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こんにちは、ノムーラはん~外伝

『こんにちは、ノムーラはん』外伝~初詣で

作者: すのへ

「ノムーラはん、新年おめでとうはん」

「モルーカスはん、今年もよろしくやでぇ」

「さっそく行きまっか、初詣で」

ト、ぼつぼつと二人連れだって板を後にします。きのうの強風寒空と打って変わっておだやかな好天で、うららかな春の日のようなあたたかさです。


「お、ト書き。今年もよろしゅうな」

「ト書きはんも駆り出されてるんや。あ、今年もよろしゅう」

「ところでモルーカスはん。あんさん、Xmasも新年もNY帰らんのやな」

「ヘタに帰ったらどんな辞令下るやらわかりまへんからな」

「金男んとこなんか、ディーラーの顔見るなりクビ切ってるもんな」

「波風たたんように、目立たんようにコソコソやってるのが一番だす」

「けど、アピールせんと昇給も出世もでけんやろ」

「そんなもん、とうにあきらめてますがな。現状維持上等ですわ」

ト、身も蓋もない話をしていると、目ざすカブト神社が見えてきました。初詣での行列が小さな神社をぐるっと取り巻いてのろのろと進んでいます。男も女もみな晴れやかに着飾って新年にふさわしい高揚した気が満ちています。


「お、モルーカスはん、着いたで。着替えよか」

「え? この紋付羽織袴じゃあきまへんのか。せっかくレンタルしたんに」

「カブト神社やでぇ。株屋がぎょうさん来てるがな。見つかったらヤバい」

「ええ~。わて、そこまで嫌われてまへんで。わては大丈夫ですわ」

「自分言うほど、安全じゃないでぇええ。試してみよか」

「どうするんでっか。あ、拡声器。いつの間に」


お~い、みんな! ここにモルーカス、おるでぇ!


「ちょちょ、やめなはれ」

「ほれ、列がざわついてるで。襲われるでぇ」

「へんなのが騒いでるて警戒されてるだけでんがな」

「そんなことないでぇ。よっしゃもう一度。おおおおーい」

「ちょちょ。わかりましたがな。着替えりゃええんでっしゃろ」

「最初からそうやって素直にしなはれや。ほい、着替え」

「え。これ、なんでっか。作業着やおまへんか」

「せやで。伝統のブルーや。帽子もあるで、帽子はスカイブルーや」

「わ。蛍光イエローのベストも。これも着まんのか。はいはい」

「警告灯、ちゃんと持ってや。ほれ、これ、安全靴な」

「靴までありまんの。用意のエエことで」

「おしゃれは足元からや。手ぇ抜いたらアカン」

「へえへえ。ほな。よっこらしょっと」

ト、二人そろって避難ブースで作業着に着替えまして、羽織袴やスーツなどは大きな工具箱に突っ込んで、行列の横をこそこそとすり抜けて誰にも気づかれることなく境内へ。狭い敷地はひと目で見渡せ、ご朱印を押すアルバイトの巫女さんに挟まれて、れいの神主が絵馬や破魔矢を売りさばいていた。


「おい神主。ちょっと。おい」

「神主はん。神主はんて」

「あー。なんだす、あんたら。ちゃんと並んでもらわんと」

「神主はん。わてらでんがな」

「あ。ノムーラはんにモルーカスはんか。なにしてまんの。そんな恰好で」

「ないしょでこっそり、お祓い、やない、祈祷してほしいんや」

「こないせわしいときに。アカンアカン、人手がないがな」

「そこをなんとか。人手ならうちのロボが役に立つでぇ。今呼ぶさかい」

ト、ノムーラ、ごった返す人に揉まれながらタブレットを取り出すと、工事現場でのPC操作のごとく装ってちょちょいとあやつる。ト、とたんにドタバタと人ならぬ足音がし、現れたのはくだんの株売買ロボである。


