5.アリスの衣装と名所巡り
「これ」
「なになに?」
紙束には、黒髪ボブカットの少女がいろいろな服を着ているイラストが描かれていた。
SOUVENIRのNPCアリスが着ている衣装をイラストにしたものだ。
「へぇ。すごいね。サクがデザインしたの?」
「そんなわけあるか」
「だよねー。あ、これって、前にアリスちゃん着てたかも?」
ヒロシが一枚を少女に渡すと、少女は驚いた顔で見入った。
「そうですね。柄もそっくりです」
その間にも紙束をパラパラとめくっていたヒロシは、また一枚を抜いて少女に渡す。
「今日の服はこれかな?」
マントとベレー帽はもちろん、ブラウスのデザインといい、サロペットの色や丈も同じだ。
「はい。そうだと思います」
「アリスちゃんの着てる服って、ブランドもの?」
「いえ、あの、手作りなんです」
「へぇ。コスプレとは思わなかった。すごく良くできてるね。市販品みたいだよ。アリスちゃんが作ってるの?」
「いいえ。施設で仲良くなった方が、元は子供服を作る方で、その方が善意で作ってくれています」
「この中に他にもらった服があるか?」
朔哉がヒロシの持っていた紙束を取り上げ少女に押しつけた。
「え、まだあるの?」
「はい。いただいた服はあと3着あります」
少女は一枚ずつ丁寧にイラストを見ていき、中から3枚を抜いた。
「こちらが同じものです」
3枚とも、ワンピースやサロペットと同じ、懐古的な雰囲気のものだった。
「他は知らない?」
「はい」
「ここにない服も、もらってない?」
「はい」
紙束に残った衣装は、名所のゆるキャラの着ぐるみだったり、名所の特産物をイメージしたものだったり、普段着のようなものは少なく、イベント的な衣装が多かった。
少女が選んだ懐古的な衣装は観光客目当ての名所のものではない。
観光客目当てではない名所は他にもあるが、今回少女が選ばなかったNPCアリスの衣装の中に懐古的な衣装はひとつも残っていなかった。
ここまでで朔哉は『観光客目当ての名所ではない特定の名所』と絞り込んだ。
「あんた自身はSOUVENIRをしたことがないみたいだけど、なんで『紅葉の謎』を解きたいんだ? 解くだけなら他にも『謎』があるだろう?」
唯一解けていない『紅葉の謎』を解きたいと聞いたとき、最初は名声でも欲しいのかと思ったが、NPCアリスのイラストを初めて見たような反応から、この少女はSOUVENIRをしたことがないのだとわかった。
ならばなぜ、やったこともないゲームの謎を解きたいのか。
「……約束したからです」
「約束? 誰と?」
「施設の方々とです」
朔哉の視線を受けてヒロシが説明する。
「俺のじぃちゃんが入ってた終末医療施設だよ。じぃちゃんはそこで死んだんだ。俺は行ったこと無いけど、アリスちゃんの話を聞いてると、そこのみんなは仲良く過ごしてると思う。意地悪でそんな難問をおしつけられたわけじゃなさそうだよ」
「平野」
「はい」
PCの前にずっと座っていた男が、朔哉に呼ばれて開いたままのノートPCごとテーブルにやってきた。
「どうぞ」
モニターには、朔哉は見慣れた、ヒロシと少女は初めて見る『紅葉の地』が映っていた。
平野は、朔哉が何日目かの徹夜で倒れた時から『紅葉の地』を監視する要員として働いている。
「きれいですね」
「すごい紅葉だなー。写真みたい」
「ここに見覚えは?」
「ありません」
「これSOUVENIRだろ? ここもどっかの名所?」
「まだどこかわかっていない」
服のことから、朔哉はこの少女がSOUVENIR社員が話していた『アリス』に違いないと確信した。
でも、『謎』を解くにはまだ足りない。
『アリス』はまだヒントを持っているはずだ。
「平野」
「はい」
テーブルの横で待機していた平野は、壁際からもう一台ノートPCを持って戻ってきた。
すでにSOUVENIRにインしている状態で、朔哉はレトロなワンピースが描かれた紙を平野に渡した。平野はすぐにキャラをどこかへと移動させると、モニターをヒロシと少女に向けた。
「あ、あのワンピースだ」
「イラストそっくりですね!」
確かに衣装のイラストはこのNPCアリスを見て描いたものだが、むしろ、NPCアリスが目の前の少女に似ている、と朔哉は思う。
「ここも名所なんだ?」
「そう。NPCアリスは名所案内役としてSOUVENIRに何人もいる」
「さっきのはそのアリスたちの衣装だったのかー」
「ここに見覚えは?」
「……ありません」
朔哉は平野にマントとベレー帽の衣装の紙を渡すと、平野はすぐにキャラを移動させた。
次に訪れたのは、今日少女が着てきた服のNPCアリスがいる名所だった。
「ここは知ってる?」
「知りません」
少女が持っているという服を着たNPCアリスがいる名所をすべて少女に見てもらったが、少女はどの場所にも見覚えがないと答えた。