⑧
「爆弾て…えっとその…あの爆弾ですか…?」
驚きのあまりうまく言葉を紡げない私。
真希は爆弾、デスペラードボムに目をやってごくりと唾を飲み込んだ。
「どの爆弾のことを言っているのかよく分からないが、恐らく君が思い描いている爆弾だろうな」
クラスター博士はさらっと答える。
「つまり、今君が手を添えているそれは、部屋をひとつ吹き飛ばす破壊力をもった爆弾ということになる」
デスペラードボムに手を添えていた私の手が反射的にぴくっと震えた。
そぉっと手を離した。
「でも安心したまえ、それはある条件を満たさない限り爆発はしない」
「条件、ですか…」
クラスター博士は、座席に置いたデスペラードボムを「よいしょっ」という掛け声とともに持ち上げ、自らの膝の上に置いた。
「こいつは、寂寥感が一定の値に達した時にのみ、爆発を引き起こす」
デスペラードボムを撫でながら、クラスター博士は言う。
「寂寥感…」
半信半疑の眼で、私はデスペラードボムを見据える。
そんなとき、真希がちょいちょいと私の肩を突いてきた。
そして「せきりょー感ってなんぞ?」と耳打ちをしてきた。
「寂しい感じのことだよ…」
そう耳打ちで返すと、真希は「なるへそ」とひとり頷いた。
「つまり、どういうことですか?」
横槍が入ったが、話を続ける。
「つまりだね、こいつを長時間ひとりにしておけば、爆発するということだな」
「ば、爆弾にそんな起爆方法があるんですか?」
「普通に考えてそんなものはあり得ないが、私の発明品にはそれがある」
クラスター博士はふっと笑んで、デスペラードボムをぽむぽむ叩く。
「逆に言うと、こいつはその方法以外では絶対に爆発はしない」
私たちは互いに顔を見合わせ、小首を傾げた。
クラスター博士は「例えばそうだな…」と考えた後、予期せぬ行動をとった。
デスペラードボムを高く持ち上げたかと思うと、そのまま手を離し車内の床に落としたのだ。
5kg強あるそれは、ぼーんという音を反響させ、バン全体を大きく揺らした。
私たちは共に「ぎゃーー!!」と叫び、反射的に抱き合った。
しかし、物音こそあったものの、デスペラードボムには何の変化も見られず、落ちたその場所に当然のごとく鎮座していた。
「この通り、衝撃を与えても何も起こらない。この場所じゃ高さ的に説得力がないかもしれないが、例えビルの上から落としたとしても爆発はしないよ」
抱き合ったまま、私たちは目をパチクリとさせる。
その後どちらからともなく身体を離した。
「ナイフを突き立てようとも、火で炙ろうとも、爆発はしない」
「だ、だったら、その導火線はなんなんです?」
爆弾であることを証明させるかのように自己主張している頭頂に生えた導火線、それがあるがゆえに、私たちは、これが何であるかと頭を悩ませていたといっても過言ではない。
「これはただのオプションさ、あった方がより爆弾のように見えるだろう?当然、火をつけても何も起こりはせんよ」
それを聞いて、私はがっくりと肩を落とした。
「それじゃあこのお持ち帰りしたくなるような触り心地はなんなんですか?」
私が黙っていると、今度は真希が口を開いた。
「私は柔らかい物がすきだからね。君は好きじゃないのかい、おっぱいとか」
クラスター博士はたわわに実らせた自らの双丘に手を当てる。
「いや、大好きですけども」
「だろう?だから柔らかい触感に作り上げてみたのだよ」
「なるほど、そういうことですか」
ふむふむと頷く真希。
それを見て私は「何が分かったの…?」と聞いたが、真希は「何も分からん」と答えた。
ため息がひとつもれる。
「でも、これは爆弾なんですよね?」
聞くと、クラスター博士は「あぁ、れっきとした爆弾だよ」
「証拠はあるんですか?これが爆弾であるという証拠は」
クラスター博士はデスペラードボムについていくつも教えてくれたが、そこに爆弾であるという確実な証拠はどこにもなかった。あるのは、デスペラードボムの外観的特長と、先ほどクラスター博士が口にした「これは私が開発した爆弾だ」という言葉のみ。
「証拠?」
クラスター博士は、何を今更といったように眉根を寄せた。
「君達はさっき見てきたんじゃないのかい?大破した校舎の一角を」
「見てきましたけど…え?いやだって、これはここにあるわけだし…」
あの爆発がこのデスペラードボムのせいなのだとしたら、これがこの場にあるということはおかしい。
爆弾が爆発するということは、爆弾も共に木端微塵に砕け散るのが普通なのだから。
「あぁそういうことか、そういえばその点に関してはまだ触れていなかったね」
クラスター博士はそう言うと、デスペラードボムを拾い上げて、また膝の上に乗せる。
そして、撫でながら彼女は口にした。
「こいつは、何度爆発してもなくならないのさ」