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まばたきをした一瞬あと…。


ここはどこでしょう?


私はお風呂上りに、ちょっと高級なアイスを食べようとしていたところで、そこはワンルームの私の部屋だったはずなんだけど。


何故か、周りは緑に囲まれた…。森の中?


アイスを持ったまま寝落ちした?

確かに今週は忙しかった。がんばった週のご褒美として、ちょっと高級アイスを買ってきたくらいには。


疲れてはいたけど、このままではせっかくのアイスが溶けてしまう。

起きろ!起きるんだ!!私!!


……夢の中で強く思っても、現実には起きないのかも。

依然周りの景色は変わらない。


アイスを持つ左手が冷たい気がするけど、夢でも温度って感じるものなんだろか?

色つき、匂いつきがあると聞いた事があるから、温度つきもあるのかも。


困ったけど、とりあえずアイスを食べようか迷っていると、少し先の茂みがガサガサと音を立てた。

何だかイヤな予感がしつつ音のした方を見ると、イヤな予感ってあたるんだよね!

森につきものの?狼っぽい獣があらわれた!


ぽいというのは、私の知っている狼にはない立派な角が生えていたから。

ファンタジーな見た目に呆然と見入ってしまう。

ハッと危険に気づいたのは、狼っぽいヤツの低いうなり声が聞こえたからだ。


どうしよう!! 


こういう時、物語ならば強くてカッコいい男性が颯爽とあらわれて助けてくれるんだよね!


なんてのん気に思っている場合じゃなかった!現実逃避しそうになったよ!!

夢でも噛まれたら痛いんだろうか?いやいや、それものん気な考えだ!


いよいよパニクっていると、狼っぽいのが素早く動いた。

今までヤツがいたそこは大きな剣が振りぬかれて、次の瞬間、カッコいい男の人が(こんな時なのにしっかりチェックした!)あらわれた!

狼っぽいのを追って次々と剣を振るう。


すごーい!生狩猟? 

いや、夢だから生じゃないか?

何にしてもこんなの初めて見るよ!

見た事がないものでも夢に見るものなのかな?


私は呆然としたまま、イケメンと狼っぽいのを見ていた。

やがてそうしないうちに激闘はイケメンの勝利で終わり、イケメンは狼っぽいのを縛り上げると、私を見た。 


「こんなところで何をしている?」


わぉ!お顔だけじゃなくて、お声も素敵!

超真ん中ドストライクだ!!

夢には願望が出るっていうけど本当だな~。

なんて思いつつ、何はともあれ助けてくれたお礼を言わねば。 夢でも。


「助けていただいてありがとうございます。 何をしていると聞かれましても…、私も何が何やら…、困ってます」


初対面と年上の人には丁寧語で話す。

社会人としての常識ね! 夢でも。


とはいえ今後の展開はわからない。

だいたいどういう設定なんだろう?

イケメンは胡乱な目つきで言葉を続けた。


「そんな恰好で森の中にいるなんて死にたいのか。それならルプスを仕留めちまって悪かったな」


全然悪くなさそうに言う。 

ちなみにルプスって、あの狼っぽいヤツの事ですかね?


「いえ、死にたいわけではないです! 自分の部屋でアイスを食べようとしていたら、急にここにいた…って感じで? 本当にどうしていいか…、わからないです」


心底困ってそう言うと、イケメンはちょっと考えて言った。


「どこかから魔法で飛ばされでもしたのか? そういやあんた、着ているものも見た事ないし」


魔法!!

そういえば、イケメンさんは剣を持っている! 

目の前で見ていたのに今更だけど!!


ここにきて、ちょっとだけ頭をかすめる事が思い浮かぶ。

地味に左手も冷たいままだし…。温度のある夢って聞いた事はないし。


これはもしや流行の異世界転移とか、召喚とかいうものじゃあないだろか?

いや、唐突だけどね!ちょっと願望もあるしね!ありえないけどね!!


だいたいありえないといったら、イケメンさんもそれにあてはまる!

尋常じゃないくらいカッコいい!!


濃いグレーというか、こげ茶というか、深い色合いの短髪は清々しく、同じ色味の瞳は切れ長の二重で涼しげだ。

冷たい印象の強面は堀の深い西洋人顔をしている。


身長はきっと百八十センチはこえているだろう。百六十センチの私より頭一つ分高いから、もしかしたら百九十センチ近いかもしれない。

鍛えられたしっかりした筋肉質の身体は、アスリートか…、戦う人のものだろう。


と、一瞬の間に観察した。

めちゃくちゃ好み!!夢でも異世界転移でもどっちでもいい!お近づきになりたい!!


