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プロローグ

初めまして。

書き溜めは全く有りませんが時間があれば投稿していきます。

 -???-


「あ゛ぁ~。これで最後か?」


 そろそろ日も沈もうとする頃、カリカリと音を立てていたペンが投げ出されると同時に声が発せられる。声の主以外誰もいない部屋で発せられたその声は、気持ち大きく響いているように感じられる。此処は執務室。十数人は入れるだろう大きさの部屋だが、大量の書類が詰まった本棚が並べられているため、少し手狭に感じられる。そんな部屋を照らす為に取り付けられている大きめの窓の端からは、鮮やかな茜色の光が入り込んでいた。声の主は座っている椅子の背凭れに身体を預けると、斜めに差し込む光に眩しそうな顔で目を閉じる。


「はい。これで終わりですよ」


 突如、椅子の対面、執務机の反対側から声が発せられる。直前まで誰もいなかったはずのその場所には、黒いエプロンドレスを着た女が居り、先程まで記入されていた数枚の書類を確認している。


「では、これは協会のほうへ提出しておきますね。⋯⋯旦那様? お茶でも持って来ましょうか?」


 突然姿を現したその女に、特に反応する様子も無かった旦那様と呼ばれた男だが、女の問いかけには「あー⋯⋯、うん。頼む」と目を閉じたまま答えた。


「承りました。では、少々お待ちください」


 女はそう言うと書類を持ったまま、現れた時と同じように忽然と姿を消す。男以外誰もいなくなった執務室は静寂に包まれ、眩しいくらいに差し込んでいた夕日はほとんど沈んでしまい、紫に近しい光へと変化していた。

 因みに、先程まで男が書いていた書類は遠出する者が目的、場所、期間等を明記した上で協会へ提出しなければならないものである。提出をしないで遠出をしようものなら、協会が何処までも追いかけて来るし、場合によっては書類送検や強制送還などの非常に面倒くさい事になってしまう。しかも全て手書きでなければならない為、作成そのものも面倒くさいのである。


 閑話休題。女が書類を持って行ってから待つこと数分。空を焼き尽くしそうな赤色も完全に消えてしまい、眩しさが無くなると、男はもたれ掛かっていた背もたれから身体を起こし、誰にともなく声を掛ける。


「なんでこんなにあるんだよ。多くない?」

「行き先が行き先ですので、当然かと」


 然も当然のように返ってくる返答。中身の入ったティーカップが載せられたトレイを持って、先と同じ様に女が現れる。


「それに、奥様もお嬢様も出払ってしまっている今、旦那様迄出て行かれるとなれば引き継ぎの資料も膨大になりますから」


 ティーカップを執務机に置きながらそう続けると、カーテンを閉めに窓へと向かう。その手に持っていたはずのトレイはいつの間にか消えている。


「そうなんだよねぇ。しかも、俺も含め皆仕事っていう。だからか、最近ちょっと寂しい気がするんだよねぇ。⋯⋯って、(ぬる)ッ! 薄ッ! 苦ッ! 誰だよ淹れたの!?」

「ベルちゃんです」

「なんで!? なんであいつに淹れさせたの!?」

「既に給湯室に準備されてありましたから。ジヨーキョーソーだそうです」

「絶対字が違う!」


 一息つこうと、ティーカップの中身を口に含んだ瞬間感じた壮絶な味に、疲れも忘れて思わず叫ぶ。味は薄いのに口に残る苦味は濃厚、しかも中途半端に冷めている為とにかく不味い。カーテンを閉め終えた女が言うには、コレを淹れたのは毒薬大好きっ子のベルちゃんらしい。最悪である。きっとコレも毒草の類を給湯室のお湯で抽出したものか、その残りであろうと思われる。何故そんな場所で行ったのか、そして何故そのまま置いておいたのか、あまつさえ何故ソレを女は出そうと思ったのか、全くの謎である。ただ、自分の主に毒であろうものを躊躇無く出す女も、それらを文句だけで済ます男も、ベルちゃんの事を強くは言わない。


「いいじゃないですか。どうせ平気なのでしょう?」

「大丈夫そうだけどね? そういう問題じゃ無くない?」

「大丈夫であるなら特に問題は有りません。それより、出発は何時の予定ですか? 今日はもうこんな時間ですし、明日でしょうか」

「問題、無いのか⋯⋯? 出発は明日の早朝だ。時差を考えるとそれくらいがベストだろう」


 軽く流しているが、普通は問題しかない。本来なら、主人に対し毒を盛ったとして処分されてもおかしくない。⋯⋯のだが、自分の主人の事に対して割と適当な態度で流す女と、そのまま簡単に流されている男の様子は、そもそも本当に主従関係が有るのかが疑わしい。


「承知致しました。荷物の方はどう致しますか?」

「もう準備は終わってるから気にしなくていいぞ。そんなに量も無いし」

「普通たくさんあるものですがね。それなら、明日早朝お見送りさせていただきます」


 荷物が少ないという発言に女は若干、呆れたようにそう言って静かに消え、男もまた明かりの点いていない執務室を迷うこと無く後にする。月が上り、星も瞬きだした頃。誰も居なくなった執務室は、カーテンの僅かな隙間から月明かりが差すだけの、静寂な闇へと閉ざされたのであった。

Tips:地用狂草

腐葉土として畑などに使用すると植えた植物が魔物化する程の栄養を持った危険な薬草。土に混ぜなければそれほどの効果は無く、栄養剤の原料として使われる。

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