⑥
詳細は語らず、一方的に「学校に来い」とだけ言って真希からの電話は切れた。
突然のことでわけがわからず、電話をかけなおした私だが、真希は電話に出ることはなかった。
「なんなのよいったい…」
コメカミをかいて眉をひそめる。
真希の話はまったく要領が得なかったわけだが、ひどく慌てているということだけは分かった。
もしかしたら何かあったのかもしれないし、面倒だが無視するわけにはいかない。
時計を見てため息をついた後、私は念入りに髪を乾かし、寝巻きから普段着に着替えた。
†
季節は秋に入ったばかりでまだまだ暖かいとはいえ、風呂上りすぐに夜道に出ると湯冷めをしてしまう。
私は長袖Tシャツの上からパーカーを羽織り玄関へ向かった。
お母さんから「こんな夜に何処へ行くのか」と声がかかったが「ちょっと急用!」と口早に言って、答えを待つことなく外へ出た。
自転車に跨り、夜の住宅街を駆ける。自宅から学校まではそれほど距離は離れていない。だから自転車で行けば10分もあれば辿りつける。
学校が近づくにつれて、視界に入る人の数が増えてきていることに気付いた。最初の内の2、3人は気にもとめなかったが、7、8人と目にするにつれて、怪訝に思うようになった。
見かける人全員が私と同方向に、すなわち学校の方に向かっている。まるで火事の現場を見に行こうとする野次馬のように。
ふと学校がある方に目を向けると、その辺りがライトで照らされたように明るくなっているのが分かった。
本当に学校で何かあったのではないかと、不安になり始めた。
†
学校付近までくると、人の数は、人だかりと呼べるほどまでに増加していた。
進路が遮られ、校門前まで近づくことができない。
「これはいったい…?」
自転車から降りて呆然とその光景を目にしていると、人だかりの中から私を呼ぶ声が聞こえた。
目を声の方に向けると、真希が手をあげてピョンピョンと跳ねているのを見つけた。
真希は人だかりから抜け出してきて、私のもとへやってきた。
「ふぅ~疲れた」
「真希、何があったの?」
この状況、何事もないわけがない。何もないところに人だかりはできないのだ。
真希はお腹の辺りで腕をくみ、少し間を置いて答えた。
「校舎で爆発があったらしいわ」
「えっ…」
予想もしていなかった答えに、言葉を詰まらせた。
「まだ話に聞いただけなんだけどね…」
煙がもくもくとあがっていたり、悲鳴が聞こえたり、緊迫した状況が見て取れないことから、それほど大したことではないのだろうと私は思っていた。せいぜい小火程度のことだろう、と。
お母さんの「すごい音がした」と言っていたが、このことだったのか。
爆発があったというその事実は、一瞬で私の脳内にあるひとつの事柄とリンクした。
爆発と聞かされても、普段ならピンとこないだろうが、今日は違う。爆発との関連性が強い情報源が、私の頭の中にはあるのである。
「それってまさか、アレが?」
アレ、爆弾(仮)のことである。
「まだ確認できてないわ。ここからじゃ校舎はよく見えないし」
真希は校舎の方に目をやって肩を竦めた。
私たちの通うこの高校は、校門から校舎まである程度の距離がある造りになっており、校舎を拝もうと思えば少なくとも校門をくぐって少し行かねばならない。
どうやら校門は封鎖されていて、立ち入り禁止になっているようだった。
野次馬気質はあまりない私だが、今回の件は気になる。あの爆弾(仮)が関わっているのではないかと考えただけで気が気でない。
なんとか状況を見ることはできないかと、背伸びして校舎の方を眺める。
そんなとき、真希がひとつの提案をした。
「見に行ってみようか美鈴」
背伸びをやめて振り返り、私は目を丸くする。
「どうやって?」
聞くと、真希はにやりと笑って言った。
「知る人ぞ知る秘密の抜け道があるのよ」
†
真希に連れられ、私は学校の塀沿いを歩いていた。
角を曲がったところで塀はフェンスに変わり、今度はそのフェンス沿いに歩いていく。
次第に、誰も立ち入らないような、草木が立ち並ぶ場所に行き着いた。
そこで真希は立ち止まる。そして、そこの光景を目にして私はぎょっとなった。
「なんでこんなところに穴が…」
フェンスに、屈んで入れるくらいの穴が空いていた。
「ふっ…遅刻常習犯なら誰もが知る抜け道よ」
「胸張って言えることじゃないよね?」