……というかそれもだけど、とりあえずの現実的な問題がある。 

夢なのか現実なのか、そこはいったん置いといて。

私はおずおずとお伺いする。


「こんなところに置いて行かれたら、そう遠くないうちに死んでしまうと思われます。ご迷惑かと思いますが、どうか一緒に連れて行ってもらえませんか」

「……一度助けたのに見捨てたりしねぇよ。 あんた裸足だけど歩けるのか?」


私はざっと自分を見下ろした。

裸足っていわれたら、まぁそうだよね。だって家の中だったし、お風呂上りでパジャマだし。

今は冬だからフリースのモコモコ上下だ。肌触りがいい♪


じゃない。

そういえばここは冬なんだろか?イケメンさんは半そでだ。

イケメンさんと思って、あっと気がつく。


「申し遅れましたが、私、蘭・鈴木と申します。 裸足なので…、歩くのは厳しいかと。すみません、何か靴のようなものはお持ちでしょうか?」


私はギリシア人の父と(母に惚れ込んだ父の入り婿)日本人の母の、いわゆるハーフだ。生まれ育ちは日本ね!

この西洋風のイケメンさんには西洋風に名のってみる。


「…俺はレオン。 靴なんて持ってる訳ないだろ」


そうですよね~! 

バカな事を聞いたと引きつると、レオンさんはちょっと考えて、ルプスの角だけを取ると袋の中に入れて


私を抱き上げた!!


いやいやいや!!!

そりゃあがっちり鍛え上げられていらっしゃるようですけど!

私より三十センチくらい背も高いですけど!!

本当に軽くヒョイッて抱き上げましたけど!!!


「お、降ろしてください!!重いから!!」

「重くない。それに靴をはいてなくて、見たところそんなヤワそうな足で森の中を歩けるとも思えないが」

「……お手数おかけします。よろしくお願いします」


私はあっさり大人しくなった。

言われた事はまったくもってその通りで、こうなってはなるべく負担にならないようにじっとするしかない。


ちなみにお姫様抱っこではなくて、子供抱きのような感じだ。歩くたびにぐらつかないようにと片手は彼の肩につかまらせてもらっている。

もう片手には…。


「あの…。こういう状況でいう事ではないのは重々承知しているんですけど…。お礼と言ってはなんですが、アイス召し上がります?」


自分でも間抜けな事を言っている自覚はあるんだけど、どんどん溶けていくコレを見ているのがしのびない。食べ物を粗末にしてはいけないと躾けられたもので。


抱きかかえられて連れて行ってもらっているのに、自分だけ食べちゃう訳にもいかないし、一緒に食べる訳にもいかないし。

食べごろよりちょっと溶けちゃってるけど、まだ十分アイスとして美味しい筈だ。


「いらん」


ですよね~!と、二度目の自分ツッコミをする。

見ず知らずの人から、いきなり食べ物を貰ったって食べる訳ないよ!あやしすぎる!!


どうしよう…。

こういう時ってファンタジー的な便利グッズに、アイテムボックスなんてものがある。

そのままの状態で保存ができるという、アレ。


『収納』とか言ったり思ったりで(まぁその手の呪文?は物語によって違うけど)そこに保存されるというアイテムボックス。

あったらいいな~。なんて得意の空想にいきかけると、持っていたアイスがなくなった。


え! 

左手をジッと見る…。 ない。


えっと…。 

これはアレかな?本当にアレかな?


『アイス』 思えば左手にアイスが戻ってきている。

『収納』 アイスはなくなる。


『アイス』『収納』 何度か繰り返して


わ~~!!持ってる!! 

私、アイテムボックス持ってるよ!!


……もしかして、これはアレか?!ステータスなんてものも見えるのかな?!

いや!だいぶ痛いお花畑脳とはわかってるけど!!


『ステータス』


目の前にコマンドがあらわれた!


わ~~~!!!なんてこった!!

これは夢じゃないよ!!こんな中二の夢を見るほど痛い女じゃない!! と思いたい!!


じっとはしているけど、内心わたわたしてる雰囲気が伝わったのか、すぐ横から低い声が聞こえた。


「あんた、何やってる?なんで手に持っている物が消えたりあらわれたりしているんだ?」


あら、見られてましたか!

まぁ、視界内だけどね!!


内心大興奮ながら、私は通常を装って答えた。ちょっと声が裏返っていたかも。


「いやぁ、まさかアイテムボックスをもってるとは思いませんで」

「アイテムボックス?」


ん?アイテムボックスって異世界ではデフォじゃないの?

疑問に思いながらアイテムボックスを説明すると、ものすごく驚かれた。

そんな高度な魔法はまだこの国にはないそうで、もしかしたら大国ならあるかもしれないけど、と言われた。レオンさんもちょっと興奮しているようだった。


「こんなところにいた事もそうだし、あんた、魔法使いなのか?」

「いえいえ!!ただの人です。魔法使いなんてとんでもない!」


と言いつつ、もしかしたら何かしらあるかもしれない。

あったらいいな~と、開きっぱなしで放っておいたステータスを見てみる。

HPやMPなんていう基本的なものはすっ飛ばして、スキルというものに目がいった。


スキル 『空想』


空想? 

空想ってなに? いや、空想は知っているよ?

空想で何ができるんだ~!って話でっ!! 


