宿に行く途中に見つけた公衆浴場にも入れてもらう。そこそこ大きな町なら公衆浴場はあるんだそうだ。
よかった!お風呂なしは辛いもんね!
何か私、結構やりたい放題かも…。
いきなり知らない世界にきてまだ一日目だというのに、思ったよりパニックにもなっていないし、何ならちょっと馴染んじゃってるくらいだよ。
たぶん、ずっとそばにいてくれている存在のおかげかと思う。
信頼できる、懐の深い、ドストライクの!レオンのおかげだね。ありがとう。
レオンが泊まっているというお宿についた。
ちょうどお隣の部屋が空いていたのでその部屋を取ってもらう。
部屋は当たり前だけど別々だ。
「じゃあ明日」「おやすみなさい」と部屋の前で別れた。
パタンとドアを閉じて、鍵をかける。
う~ん…。一人だ…。
当たり前だけど。
椅子の上に荷物を置いて(買ってもらった肩掛けカバンの中には、お風呂で着替えたフリースのパジャマと下着、着替え用のこの世界の服が一式。下着も一式。水筒?などが入っている)ベッドに腰掛ける。
心細い。
二十四のいい大人なのに、ソワソワと落ち着かない。
何なら、ちょっと怖いくらいだ。困ったな。
一人きりの時間というか空間は、しみじみ今の状況を考えさせられてしまう。
身近なとこでいったら、セキュリティの信用できないお宿のドアが不安だ。廊下から物音がするたびビクビクしてしまって眠れそうもない。
横になる事も出来ず、ベッドに座ったままの状態でずっと緊張している。つらい。
……空想って、どんなスキルなんだろう?
寄る辺がそれしかないから考える。
考えられるのは、空想した事が実現する、とか?
疲労と眠気で朦朧としつつ、もしそうなら、とりあえずセキュリティ強化だと考える。
たとえば…。
当然ながら私は剣も魔法も使えない。だから剣と魔法から(それ以外にも危険はあるけどさ)身を守らなくてはならないよね。
剣も魔法も使えない、もっというと、平和な日本生まれ日本育ちの私にはそれ以外にも戦うすべがない。
ケンカだって子供の頃にしたっきりだし、それだって女の子だから取っ組み合いとかないし。
攻撃力底辺の女の子が(女の子っていくつまでセーフなんだろか?二十四はアウトだろか?)守備力最強ってカッコよくない?
勇者の剣でも魔王の魔法でも私を傷つける事はできない、とか。
勇者とか魔王クラスに大丈夫なのに普通の人にやられちゃしょうもないから、攻撃は一切受け付けないとか。
攻撃されるって事は、その時点ですでに害意があるって事だもんね。
何かめっちゃカッコいいかも~!なんてテンション高く空想していると、フワリと一瞬あたたかい風に包まれた。
ん? なにかな?
ふんわりと、やわらかい何かに守られているような感じがする。
そしてそれは、見えないしフワフワとやわらかいモノなのに、…最強な感じがする。
『スキル 空想』って、こういう事?
実際に試してないから、どのくらいの強度?なのかわからないけど、何だかしっくりと、私最強!(守備的に)って強い安心感が心身ともにみなぎってきた。
オーケー!
たぶんこれで守りはひと安心だ。
それじゃあ、次に身体強化を空想してみよう。
私は大した運動もした事がないヤワな日本人女性だ。この自給自足っぽい世界では生きていくのは大変だろう。
と思ったんだけど、守護の時みたいにうまく空想できない。
今まで鍛えようとか思った事ないし。筋トレとかした事ないし。何なら体育以外運動もした事ないし…。
強い肉体ってものがどんなものなのかわからないのだ。わからないものはうまく空想できない。
困ったな。これじゃあ明日の徒歩移動がどんな感じになるのか予想できる。
中学校の時の課外授業だって片道二時間くらいしか歩いた事はない。
気合でやりきる!という運動部のような根性も持っていない。
でも、この町に残るという考えはなかった。
町の規模的にはそこそこ大きいとの事だったけど、魔獣がすぐそばにいるようなところで安心して暮らせないよ!
それに、レオンが側にいないこの不安感ったら!隣の部屋にいるのをわかっていてもこんな感じだ。これ以上離れたら…、慣れれば生きていけるだろうけど、離れなくていい選択があるなら離れたくない。
借金はあるし、何よりドストライクの超好みだからね!!
ふと窓の外を見れば、うっすらと明るんできたような。
あら、徹夜しちゃったよ。まずいまずい。これから一日徒歩の旅なのに!
でもしょうがないよね。緊張と恐怖で眠れなかったんだもん。
今日たくさん歩けば疲れて今夜は眠れるだろうし。このバリア?守護?結界?があれば大丈夫だろうし。
色々思うところはあるけれど…、私はフラフラと旅支度をしたのだった。