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空喰い ~別れた翼~  作者: とりとん
地から再び飛び立つべく
8/19

部活動への誘い

「部活?」

「そう、部活よ」


 薄く透けるような白い雲が遥か高い空を漂う空深高校の昼休憩に、僕はまたも偶然に鉢合わせた銀髪の少女と中庭で昼食がてら話していた。初めて会った時には異国情緒なその雰囲気に圧倒されたものだが、今となってはこうして日常会話を普通に話すことができる。

 そんなイリーナとの会話の中で突然出てきた言葉に僕は素直に疑問を持った。


「そもそもイリーナって部活してたっけ?」

「2年生になってから始めて見たの。そしたら結構楽しくてさ、ユウも一緒にやろうよ」

「部活かあ」


 正直言って僕の気分は乗らなかった。勉強で疲れているのにさらに何かをやる元気なんて僕には無いことと、誰かと一緒に何かをするということに何となくだけど苦手だからだ。帰宅部仲間だと思っていたイリーナが実は部活動を始めていて、なんだかちょっとだけ裏切られたような気分になったのもある。


「部活って何の活動してんだ?」

「あ、興味ある?やっぱりユウなら分かってくれると思ってたんだ」

「僕はやるなんて一言も言ってないぞ」


 無理矢理自分のペースに引きこもうとするイリーナをしっかりと制止する。このまま放っておけばこの銀髪少女は勝手に入部届をでっちあげてしまいそうな勢いだ。


「で、何て名前のクラブなんだ?」

「うーんとね、技術研究部ってとこかな」

「技術研究部?」


 技術研究部。イリーナが口にしたそのクラブの名前を僕は頭の中で繰り返す。しかし、聞きなれないそのクラブ活動の名前から記憶の糸を手繰り寄せようとしても、この空深高校において引っかかる名前のクラブ活動は思い浮かばなかった。


「そんな名前のクラブってうちの学校にあるか?」

「ちょっと変わったクラブでさ、活動は学校の外でやってるからユウは知らないかもね」

「それはクラブ活動というより校外活動だな」

「なるほど、そういう表現になるのね。相変わらずややこしいね」


 ここまでの話を僕なりにまとめると、どうやらイリーナは2年生になったときから何やら技術研究部という名前の校外活動に勤しんでいたらしかった。1年生の時はいろいろと学校生活の面倒を見ていたこともあって一緒にいる時間はそれなりに長かったけれど、2年生になってお役御免となってからは、そういった活動に参加していたなんて僕には気付けなかった。

 それにしても、やはり見当がつかないのはその活動内容だ。化学研究部ならまだしも、イリーナは技術研究部と言った。化学とくれば僕の勝手なイメージでは白衣にフラスコやビーカーという光景が頭に浮かんでくるが、技術と言われても世の中に存在する技術なんて数えきれない。化学もいわば技術のうちの一つだし、物理学も工学も電気だって機械だって技術だ。そんな得体のしれない技術というものを対象に研究している活動とは一体何なのだろうか。


「で、具体的には何やってるんだよ」


 考えても仕方ないと割り切った僕は、今まさに疑問の中心地であるイリーナに答えを求めた。


「私、説明するの下手だから見に来てよ。この国の言葉は難しいし」

「男子高校生相手に日常会話しておいてそれはないだろ」

「ほら、百聞より証拠って言うじゃない」

「なんか混ざってますよ、イリーナさん」


 わざとなのか本当に勘違いしているのか、とにかくイリーナは説明するより見た方が早いということが言いたいのだろう。

 もしかすると色んな技術を好きな人が好きなように研究しているような活動をしていて、口で説明していては短い休憩時間では全然足りないということなのかもしれない。仮に物理を研究しているグループがいたり機械構造を研究しているグループがいたり電磁気学を研究しているグループがいたり、なんて光景を想像してみると同じ事を他人に説明するほうが無理に決まっている。


「私のことはいいから、とりあえず見学だけでもしてみようよ、この通り土下座するから!」


 そう言いながらイリーナは突然、コンクリートレンガの敷き詰められた地面に両膝をつき始めた。


「待て待て、こんなところで土下座すんな!」

「え、人にものを頼むときはこうするのが普通じゃないの?」


 イリーナはこちらの方がおかしいのではないかと言いたげな様子で僕を見上げる。一体どこでその土下座というものを覚えてどう勘違いしたというのだろうか。家で時代劇でも見てるんだろうか。


「とにかく、そういうことは普通しないんだよ、僕が変な奴だと思われるからやめてくれ」

「それじゃ、見に来てくれる?」

「分かった分かった」


 ただでさえ銀髪で目立つ姿なのに昼休憩の高校で土下座姿なんてされてはあらぬ噂が広まってしまいそうだ。完全に彼女のペースに飲み込まれてしまった僕は思わず了承してしまったが、不思議と後悔の感情は浮かんでこなかった。


「それじゃ、放課後に迎えを呼ぶから校門前で待ち合わせね!」


 イリーナはそう言いながら昼食後のビニールゴミを片付けると、穏やかな日差しに長い銀髪を煌めかせながら走り去っていった。


「まさかわざとじゃないだろうな」


 実は僕が渋ることは織り込み済みで、そこで僕が慌てふためくような行動をとることで無理やりにでも了承を引き出そうとか実は考えていたりするのだろうか。それとも別の何か重要な理由、例えば人数を集めないと廃部みたいな理由があって何としてでも技術研究部とやらに入部させないといけないのだろうか。

