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私は驚きのあまり声が出ず、ただ目を丸くして、その女を下から上へ舐める様に見た。
医者や保険医が羽織っていそうな白衣、ところどころ寝癖のように跳ねた長い黒髪、そしてメガネ。
やや猫背で眠そうに目をトロンとさせているため、あまり賢そうな印象は抱けない。
彼女の素性が一目では判断できず、やはり私は声が出ない。
そんな私とは裏腹に、真希は慌てて弁解を試みていた。
「いやあの、別に私たち怪しい者じゃないですから!通ってる学校で爆発があったからって、ちょっとどんな状況なのか見たくて、興味本意で忍び込んだだけなんです!ねぇ、美鈴!?」
話をふられ、そこでやっと私は我に返った。
「そ、そうです!ちょっと校舎の様子見たら帰るつもりだったんで、も、もう帰りますから!」
爆弾(仮)を背に隠すようにして必死に弁解する。
不法侵入を誰かに見つかることより、この爆弾(仮)が人の目に映ることを危惧してのことだ。
そんな私たちの反応など何処吹く風、白衣の女はあくびをして、乱れた髪をわしわしとかいた。
「別に慌てなくてもいい。私も君たちと似たようなもんだからね」
手を小さく振って、大したことじゃないという風に言う。
私たちは互いに顔を見合わせ、沈黙。
「でも、ここだとちょっとアレだから、場所を変えようか」
女は警官達がうろつく辺りを指差し、肩を竦めた。そして、私たちに手招きしつつ踵を返す。
私たちは、彼女に対する怪しいという気持ちは一切拭い去れていない。
彼女は何者なのか、何の用があって声をかけてきたのか、その疑念で頭がいっぱいだった。
だがその前に、この爆弾(仮)から彼女を遠ざけたいという考えも頭にあった。
まだ自分達の中でも、爆弾(仮)のことについては分からないことだらけ。爆発が爆弾(仮)のせいでなかったとしても、あの空き教室にあったこれがどうしてこんなところにあるのか、謎はなくなるどころか、増える一方だ。他人にまだ爆弾(仮)の存在を知られたくない。
だから、私たちは取りあえず白衣の女について行くことにした。
しかし、立ち上がって一歩踏み出そうとしたとき、女は振り返って言った。
「あ、それも忘れず持ってきてほしい。ちょっと重いだろうけど頑張って」
彼女の人差し指は、私たちの後ろに鎮座する爆弾(仮)に向けられていた。
†
白衣の女に連れられ、というより、もと来た道を辿って、私たちは学校の外に出た。
どうやら女も、秘密の抜け道から敷地内に侵入したらしかった。
両手で爆弾(仮)を抱えるように持った私はひぃひぃと息を荒げる。
「ずっと持ってるとこれほんと重い…ちょっと真希変わってよ…」
「私今ぎっくり腰だから無理」
腰をトントンと叩いて顔をしかめる真希。
「それ抱えてる美鈴、なんか様になってるわよ」
「全然嬉しくないんだけど…」
言葉を交わしつつ白衣の女の後ろに続く。
それとは対照的に、女は無言で歩みを進めている。
「あの人、これのこと知ってるのかな?」
真希は前を行く女に聞こえないよう、小さな声で私に問うた。
「わからないけど…あの口振りじゃあ、多分知ってるんじゃない?」
私もひそひそと返す。
女に爆弾(仮)を持ってくるように言われた際、これを知っているのかと訊ねた私だったが、女は、それも含めて後で話すと言っただけでまだ何も教えてくれてはいない。
どうであれ、手がかりになりそうな手応えは多少なりともあった。
路上に出たところで、女が校門側とは反対方向に行こうとするのを見て、私は焦りを覚えた。
「あのっ、あっちに自転車置いたままなんですけどっ」
「すぐに戻ってくるから心配はいらんよ」
女は歩みをとめることも、振り返ることもなく答えた。
微塵の躊躇いも無いアッサリとした答えに、それ以上なにも返すことができず、私は小さく息を吐いた。
†
暫く歩いて、車30台ほどの駐車スペースが設けられた駐車場にやってきた。
月極め契約の駐車場で、大半のスペースに車が駐車されている。
その中に、一際目立つ大きめのバンがあった。女はそこに向かって歩いていく。
私はごくりと唾を飲み込んだ。
「えっとその…まさか私たちこのまま拉致られちゃったりとかしちゃったりして?」
あはははと苦笑いをしながら真希は女に問いかける。
私も同じことを考えていたので、黙って答えを待つ。
「しないよ。そんなことして何の得になるのやら」
アッサリと否定する白衣の女。
その言葉を信じていいのかどうなのか、私たちは不安を隠せない。
そんな私たちをよそに、女はバンのドアをスライドさせ、開く。
「別に何もしないから、とりあえず乗ってくれるかい?」
まるで家に招くように乗車を促す女。
私たちは互いに顔を見合わせ頷いた後、バンに乗り込んだ。
†
バンはワンボックスタイプで中は広かった。後部座席がやや後ろ側にスライドされていて、車内の空間は普通の乗用車に比べて間隔にかなりの余裕がある。
私たちは後部座席に腰を下ろした。爆弾(仮)も隣に置く。
やっとのことで重みから開放され、私は肩をぐるぐると回した。
女は車内のライトをつけたあと、助手席をを回転させて、私たちと向かい合う形で座った。
「さてっと…」
足を組んで女はリラックスモードになる。
「こんな場所で申し訳ない。これから話すことはあまり人の耳には入って欲しくないものでね」
「なんの話…でしょう?」
私は無意識に爆弾(仮)に手を添えて、恐る恐る訊ねる。
「そんなに急かすことはないよ、順を追って話そう。まずは私だが、あることを調べている研究員だ。わけあって本名は明かせないが、そうだな…クラスター博士とでも呼ぶといい」
「研究員…ですか…」
私は目を丸くする。白衣という出で立ちから、連想できないことはない職業ではあったが、彼女の雰囲気からはそういった賢さのオーラは微塵も感じられず、疑いを隠せない。研究者かぶれとか、職業の前に自称がつくとか、そういった感じのイメージが強かった。
真希は「クラスター博士て…」と苦笑いを抑えきれない様子だ。
「君達は?」
聞かれ、私たちは、あの高校に通う高校生であることと名前だけを簡潔に答えた。
「三条美鈴くんと、篠原真希くん…だね」
脳に刻み込むように、女、クラスター博士は反芻する。
「それでは三条美鈴くん、君は学校で私に何か聞いていたね?それから答えようか」
「これのことを知ってるんですかって言った、アレですか?」
確認すると、クラスター博士は頷いた。
「私はそれのことをよく知っているよ」
私たちは顔を見合わせる。
お互い、期待半分、不安や疑いその他もろもろが半分、といった心持ちである。
「これはいったい…何なのですか?」
私は恐る恐る訊ねる。
クラスター博士は少し間を置いてから答えた。
「私が極秘で開発した爆弾さ」
私たちは目を見開いた。言葉を失い、少し口を開けたまま固まってしまう。
言葉が返ってこないことは想定内だったのか、クラスター博士は続けて言った。
「名を、デスペラードボムという」