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空喰い ~別れた翼~  作者: とりとん
何も飛ばない広い空
2/19

登校時間

 

『わたしたちとともに空を取り戻そう!』


 電柱に張り付けられたチラシを横目に僕は自転車を走らせる。ここ最近は取り締まりも強化されたせいで今の電柱に張り付けられていたような過激なチラシは随分と少なくなったが、人通りの少ない場所ではまだまだ見かけることがある。

 特に若年層の多い高校や大学の周辺に張り付けられることが多く、僕が通っている高校もその例外ではなかった。酷いときは何者かが校内に侵入し、生徒の下駄箱に無断で勧誘のチラシを入れられていたこともあった。そう考えるといくらか大人しくなったと言えなくもない。

 しばらく自転車を走らせると、徒歩通学の生徒がちらほらと見え始める。もうすぐ学校に到着すると思いながらも自転車を走らせるスピードを落とすことなく僕は徒歩通学の生徒を追い抜く。


 やがて大きく開いた校門に到着し、校門脇のコンクリートブロックに埋め込まれた学校の名前が目に付く。


『空深高校』


 それが僕が通っている高校の名前だった。


 いつものようにその校門の通り抜け、駐輪場へ向けて自転車を走らせる。半分ほど埋まっている屋根付き駐輪スペースを見つけると、自転車から降りて空いたスペースにそれを突っ込む。気休め程度のカギをかけ、かごに乗せていた通学かばんを取り出し教室へ向けて足を運ぶ。


 グラウンドで朝から練習にいそしむ野球部を眺めながらいくつかの建物を通り抜け、自らの教室があるコンクリートの中へ入る。そしてまたいつものように昇降口で履きなれた運動靴から底の固い上履きへと履き替え、目の前の階段を上っていく。

 踊り場を経由して2階に上るとやや年季を感じる廊下に差し掛かる。どこまでも続いていきそうな長い廊下には2年生の教室がずらりと並んでおり、そこかしこから若い男女の話し声が漏れ聞こえてくる。教室の反対側は全て窓ガラスになっており、朝日を取り込んだ廊下は照明がなくともまぶしいぐらいに明るかった。

 通学かばん片手に廊下を進んでいくと、目的の『2-B』という札の突き出た教室に到着する。


 教室の中もまた半分ぐらいの人がすでに登校しており、仲間と昨日のテレビ番組について談笑している生徒、朝早く来たくせに机に突っ伏して眠っている生徒、朝から携帯ゲームに熱中している生徒と様々だった。同じ空間にいながらここまでバラバラな行動をしている人間が集まる場所もなかなか珍しいなと思いながら窓側の自席へかばんを置く。

 決して座り心地のいいとは言えない学習机に座り、いつものように通学かばんから今日の学習教材を引き出しの中にしまい始めたところで明るい声に呼びかけられた。


「おはよ、ユウ!」


 自分の名前を呼ぶ声につられて反射的に顔を上げると、そこにはセーラー服を着たクラスメイトがいつものように元気よく挨拶している姿があった。澄んだ青い瞳と腰までかかる銀髪がこの国の出身ではないことを物語っているが、そのどちらも僕にはもう見慣れた光景だ。


「ああ、おはよう」

「ユウは今日もぶっきらぼうね」

「イリーナは今日も元気だな」


 挨拶を簡単に終わらせようとする僕に向かって、これもまたいつものような会話を交わす。

 彼女の名前はイリーナといい、外見通りこの国ではなく大陸の出身だ。出会ったのは高校1年のときだが、まだこの地に来てから年月の浅いらしい彼女の世話役をやらされるうちに朝のあいさつを交わすぐらいの仲になった。


「僕は朝に弱いんだ、そっとしといてくれ」

「そんな前途多難なこと言わないで」


 イリーナはそう言いながら、まだ生徒の登校していない前の椅子を引き出し始めた。そのまま顔がこちらに向くように前後逆に座る。どうやら僕の言うことは全く聞く耳を持っていないらしい。ついでに言うとどこで覚えたか知らないが四字熟語の使い方が微妙におかしい。


「前途多難ってそいう使い方だっけ」

「え、違うの?こっちに来て3年ぐらい経つけどやっぱり難しいなあ」


 長い銀髪を揺らしながらイリーナは首をかしげる。大きな窓ガラスから降り注ぐ陽光に照らされて透き通った色の髪の毛も今は輝いているようにも見える。


「僕より成績がいいやつが言うと嫌味だな」

「ユウの成績が悪すぎるんでしょ。いつも狙ったように赤点ギリギリばっかり」

「要領がいいと言ってくれ」


 そんな意味がまるでないような会話を交わしていると、イリーナは何かに気付いたように立ち上がると「それじゃ、またね」と言いながら自席へと戻っていった。見ればどうやら前席の生徒が登校してきたらしく、自らが占領していた地を明け渡すためだったようだ。こんな風に僕たちの朝の会話は急に始まって急に終わるのがいつものことだった。


 それからしばらくすると担任の先生が教室にやってきて出席の確認を取り始める。滞りなく全員の出席を確認すると、そのまま朝のホームルームを始めた。


「みんなも知っている通り、もうすぐ空落ちの日から3年目となる。学校は休みになるが、各自外出は控えるように。今年は取り締まりが強化されるそうだが、それでもどこから過激派が出てくるか予想できんからな。式典や墓参りに外出する者も十分に注意すること」


 教室によく響く先生の言葉に耳を傾けながら僕はぼんやりと、もう3年になるんだなと思った。

 空落ちの日、その日にこの世界は一変した。上空を飛行中だった全ての飛行機が墜落するという大惨事は多くの犠牲者を出した。3年が経過しようとする今でもその記憶は人々から消えるはずもなかった。

 あの日の出来事は僕にも強烈な体験として残っている。今でもあの日の光景は手で触れられるように思い出せるし、3年どころか10年20年が過ぎたとしても鮮明に思い出せるのだろう。

 誰の目にも重大な一日である空落ちの日には犠牲者に黙とうをささげる式典が開かれている。だが、この誰もが祈りを伝えようとする厳粛な日に「政府のやり方はおかしい」だの「自由な空を取り戻せ」だのという危険なことを式典会場の周辺で叫びまわる集団が湧いてくる。去年はその一部が暴徒化したらしく、悪くなっていく治安に歯止めをかけるべく警備を強化するようだった。


 僕は窓の外に広がる朝の空へ目を向ける。はるか高い場所を静止したように漂う筋状の雲はあの日の出来事を連想させる。きっと今年も空を飛びたいと叫ぶ人と完全武装した警察隊との間でぶつかり合いが起きるのだろうか。


 こんなところを飛び回ろうだなんてバカげている。


 飛んだものはどれだけ努力しようといつかは落ちる。空を飛び回る鳥たちですら常に飛び回ることなどできない。どんなものでも最後は地上に戻されてしまうというのが自然に摂理だというのに、翼すら持たない人間が飛ぼうとすること自体が間違っている。そのことを身をもって知らされたはずだというのに、今でもその事実から目を背けて空に取り憑かれているやつらは、きっとどこかおかしいのだろう。


 僕は外に広がる大空を眺めつつ、心の底からそう思うのだった。


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