 それとも、何か僕の予想もしないような事情でもあるのだろうか。

 中庭に一人取り残されてから色々と考え込んではみたけれど、答えが出るどころか思考が進展すらしないまま昼休憩の終わりをつけるチャイムが学校中に響き渡った。


 *


「ごめーん、待った?」

「放課後に入るのは同時なんだから待つわけないだろ」


 僕は彼女のペースに巻き込まれないように冷静に答える。


「そこは今来たとこって言わないとダメでしょ」

「だからイリーナは一体どこからそういう情報を仕入れてるんだ」


 またも昼休憩と同じように、この国の文化らしきものを体験しようとしているイリーナだった。

 イリーナに何の活動なのかは見た方が早いと言われて僕はできるだけ活動内容を気にしないように気を付けていたが、どうやら人間分からないということが明らかでもついつい考えてしまうものらしかった。イリーナのやっているらしい校外活動の疑問が湧いては消えていく間に午後の授業は身に入らないまま終わってしまった。

 今はこうして昼休憩に約束した待ち合わせ場所と時間である放課後の校門前にいるという状態だ。段々と陽が長くなりつつあるこの季節では高校の放課後という時間帯はまだまだ昼間とほとんど変わらない明るさだ。変わったのは太陽の位置だけで空模様は昼間とほとんど変化がない。


「ほら、こっちこっち」


 いつの間にか校門を抜けて歩き始めたイリーナに僕は急ぎ足で追いつく。方向としては僕の通学路とは逆方向で、少しだけ面倒だなという気持ちが浮かんでくる。


「どれぐらい歩くんだ」

「結構遠いから、いつもは同じメンバーの車に乗せてもらうんだ」


 どうやらそれなりに遠い場所にあるらしい。それに同じ高校生だけが集まる活動かと思っていたが、車を運転する人がいるということはもしかすると大学生とかもいるのかもしれない。


「ほら、あの車」


 イリーナの指さした先には道路脇にいかつい雰囲気の黒いバンが停車していた。外見では完全に黒一色の遮光ガラスに覆われて中をうかがい知れないこの車が高校近くに佇んでいると、なんだか誘拐犯でも乗っていそうだった。

 そして雰囲気をさらにいかつくしているのは車の脇に腕組みして仁王立ちしている男だった。

 身長は僕より若干低そうだが、ランニングシャツから伸びたまるで足のような太さの筋肉で覆われた腕と短く刈り込んだ頭髪が威圧感を何倍にも膨らませている。


「親方さーん、連れてきたよー」


 そんな威圧感を解放し続けている人間のほうへイリーナは気さくにも片腕を上げて手を振りながら近づいて行った。


「おうおう、イリーナちゃんは今日も元気だなあ!」


 そしてイリーナに気付いた筋肉男は、ある意味外見通りの大きな声を閑静な住宅街に響かせた。挨拶を交わす二人から少し離れた場所で様子をうかがっていた僕にもイリーナを呼びかけるその声が盛大に飛び込んできたほどだ。


「それで、イリーナちゃんの連れてきた彼氏はどこだあ?」

「もう、親方さんったら違うって何度も言ってるじゃない。ほら、ユウもなにしてんの、早くこっちきなよー」


 親方と呼ばれた筋肉ダルマはにやけ顔を浮かべており、全く近づいてこない僕の様子を察知したイリーナはこちらへ向けて手招きをしていた。

 正直言って僕はあんな騒がしい雰囲気の場所へ混ざるのは苦手だった。早くもうんざりした気分になりながらも、僕はイリーナと約束してしまったことを思い出して渋々と重い足取りで二人の元へと近づいて行った。


「ユウ、この人が私たちと一緒に活動してる親方さんよ。意外かもしれないけど、とっても手先が器用で、ものづくりが大得意なの」

「がっはっは、意外とはなんだ、意外とは!」

「……ユウイチです、よろしくお願いします」


 僕は完全に場の雰囲気にあてられて、思ったよりも小さな声でなんとか挨拶を口にした。どうやら自分で思っている以上にこのやり取りが苦手で、思っている以上に緊張してしまっているのかもしれない。


「まあそう緊張するな、少年よ。さあ、乗った乗った、詳しい話は移動しながらしようじゃないか」


 親方と呼ばれた人物は軽々と車の大きなスライドドアを開け、その中に入るよう促す。イリーナが「おさきー」と言いながら車内へ飛び込んでいき、僕もあわててその後に続くと親方が外から扉を閉めてくれた。

 車の中は外見よりも想像以上に広かった。普段は母の運転する軽自動車にしか乗る機会がないので相対的にどうしても広く感じてしまっているだけかもしれないが。それでも大きな座席や僕が入り込んだ後部座席のさらに後ろに続く4つの座席や、ほとんどかがまずに入ることができた天井は広々としたものだった。ただ、外から見えたガラスの黒いスモークは中から外という向きでも光を遮断するようで、外の明るさになれていた僕の目にはほぼ真っ暗な空間のようにも映った。

 その暗く広い場所へ先に乗り込んだ少女の長髪はまるで光っているような気がした。


「親方さーん、早く行こうよー」

「はいはい、イリーナちゃんは今日もせっかちだな!」


 僕の横に座っているイリーナは速く活動場所に行きたくて落ち着かないようだった。それに、落ち着かないだけでなく本当に楽しみで仕方がないという様子でもあった。それほどにまでイリーナはこの活動を楽しんでいるということなのだろう。


「よし、出発するでえ!」


 いつの間にか運転席に収まり準備万端の親方が車の中で盛大な声を高らかに叫んで車のエンジンをかけた。本人には叫んでいる自覚など毛頭ないだろうけれど、同じ大きさの声を僕が出そうと思ったら叫ぶぐらいしないと難しそうだ。


 こうして僕は怪しげな黒いバンに乗せられて、やたらと声の大きいガテン系と異国情緒あふれる外見の少女とともに連れ去られていった。今更ながら自分の置かれている状況に僕は辟易した。


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