「おい、ロボ。ここで売り子や。株より簡単やど。定価で売りゃええんや」

「ヘイヘイ。ッタク。正月ヤノニ、ろぼ使イ荒イ。ヘイ、ッラッシャーイ」

「その調子やで、ロボ。さ、神主。祈祷、景気ようたのむでぇ」

「しかたありまへんなあ。なら、本殿へ。支度してきますさかい」

ト、案内されて昇殿すると、神主を待つ間に参拝し、ふと見ると南側の障子に陽が跳ねている。なんだろうと開けると池である。なにかが水しぶきをあげていた。おおかた鯉だろうと身を欄干にもたせかける。


「おい、ト書き。いつの間にか『ですます調』が『である』になってるで」

ト、減らず口をたたいたそのときである。天誅が下って欄干がベキッと折れた。前のめりになっていた体は支えを失ってバランスをくずし、哀れノムーラは池へと真っ逆さま。


「わ。わあああああああ」

「あ。ノムーラはん!」

ト、モルーカスが振り返ると、バシャン!と水が噴いて、ずぼといやな音がした。もがく手足をよけながら、モルーカスと神主が引っぱり上げると、ノムーラの頭は泥の塊と化していた。口や鼻のあたりからフガフガ、モガモガと息をするらしい音がもれた。


「待ってなはれ。いま拭くものを」

「ノムーラはん、救急車呼びまっか」

「だいじょうぶや。なんや、腐ってたがな。欄干が」

ト、ゆらりと立ちあがったところを、騒ぎを聞きつけた参拝客が本殿の下を回りこんで見に来た。そこで目にしたのは、青い装束に頭から水草やヘドロをしたたらせた人だかなんだか知れぬものである。白いぬさと榊を手にしている。これらは神主が置いたものである。


「なんだ、あれは」

「人じゃねえか」

「あんな人間があるわけねえじゃねえか」

「じゃ、いってえ、なんでぇ」

「待ちな。よおく見るんだ」

「うん? あれは」

「そうだ。ひょっとしてあれは!」

「おお。ちげえねえ」

「水神さま!」

「まさに! 水神さまァアアア」

ト、なにをとち狂ったのか、参拝者はノムーラを水神さまとたてまつってしまった。あわてたのはノムーラである。


「わわ。わて、神さまやないで。かといって正体あらわしたらヤバいし」

ト、ノムーラは手を引かれるまま本殿を兼ねた拝殿の正面に連れてこられた。ど真ん中に鎮座してもらってみなで拝もうというのである。藻やヘドロや腐った水草がきらきら光って、においもすさまじい。これはひれ伏すしかないと、へへーっと誰もが平伏した。


「水神さまだそうだぜ」

「ふーん。ご利益ありそうだな」

「身代わりに悪業を背負ってるから、あんな有り様なんだそうだ」

「ほほお。ありがたい神さまじゃねえか」

ト、いったんバイアスがかかると、そっちの方向へ引っぱられて、とうとう神さまに決まってしまった。なかには酔っ払っている者もあり、ノリで即席の祭壇を設けた。そこに鎮座させられたノムーラは参拝者の拝礼を受けることとなった。


「今年こそ億利人おくりびとになれますように」

「無病息災、家内安全、株でがっぽがっぽ」

などト、願いごとを口ずさみつつ賽銭を投げた。株をやっている連中なので小金持ちが多く、縁起もかつぎたがるので、賽銭は雨あられと降りそそいだ。ほとんどが万札である。


「わわww。これみんな、わてに投げてくれてんのやろ。まるもうけや」

ト、ノムーラ、顔のヘドロにへっ付いた万札をうれしそうに剥がしては作業着のポッケにつめ込んだ。


「こりゃ春から縁起がエエでぇ。うほほほほ」

ト調子にのるノムーラだが、顔がバレてはまずいと用心深く、あえて自分でヘドロや枯れた水草を顔になすりつけていた。しかし、うららかとはいえ冬である。濡れた全身にひょおおおと風が吹きつけると、たまらず鼻がうずくや身震いとともに、


「へっくしょーん!」

ト、くしゃみ一発、顔をおおっていたヘドロや草の有象無象が吹っ飛んだ。


「あ、こいつ。ノムーラだ」

「ほんとだ。この!」

「神さまのフリしやがって、ふてえ野郎だ」


「わ~、なんでひと目でわかるんや。うわあああ」

ト逃げるノムーラ、拝殿の床下にもぐってするすると池の端に出るや、作業着を脱いで石囲いに引っかけ、自分は本殿脇の外廊下の下を屈んで走った。その先には神主の控えの間というか、プライベートルームがあるはずだった。