……とはいえ、空想かぁ。


小さい頃からずっと、趣味の欄には読書と書いてきた。

公表はしてないけど、私のもうひとつの趣味が空想で、いわゆる私は空想癖のある少女だった。


運動は苦手だったから小中高と文化部だったし、大学でもスポーツ系のサークルに入った事もない。

オタクとかインドアとかって程じゃなかったけど、好きな本を読んだり映画を見たり、人間観察をしながら色々空想するのを楽しんでいる、ちょっと痛い女であった。自覚しているから誰にも言った事はない。


それは社会人になってからも変わってなくて、忙しい毎日の中で職場のみなさんに心の中でアテレコしたりとか、密かに楽しんでいたり…。


……やっぱちょっと中二よりかも。

へこむわぁ。




黙り込んで何やら考え始めた私に何を思ったのかわからなかったけど、レオンさんも黙ったまま歩いている。


何だかよくわからない状況にため息をつくと、できる事からひとつずつ!と人生のモットー通りにしようと気持ちを切り替えた。

とりあえず状況確認というか、情報がほしい。自分の立ち位置がわからない。


「レオンさんはどうしてここにいたんですか?私的には大変助かりましたけど、めちゃくちゃタイミングがよかったというか」

「仕事だ」

「お仕事中でしたか!すみません、私お仕事の邪魔しちゃってますね!」


焦って言うと


「あんたを襲っていたのが依頼数の五頭目だった。ちょうど終わったところだから気にしなくていい」

「そうですか。お邪魔してないならよかったです」


ホッとした。私だって社会人だ、仕事を邪魔されるのは迷惑とわかる。

ちょいちょい小用をつっこんでくる上司とかね!思い出してイラッとする記憶は置いといて。

ここはどこかとか、レオンさんの事を聞いたりとか、うるさくならない程度に質問してみた。


ここは魔獣がたくさん生息している森だという事。増えすぎると冒険者ギルドなんかに(冒険者ギルド!)討伐依頼がくるそうで、レオンさんはそれでルプスを五頭狩りにきていたそうだ。


「レオンでいい。さんはいらない」


低くて落ち着いたお声。ずっと聞いていたい、いいお声だ。うっとりする。

さんはいらないならその通りにしよう。命の恩人のお達しだからね。


それから、レオンは元は傭兵だけど訳あって冒険者ギルドにも登録して(ランクは一緒になるそう)最近は冒険者の仕事ばかり受けているとか。

この国は大陸の西にある小国のひとつで、西の地域は中小の国がいくつもあっていつもどこかしらの国境で戦が起きているとか、どう見ても戦闘力のない弱っちそうな私のために、その辺の事を重点的に話してくれているようだった。


ちなみにこの国の名前はソラヌムというそうだ。

ソラヌム…。 聞いた事ないよ! 


「あんた、国は?戻れるなら早く戻った方がいい」

「戻りたいです…。でもどうやったら戻れるか、わからないです」


本当に。どうしたらいいんだろう…。

日本に戻れるんだろか?

多くの物語では、召喚なら戻れる事はあっても、転移だと戻れない事の方が多かった。

戻れないとして、空想で何ができるんだろう? 

色々と習慣も文化も違うだろうここで、どうやって生きていったらいいんだろう…。


本当に!夢だったらよかったのに!!夢の線もまだありかもだけど!

いや、現実逃避は無駄だ。建設的に考えなくてはいけない。

とりあえず目先の事、できる事からひとつづつ!と人生のモットーを心に掲げる。

本日二度目だ。しかもけっこうな短時間のうちに。

やっぱり混乱しているんだろう。気を強く持たないとやってられないというか。




そんな事を決意している間に深い森は抜けたようで、草原と、轍の見える舗装されていない道があらわれた。


「この道を行けば町につく。町まで行くか?」

「はい。ここに置いて行かれてもどうしていいかわかりませんので…。すみません、一緒に連れて行ってください」


レオンは頷くとそのまま歩き出した。

おっと!体感一時間くらい私を抱いたまま歩いていたんだし、さすがに疲れただろう。自分でできる事はせねば!


「あ!あの!こういった道なら歩けると思います。長々ありがとうございました」


降ろしてくれるようお礼を言うと、レオンは何か言いたそうな視線を向けた後、そっと降ろしてくれた。

丁寧な扱いに、見た目と違って優しい人だと思う。


……結果から言うと、歩き出してそうたたないうちに、またレオンに抱き上げられて運ばれる事になったのだけど。

歩けると思った道はわりと小石なんかも落ちていて、すぐに足を痛めたのがひとつ。痛くて遅くなる以前に、元からの歩く速度が違うのがもうひとつ。なんて脆弱な日本人の足の裏!


レオンは、歩き始めたばかりの幼子を待つお母さんのような忍耐力はなかったようで


「日が暮れる」


言うと、私をヒョイッと抱き上げた。

二度目の浮遊感に短く悲鳴を上げる。


「すまない。一言かければよかったな」

「いえいえ、こちらこそお世話になります」


やっぱり優しい人だと思う。

小さな気遣いに心が温かくなる。


そうして日が暮れるまで歩き続けたのだった。私を抱きかかえたレオンが。




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