4.朔哉の家
「お邪魔いたします」
「おっじゃまっしまーす。あー、なんかけっこう久しぶりだけど、変わってないね」
朔哉の家にヒロシと少女が訪ねてこれたのは、ヒロシが仕事を前倒しして休みを捻出したからで、それでもあれから2週間が経っていた。
最初はヒロシが「せっかくだしどこか外の店で会おうよ」と提案したのだが、朔哉が「ネットに繋がっていられないのは困る」と言い張ったので、朔哉の家に集まることとなった。
『アリス』という名前と、NPCアリスに似た服装だけで『謎』のヒントだと決めつけるのは性急過ぎる。人間のアリスからしっかり話を聞くまでは、『紅葉の地』でNPCアリスを待ち続けるのをやめるわけにはいかない、と朔哉は考えたからだ。
朔哉の家は裕福で、お手伝いさんがいるくらい家も大きい。
大きな洋風の屋敷なのだが、朔哉の両親はほとんど日本にいない。
噂では朔哉の母親がどこかの貴族に見初められて産まれたのが朔哉らしいが、本当のところはヒロシも知らない。朔哉の淡い色彩の瞳や髪、肌の色から実際そうなのかもしれないとは思うものの、ヒロシから朔哉に聞くことはないし、朔哉がその話をすることも無かった。
広い玄関でヒロシと少女を出迎えた朔哉は、少女を見て目を丸くしていた。
(まさにアリスだ……!)
今回少女が着てきた服は、前回着ていたというレトロなワンピースとは違っていた。
王子系というか少年系というか、サロペットにフリルシャツ、その上にマントとベレー帽で、古い外国の少年服という感じなのだが、ワンピースと同じくどこか懐古的な雰囲気がある。
衣装のジャンルや違和感なく着こなしているのが問題なのではなく、SOUVENIRのNPCアリスが着ていた服と同じなのが問題だった。
「こっち」
「サクの部屋に入るのも何年ぶりだよなー。昔はよくゲームさせてもらったけど、今もあんの?」
「……」
「安定のスルーだよ」
ため息をつくヒロシと無言の朔哉を少女が気遣わしげに首を巡らすので、ヒロシは「いつものことだから。気にしないで」と大げさに肩をすくめてみせた。
「サクが集中しているときは会話が成り立たないだけだから」
朔哉の頭の中では聞きたいことがむくむくと膨らんでいた。
(なにから聞けば効率よく聞けるか。服について? アリスについて? そもそもなんで『紅葉の謎』を解こうと思ったのか?)
長い廊下を歩き、二階へと上がる。さらに歩いた突き当たりが朔哉の部屋だった。
無言で開かれたドアを、ヒロシは慣れた様子で、少女は「失礼します」と声をかけてくぐった。
来客があるということで、お手伝いさんが念入りに部屋を掃除したので広い空間には埃ひとつ落ちていない。
大きな窓からはレースのカーテンを通って明るい光がたくさん入っている。
中央にはテーブル、端にはPCが並ぶ机、壁には雑誌や本がギッシリ入った棚、別の壁にはテレビがある。
PCの前には男が一人座ってモニターを見ているが、こちらを気にするそぶりもないし、朔哉も紹介する様子さえない。
「座ってて」
ヒロシと少女をテーブルに残し、朔哉は本棚の方に向かうと、なにやら書類を集め出した。
2人がテーブルにつくと、落ち着いたスーツを着た女性がワゴンからお茶とお菓子を並べていく。
ジャムやナッツのワンポイントクッキーと薄くスライスされ揚げられたジャガイモが大皿に、小ぶりのケーキをそれぞれの小皿に乗せてくれる。
一口サイズのケーキはチョコ、抹茶、マロンの3種類で、いちいちデコレーションも凝っている。
少女の好みがわかっていればもっと考えられたのに、と料理長が残念がっていたので、給仕担当の女性は少しでも情報を持って帰りたくて少女に向かって口を開いた。
「アレルギーや苦手な品などはございませんか?」
「ご親切にありがとうございます。大丈夫です。どれも可愛いですね」
「恐縮です。ごゆっくりお召し上がりくださいませ」
女性は、お茶も淹れ終わったが朔哉から特に指示がないので、部屋の隅で待機することにした。
ここからなら少女がどれから食べるか確認できるし、いつでもお茶をサーブできる。
「サクー、先に食べるよー? いただきまーす」
返事も待たずにヒロシはプチケーキをフォークで突き刺すと、どれも一口で食べていく。
そして空いた小皿に、大皿いっぱいに入っていたスライスジャガイモをざらざらと入れた。
「あー、これこれ。ほんとうまいっ」
この男は遠慮がないし、色々出しても今までで一番好評だったのはスライスジャガイモ揚げなので、どうでもいい、と女性はヒロシから視線を外す。
「……いただきます」
少女は美しい仕草で紅茶のカップを持った。
ほぉと香りを楽しんで、じっくり味わって飲んでくれているのがわかる。
次にカトラリーを手にした。プチケーキから食べるようだ。さて、どれから食べてくれるのか……。
「後はいい」
「っかしこまりました」
いいところで女性は朔哉から退室するように言われてしまった。
残念だけど仕方が無い。
「失礼いたします」
扉前で頭を下げる先に、書類を手にした朔哉が見えた。
(朔哉様、お仕事の話をするにしても、まずはお客様と一緒にお茶を飲んでからにしてくださいませ!)
女性の心の叫びが聞こえるわけもなく、朔哉はヒロシに紙束を渡す。