「かんべんならねえ!」

「どこ行きやがった」

「あ、あそこに作業着が!」

「野郎、外へ逃げやがったな」

ト作業着につられて、追っ手は石囲いを乗り越えて行った。ノムーラは神主の部屋の廊下に身をひそめた。そこへノムーラを探しまわっていたモルーカスが通りかかる。


「モルーカスはん! ここや、ここ」

「あ、ノムーラはん。こっちへ。だれもおりまへん」

ト二人は神主の部屋に潜り込み、ノムーラは体を手近にあった榊やぬさで拭きまくった。


「そんなの使うとバチ当たるんちゃいまっか」

「もう当たってるがな。なんもしとらんのに。どないなってんね」

「欄干が腐ってただけでっしゃろ」

「儲かってるのになんで修繕せんのや。あほ神主が」

「し。ノムーラはん、だれぞ来まっせ。早よ服着て逃げまひょ」

「ちょちょ。袖が」

「アカン! 間に合いまへん。隠れなはれ」

「わわ隠れるて。コントラバスのケースでもあるんか」

「そんなもん。あ。袋がありまっせ。これに入りなはれ」

「お、大きいな。すっぽり入るわ。なんの袋やろ」

「ここに琴が置いてありますな。そか。琴の袋や」

トばたばたしていると、障子ががらりと開いて、振り袖や羽織袴に着飾った男女が入って来る。モルーカスはとっくに着替えて羽織袴になっていたので違和感はない。最後に神主が入って来ると、かるく挨拶をした。


「え~本日はエエお天気に恵まれ、こうして御贔屓いただいてるみなはんとご一緒させてもろて、新しい年を祝うことができるのも、ほんにこれ、日ごろの奉仕のたまものと、神さんに感謝し、みなはんにも感謝するしだいでおます。ささ、きょうはぞんぶんに」

ト、なんのことはない、新年会である。酒がすすんで、琴の音が軽やかに響き、年初の宴にふさわしい雰囲気のなか、袋のなかのノムーラは身動きならぬ窮状にひとり悶々としていた。が、またもや鼻の穴がムズムズ、ヤバいと手でふさぐも間に合わず、


「へっくしょーん!」


「わ。なんだ。袋がくしゃみしたぜ」

「だれだ。袋の中なんかもぐりこんで」

ト、みなが怪しむのをモルーカスが取り繕う。


「これ、余興でんがな。な。な。な、て。神主はん」

「へ。なんでおます? 余興? はて」

「言いましたやろ、エエ頃合いでやりまっせて」

「そうでっか。へえ。ほなら、お願いしまひょか」

「えーと。ほな、みの虫を。ほら立って! ピョーンと」

(「え。なんで。わて、そんなこと」)

「はいはい、背中ピーン!」

 「そっくりや。あはははは」

「お次は、尺取り虫でござーい」

(「ちょちょモルーカスはん、調子のらんといてや!」)

「はいはいはい。背に腹は替えられまへん。ひょこひょこ」

 「オモロー。わははは。はは」

(「いいかげんにしてんか! わて出るわ」)

「へえへえ。みんな見てま。見てまっせ」

(「ぐ。しゃーないな。ええ加減なとこで連れ出してや」)

「はいはい。え。これ、被らせるんでっか。獅子頭でんな」

(「なんや、なんや。重いがな。獅子やて?」)

「ほい、獅子舞いや。あ、ほい。ほほいのほい、ほい」

 「もっとしっかり踊れ!」

 「口もっとあけて」

(「なんやねん。みんなして!ええい、もうヤケくそや」)

 「わあ。痛い。こら、噛むな!」

 「本気で襲ってくるぜ、このお獅子」

「短気はあきまへんでぇ。獅子舞いでお終いになりまっせ!」

(「え。ほんまやな? 獅子舞いで御仕舞いやな!」)

え~ト、なにやら冴えませんが、オチがついたようなので、このへんで。


「みなはん、今年もよろしゅうに」

「じき、またお目にかかりまっせ。ほな」



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