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健康が一番です。 番外編  作者: ちいこ
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高等貴族院の日常 ③

今回はエルさんの従者、シュルさん視点です。

 首都ベルトナールの西側の外れにある高等貴族院には、コールドウェルの王族及び貴族の子息子女が通っている。周りは深い森におおわれ、王専属の魔法師が作った結界の中にあるので、何人も脱走することも、反対に侵入することもできない隔絶された場所だ。

 男女は暮らす棟が違うものの、勉強や実技、そして食堂は一緒なので、それなりの交友を持っていた。

 将来の伴侶を選ぶ場でもあるものの、紳士淑女たる立場では表立って積極的な行動をとることはできない。

 それでも、今はコールドウェルの第二王子と、コールドウェルの宰相であり、首都ベルトナールの領主であるストロハイム・フォン・ベルトナールの長子が在籍しているので、その伴侶や側近を窺う者たちの水面下での熾烈な争いは続いていた。











「クランデス様」

 定時連絡を終えたシュルヴェステルは、呼び止められて僅かに口元を歪めた。人気が無いとはいえ、誰の目があるかもわからない廊下で呼び止めるなど、どんな理由か考えるまでもない。

 しかし、そんな己の感情は瞬時に消し去り、振り向く時には穏やかな人好きする笑みを湛えていた。

「何でしょう」

 振り向いた視線の先にいたのは、豪奢な金髪の女生徒と、茶髪と緑の髪の女生徒の三人だ。顔を見て、やはりと溜め息を噛み殺した。

「先日、エーベルハルド様にお茶会の打診をしたのですけれど」

 そう切り出したのは、緑の髪をした女生徒だ。

「ああ、そうでしたね。残念ですが、予定がありますと返答申し上げたと思いますが」

 話しかけてきた女生徒に告げながら、シュルヴェステルが見ているのは金髪の女生徒だ。なぜなら、エーベルハルドにお茶会の招待状を送ってきた主催者の名前は、金髪の女生徒のものだからだ。

 身分の高い女性は、基本的に己の身内以外の男と直接言葉を交わすことはない。わずかな例外が、学生時代くらいだ。

 それでも、こんな公の場で堂々と声を掛けてくるのは珍しい。それほど焦れているのかと、言わされているお付の女生徒を気の毒に思った。


 お茶会の主催者、金髪の女生徒は、ベルトナールの侯爵令嬢だ。上位貴族の中でも少々問題ありだと予め調べていたことを思い浮かべながらも愛想よく言えば、令嬢はしんなりと細い眉を顰める。

 その気配をくみ取ったのか、緑の髪の女生徒が少し詰るように告げてきた。

「ですが、もう3回も打診で遠慮するとお申し出がありました。そんなにもお忙しいのかしら」

(……はしたない)

 打診の時点で断っているのは、会う価値がないとなぜわからないのか。仮にも相手が自領の侯爵令嬢なのでそれなりの言葉を繕ってきたと思うが、さすが《彷徨える蝶》と揶揄されるだけのことはある。

「マデリン様でしたら、お茶会の誘いはあまたあるでしょう。ぜひその方々を優先なさってください」

 それではと、シュルヴェステルは女生徒たちに背を向けた。




「はぁ~」

「……」

「はぁぁぁ~」

「……」

「……少しは気にして頂けませんか、エーベルハルド様」

「……それは嫌味か」

 何やら難しい本を読んでいたらしいエーベルハルドが、呆れたように言いながらもようやく顔を上げた。

 学生の本分は勉学だと言い張るエーベルハルドは、時間があれば貴族院の図書室か、自身の研究室がある研究棟にこもっている。自由な時間は学生時代しかないと、思う存分自分の好きな研究に没頭しているのだ。

 宰相の息子という立場からも離れているつもりのエーベルハルドに、今から言う報告がどんなに面白くないものかわかり切っている。それでも、この先エーベルハルドに直接苦情を言ってくる可能性もあるので、報告だけはきちんとしておかなくてはならない。

