⑨
「何度爆発してもなくならない…?」
真希は眉を潜め、クラスター博士の言葉を繰り返す。
クラスター博士はそれに対し「うむ」と頷いた。
「正確に言うと、爆発してもこいつは瞬時にして再生する」
「そんなことってあり得るんですか?」
今度は私が口を開いた。
本物の爆弾なんて見たことがあるわけではないが、何度でも使用可能な爆弾なんてあるとは思えない。
「あり得ないことを可能にした、といったところかな」
「なんでまたそんな…」
「私は研究者だ、あらゆる可能性を試したくなるものなのさ」
「はぁ…」
私はデスペラードボムに目をやり、頬をかいた。
(これが校舎を大破させた原因…何度も爆発可能…)
今得た情報を頭の中で反芻させる。
言葉上理解はできるが、やはりどうも信じがたい。
「まぁ、信じられないだろうね?」
私の心を見透かしたようにクラスター博士。
「え?あぁ、まぁ…だって、ねぇ?真希」
隣でデスペラードボムをにぎにぎしていた真希に助けを求める。
「そりゃあねぇ、実際爆発したところ見たわけじゃないし」
彼女の言うとおりであった。
私たちはこれが爆発したところをこの目で見たわけじゃない。
起爆方法が寂寥感だとか何度でも爆発可能だとか言われても、なるほどと納得できるわけがない。
目の前のこの博士がデタラメを言っている可能性もあるのだ。
「確かに君の言うとおりではあるね」
クラスター博士は顎に手をあて小さく息をついた。
「しかし、今ここで実際に証拠を見せるわけにもいかんしな」
彼女の言う『証拠』が『爆発』であると気付いて私は戦慄を覚えた。
校舎の一角を大破させたあの威力の爆発をここで起こされたら、私たちは終わりである。
「それに、さっきも言ったようにこいつの起爆方法は寂寥感だ。今ここで爆発させようとしてすぐできるようなものではない」
クラスター博士はう~むと唸り、そして、
「…理解してもらう必要があるんだがね、特に君には」
私に向けて、そう呟いた。
目を丸くして、私は無言で自らを指差す。
「あぁ、理解していてもらわないと、後々大変だ」
「ちょっと意味が分からないですが…?」
所有者と思しき人が目の前にいるのだ、話が終わり次第この爆弾はとっととお返しするつもりである。
デスペラードボムとはここでお別れ、理解しようがしまいがもう関係ないはずだ。
この柔らかい触感は捨てがたいものがあるが、それはもう忘れよう。
とか思っていたら、次にクラスター博士はとんでもないことを打ち明けた。
「今後、これの所有権は君になるわけだからね」
数秒間の沈黙。
言葉の意味は分かるけど、ちょっとばかし理解に苦しむ。
「それってどういう…?」
「言葉どおりさ、そのデスペラードボムの持ち主は三条美鈴くん、君になるということだ」
「いやあの、なんでそうなるんですか?」
一方的にそんなことを言われても理解できるわけがない。
落ちてるのを勝手に持ってきたのは確かに私だが、それだけで所有者と認定されても困る。
拾った物は拾った人の物なんて決まりはないだろう。
「ふむ、そこも説明が必要なところでもあるんだよ」
クラスター博士は足を組みなおし、続ける。
「それの開発者は確かに私であり、持ち主も当然私であるわけだ。しかしだね、そいつからすればちょっとばかし違うのだよ」
彼女の言うそれとかそいつだとかは、当然このデスペラードボムのことであろう。
「そいつは、自らの意思で所有者を判断するんだ」
「はぁ?」
理解ができず、私はコメカミ辺りに手をやる。
隣に座る真希はさっきからずっと眉間に皺を寄せている。
「犬が自分の主人が誰であるかを判断するといったようなイメージかな」
「犬がって…これ、爆弾なんでしょう?意思とか言われても…」
爆弾を犬で例えるとか、いくらなんでも無理がありすぎるだろう。
「あくまでイメージだよ。そういう風に作られているからね」
「ちょっと…信じがたいのですが…ねぇ?真希」
真希に助けを求めるが、真希は眉間に皺を寄せたまま「何がなにやら」と一言呟いただけだった。
「そいつの起爆方法は寂寥感であると言ったろう」
「はい」
「じゃあ、何に対しての寂寥感だと思う?」
いきなり問題を投げかけられ、私は無言になる。
デスペラードボムをじっと見て考えるが、答えは浮かばない。
「そうだね、ならば、飼い犬はどういったときに寂寥感を覚えるだろうか?」
ヒントのつもりなのか、今度はまた犬に例えて聞いてきた。
しかし、それならば答えは簡単に出てくる。
「飼い主…ご主人が居ない時ですか?」
「その通りだ」
当たりのようで、クラスター博士は大きく頷いた。
正解はしたものの、それがどういうことなのか、私はまだ理解できない。
いかんせん、例えられているものが犬だから、爆弾とうまく繋がらないのだ。
「それってもしかして…」
今までずっと眉間に皺を寄せていた真希が呟いた。
見ると、眉間の皺はとれていて、今度は目を丸くしていた。
「どういうこと?真希」
真希に訊ねたが、答えはクラスター博士が告げた。
「そいつは、君と離れて寂しかったから、爆発したんだよ」