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15.旅立ちの時

「皆さんのご家族に挨拶に行く、その目的のために、皆さんから今まで聞いたことのない話を聞くようになりました。今までの皆さんの話では、ご苦労があっても報われたり、困ったことがあっても助けてもらえたり、失恋の話ですら美しいものでした。それがご家族の話だからなのかわかりませんが、納得のいかない話になりました」


 ヒロシと朔哉はあぁと納得した。それは『家族』にはおこりやすいが、『家族』に限った話じゃない。『いつでも誰にでもおこりうる話』だ、と。

 おそらく、今まで少女は、家族や病院、施設で守られた存在だったのだ。

 できる限りきれいで覚えていて良かったと思えることだけを、周囲は少女に見せてきたのだろう。

 少女の希望をできる範囲で叶えて、かなえられないなら、きっと誠実に言葉を尽くして説明してきたのだろう。

 でも、現実は違う。

 理不尽なことなんてよくあることだし、納得のいかないことも日常的にある。

 どれだけ辛くても時間は止まらず、容赦なく明日は来るし、新しい日が始まれば一日をこなさなくてはならないのだ。


(普通の子供なら10年くらいかけて自然に学ぶところを)


(アリスちゃんは一気に教えられたのかー)


「不思議だったのは、皆さんご家族への不満をおっしゃるのですが、誰一人として『家族に伝えて欲しい言葉』には不満を入れなかったことです。一番多かった言葉は『ありがとう』で、別れの言葉ですらありませんでした。そうして、皆さんのお話とご家族に伝える言葉を聞き終える頃、私が施設を出る日がきました」


 その日は青空が広がる気持ちのいい日で、体調が許す方は施設の玄関まで見送りに出てくれました。

 それでも私は、まだ出て行く勇気が持てませんでした。

 うつむいて動かない私に、皆さんは「もうひとつお願いしてもいいかい?」とたずねました。


「アリスちゃん、わたしたちと約束をしてくれないか?」


「わたしたちの家を訪ねた後でいいから、『謎』をひとつ解いてもらいたい」


 謎? 謎ってなんですか?


「それは詳しくは話せない。なんせ『謎』だからね」


SOUVENIR(スーベニア)というゲームの中に『紅葉(こうよう)の謎』という『謎』がある」


「それを解いてほしい」


 全然わかりません。


「わからなくていいんだよ。アリスちゃんが私たちの家族と会って、外の世界に慣れてからのことだから、今はわからなくていいんだ」


「一人で解こうとしなくていいのよ。誰かに協力してもらえばいいの」


 誰かなんて。外に出たら、私には誰もいないのに。


「家族や友達じゃなくてもいいのよ。謎を知っている人がいたら教えてくれるわ」


「私の孫に聞くといい。あいつは役に立つぞ」


「謎を解くときは、ぜひ私の作ったお洋服を着ていってね。私のお洋服がきっと力になるから」


「儂からはこれをプレゼントしよう」


 (かつら)ですか?


「そうじゃ。愛らしいじゃろう。アリスちゃんによく似合う」


「アリスちゃん、これ、もし『紅葉の謎』を解くのに困ったら使ってね。中身はまだ内緒よ。必要になってから開けてね」


(皆さん……)


 私は顔を上げて、並んでいる皆さんの顔をしっかりと見て、口を開きました。


 私の成長は病気で止まったままです。

 これからどれだけ大人になってもこれ以上大きくなることはないと聞いた皆さんは「永遠の少女なら『アリス』ね」と、私のことを『アリス』と呼んでくれました。

 私は『アリス』という名前が大好きです。


 今までで一番着た服は寝間着でした。

 病院で貸し出される寝間着、両親が買ってくれた寝間着、個人的に購入した寝間着。

 ここに来てから、初めて普通の服を長い間着るようになりました。

 私の姿に創作意欲を刺激されると、たくさん服をデザインして作っていただきました。

 どの服もおしゃれで可愛くて心が躍ります。大事に着ます。


 薬の影響で、私の髪の毛はまばらにしか生えていません。

 いつも帽子をかぶっていました。

 こんなに可愛い髪型になれるなんて嬉しいです。


 この髪で、いただいたお洋服を着たら、きっとお外に出ても大丈夫だと思います。

 皆さんの言葉をちゃんとご家族にお伝えして、『謎』を解くことを約束します。


(……もう他に伝える言葉はないでしょうか?)


 私は私自身にたずねました。

 ここを出たら、もう皆さんとは会えないのです。

 この終末医療施設は、ここに入居する資格があるか、入居者の家族じゃないと入れません。

 今が皆さんと会える最後の機会なのです。


 気持ちのいい天気と同じ穏やかな笑顔で、皆さんは私を見守ってくれています。

 病気が治ったのは喜ばしいことなのに、誰一人として、私に「良かったね」と言わず、ただ外の世界に慣れるための「お願い」をしてくれたのが、皆さんの気遣いだとわかっています。

 かなうなら、ずっとここで皆さんと一緒にいたかった――。

 それは言っても仕方の無いことだと、今の私は知っています。


 私は涙をこらえて笑おうとしました。

 皆さんに覚えていてもらうなら笑顔の方が嬉しかったからです。

 でも、あふれる涙を止められず、最後は、たった一言だけしか言えませんでした。


「皆さん……ありがとうございました」


 私は、皆さんがどうして「ありがとう」の言葉を選んだのか、わかったのでした。

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