「マデリン様から苦情を受けました」

「……誰だ?」

 エーベルハルドの形が良い眉がしんなりと顰められる。

「先日、3回目のお茶会の申し入れがあった侯爵令嬢……《彷徨える蝶》ですよ」

 噂されている名を言えば、ようやく思い当たったらしい。

「身分の高い子息の間を飛び回っている令嬢か」

 本人の令嬢は知らないだろうが、案外男性の社交界でも様々な噂は飛び交っている。その中で、身分の高い男子生徒ばかりに誘いをかけている令嬢は有名だった。

 中には、学生時代限定の遊びで相手をするものもいるようだが、目の前の主だけはとてもそんな考えは持ちえないとわかり切っている。


「用件は?」

「お茶会の誘いを断られていると」

「……女性の社交に男を誘う方がおかしいだろう」

 それを言えば話は終わりだ。中には喜んで女性のお茶会に出席する男もいるのだが。

「一応、他のお誘いを優先してくださいと言っておきました」

「次からもそれでいい」

 宰相の子息であるエーベルハルドは、現在高等貴族院にいる生徒の中で第二王子に次ぐ高位の位置にいる。そのせいで、本人が望まなくても交友に担ぎ出されそうになるが、本人はまったくその気がない。

 そのしわ寄せが護衛騎士で、貴族院内での側近でもあるシュルヴェステルに来るのだが……ここで何を言っても取り合ってもらえないだろう。

「社交も、多少はした方がよろしいですよ」

「時間ができたら」

「……」

(そう言いながら、予定を詰め込むだけ詰め込んでいるという……な)

 ともかく、報告はした。あのマデリンの様子だとまだ諦めていないようだが。






 基本的に決まった場所に閉じこもっているエーベルハルドを護衛するのは容易い。その上、本人も騎士くらい腕はたつので、よほどのことがない限り危険な目には遭わないだろう。

「シュルヴェステルではないか」

 そんな時、エーベルハルドに言われて図書館から借りた本を返しに行ったところ、途中でまた面倒な相手に捕まってしまった。

 もちろん、そんな思いは顔に出すことなく、シュルヴェステルは右手を左胸に当てて頭を垂れる。

「ご機嫌麗しく、王子」

「其方一人か? エーベルハルドはどこにいる?」

 コールドウェル国第二王子……ウィンセスラス・ラッセ・コールドウェルは、シュルヴェステルの背後を見ながら言う。

「主は研究棟にいらっしゃいます」

「またそこか。あやつ、私のお目付け役と言いながら、まったく側にいないではないか。父上が聞いたら何と言われるか……エーベルハルドはわかっているのか?」

 最近声が変わってきて、身体も少年を脱しつつあるウィンセスラス。少し前までは視線がまだ下だったはずだが、今は少し顔の角度が変わるくらいだ。それでも言っていることはまだまだ我が儘坊主のものだった。

「申し訳ありません。主には王子の御言葉、確かに伝えておきます」

 とりあえず形通りに言ってみれば、ウィンセスラスは慌てたように口を挟んでくる。

「いや、別に良い。学生は学業が本分だからな」

「……そうですか」

(己を蔑ろにされることは嫌だが、口うるさい監視役がべったりなのもごめんだということか)

 実にわかりやすい。


「ああ、そういえば」

 さっさとこの場を辞そうとしていたシュルヴェステルだったが、また何か唐突に思い出したらしいウィンセスラスの言葉に足を止めなければならなかった。

「食堂の改善を申し出たんだ」

「食堂の改善?」

 一体何を言いだしたのかわからなかった。第二王子という位を持つウィンセスラスには料理人がついているはずで、食堂で食事をする必要がない。それなのに食堂の改善を言い出したというのが納得できなかった。

「王子、それは……」

「私も、友人と時折食堂に行っていたのだが……シュルヴェステル、其方も物足りないと思わないか?」

「……そうですね」

 物足りないと言えばそうだ。決して不味くはないが、かといって美味しいとも言いづらい。特に、パンはあの下町のパン屋のものの方が美味いくらいだ。

(そう言えば、少し間があいてしまったな)

 エーベルハルドの命を受けて季節に一度くらい、あのパン屋に少女に会いに行っている。

 まだ幼いものの、心地の良い空気を持つ少女と会うのは楽しいが、前回より間があいてしまっていた。

 エーベルハルドが魔力の揺らぎを感じ取っていないので、少女に危険が迫ったり、他にも大きな問題があったとは思えないが、それでもシュルヴェステル自身も気になるほどには、少女自身にそれだけの価値があることを感じていた。