どうだ参ったかとドヤ顔を浮かべる真希を、ジト目で見据える。
「今は細かいことはいいから、とっとと行きましょう美鈴」
†
秘密の抜け道から敷地内に進入した私たち。
木に身を隠しつつ、ひっそりと校舎に近づいていく。
校門から校舎まで、並木道が少し続いているわけで、私たちは今その並木の中を進んでいる。
校門の方を見やると、警察の人と思しき人影がいくつか見受けられた。
警察沙汰になっていることは間違いないようだった。
校舎がよく見える場所まで行き、手頃な木に身を隠し、しゃがみ込む。
校舎の近くには、パトカーや消防車が止まっていた。警察や消防隊員の数は視界に映るだけでも10人を超えていて、これ以上近づくことは不可能だった。
「美鈴、あそこだわ」
真希がひそひそ声で言い、校舎の上の方を指差した。
無言で、指差す方を見る。校舎はライトアップされていて、昼間と変わらぬほどによく見えた。
「っ!」
目にしたその光景に、私は息を飲んだ。
4階の廊下側の外壁の一部が大破していたのだ。
そこで爆発が起きたと言われたらすぐに納得できるような、酷い有り様だ。
幸い火の手はあがっていないようだ。
「あの場所、空き教室がある場所よね」
真希は言った。まさにその通りだった。
私は言葉を失い、ただただ大破して大穴が空いた4階のその部分を見据える。
「まさか本当にアレが?そんな馬鹿な、とは思いたいけど…」
真希がごくりと唾を飲み込んだのが見て取れた。
ただの物置と化した空き教室で爆発など、普通に考えて起こりえない。
ガラクタの中に爆発物が含まれていた可能性もほぼ0だ。
では何故あの場所で爆発が起きたか。それを考えたら、どうしてもあの爆弾(仮)が脳裏に浮かぶ。
今日1日、揉みくちゃにしたりして危険性はないと判断したふたりだが、得体の知れない物という点は最後まで拭い去れないままだった。
得体が知れない以上、何が起こるのかも分からない。つまり、アレが爆発しない可能性も、0とは言い切れないのだ。
もしアレが爆発したとしたら、私はとんでもないものを校内に持ち込んでしまったことになる。今になって、胸を締め付けられる思いに駆られる。
「なにもアレが爆発したと決まったわけじゃないじゃない。ここはとりあえず、爆発の原因がハッキリするのを待ちましょう」
真希がフォローしてくれたが、やはり不安は拭いきれず、力なく「うん」と呟くことしかできなかった。
しかし、4階から視線を下ろし、何気なく目を向けた先にそれを目にし、私はまた言葉を失った。
その場所は校舎の裏手にさしかかる場所、誰も立ち入らないであろうデッドスペース。
「真希、あれっ!」
隠れている身であることも忘れ、少し声を大きくして指を差す。
そこにはなんと、あの爆弾(仮)が鎮座していたのだ。
校舎に向けられたライトはその場所にはあまり届いておらず、不鮮明ではあったが、間違いなくそのフォルムは爆弾(仮)のものだった。
これには真希も驚いたようで、私たちは無言で目を見合わせた。
少し間を置いて、どちらからともなく頷いた。
警官や消防隊員の目がこちらに向いていないのを確認し、素早く校舎裏に移動する。
近くに行ったことで、それが間違いなく爆弾(仮)であることが確認できた。
「どうしてこれがここに?」
しゃがみこみ、爆弾(仮)に手を触れる。
相変わらずむにゅっと柔らかい。
「爆発の原因はこいつじゃなかった…ってこと?」
真希もしゃがみ、爆弾(仮)に手を触れる。
「実際、変わらない姿でこうやってここにあるわけだし、爆発とは無関係じゃない?」
私は安堵の息を漏らす。これで、校舎の一部を破壊する原因を作った張本人、という線が消えたのだから、当然である。
空き教室にあったこれが何でここにあるのか、といった疑問は二の次であった。
「じゃあ校舎の爆発はいったい…」
真希は顎に手をあて、眉を潜める。
私に対しては、爆弾(仮)が爆発したと決まったわけじゃないとフォローはしていたが、爆発の原因はどう考えてもこれだろうと、真希は思っていたようだ。
だから、こうやって変わらぬ姿で鎮座する爆弾(仮)を目にし、真希は驚きを隠せないようだ。
と、そんなとき。
「ちょっといいかね君たち」
何者かに声をかけられ、私たちは飛び上がるほどに驚き、同時に振り返った。
そこには、白衣を着た女が立っていた。