「副学院長に真摯に訴えた。食事も大切な教育の一環であるとな」

 得意げに言っているが、要は美味しいものが食べたいと言う子供っぽい要望だろう。大人ならば、あるもので我慢しろと思う。だいたい、貴族院の食堂で出す料理は、かなりの高級食材を使っているはずだ。現に、下級や中級貴族の生徒たちは満足している様子なのだが。

(……ああ、そうか)

 確か、以前エーベルハルドから聞いた。この第二王子は、美味しいパンを食べるために貴族院を脱走しようとしていた要注意人物だった。

 まあ、本人が好きにすればいいが……シュルヴェステルの主はエーベルハルドなので、他のことはどうでもいいとも思っている。

「近々、新しい料理人が来るらしい」

「早いですね」

「早くしてほしいと要望したからな」

 あくまでも、命令ではないらしい。貴族院内では皆平等という規律を本人は守っているつもりだが、そもそも食堂のことを口に出せることが特別なのだとわかっていないのだろうか。

 しかし、それを今指摘してもしかたがない。いずれは、シュルヴェステルの主、エーベルハルドの仕える主となる方だ。

「其方も楽しみにしていると良い」

「はい。王子、申し訳ありませんが、主を待たせておりますので」

「ああ、すまない」

 意外にもあっさりと解放してもらい、ウィンセスラスは内心安堵の息をつく。まだ子供とは言え、相手はこの国の王子だ、今はできるだけ接触を控えたかった。











 今日は久しぶりに貴族院の外に出る。

 学生は基本的に夏季休暇以外貴族院から出ることは叶わないが、シュルヴェステルは既に卒業しているので許可さえあれば可能なのだ。

「では、行ってまいります」

「……ああ」

 挨拶をするシュルヴェステルをちらりと見たエーベルハルドは、いつもより少しだけ長い時間視線を留めた後に再び読んでいる本へと向き合う。そのほんのわずかな違いの意味を考えて思わず笑みが零れそうになったが、ここで堂々と笑ってしまうとエーベルハルドの不興を買いかねない。

 もう一度頭を下げ、シュルヴェステルは貴族院の校舎を出た。正門を守る門番に軽く挨拶をし、門を開けて外に出ると、使徒獣(ストライテン)を出すために用意していた魔石を出す。

現出(ゲネン)

 すぐに魔石から水色の光が出て、目の前に水色の一角獣(チェスター)が現れた。

「頼むぞ、ターニャ」

 鼻面を撫でてやると、機嫌がよさそうに啼く。

 シュルヴェステルはその背に跨り、あらかじめ装備されている手綱を引いて空へと舞い上がった。

 ターニャに乗れば、森はあっという間に超えることができる。

(様子を見てきてほしいと言えばいいのに)

 魔力の揺らぎを感じないからと、頑なにあの少女に会いに行こうとしないエーベルハルド。そのくせ、気づけば少女に渡したものの対となる魔石を見ている姿を見かける。その時ばかりは年相応の表情になるのを、本人は自覚しているのかどうか。


「……うわぁ……」


 初めてターニャを見た時、怖がるでもなく、好奇心に満ちた眼差しを向けてきた少女。平民にしては肝が据わっているその様子が鮮やかに頭の中に浮かぶ。

 前回会いに行った時は、また少し大きくなっていた。


「こんにちは。エルさん、元気ですか?」


 貴族相手だとわかっているのかどうか、委縮しないその態度を好ましく思っているのは自分だけではないだろう。貴族院を卒業すればもっと頻繁に会うこともできるだろうが、いましばらくは顔も見えない、声も聴けない距離にある。

(どうする気なのだろうな……)

 エーベルハルドが少女を特別に思っているのはわかるが、それがどういう意味なのかはまだシュルヴェステルにもわからない。エーベルハルド自身自覚していない状況ではしかたがないが……少しでも早く知りたいものだ。

「土産は、白パンでいいか」

 久しぶりに美味いパンを食べてもらおう。

 シュルヴェステルは白パンが売り切れないうちにとターニャを急がせた。

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