⑤
「ただいまー」
爆弾(仮)とどっこいどっこいの重さの米5Kgが入った袋を片手に提げ、自宅の玄関をくぐる。
リビングへ行くと、お母さんと鉢合った。
「おかえりなさい美鈴。ごめんなさいね、突然おつかい頼んじゃって」
米の袋を壁に寄り掛けるようにして置いてから、くいっと背筋を伸ばす。
「おつかい自体は別にいいんだけど、お米はちょっと辛いかも。私、女の子なのに」
「お米きらしてるの忘れてたのよ。買いに行こうにもどうしても手が離せなくて…何か飲む?」
聞かれてオレンジジュースと答えると、お母さんはすぐさま冷蔵庫から取り出してグラスに注ぎ、私に手渡してくれた。一気に3分の2くらいを飲み干し、小さく息を吐いた。
「手が離せないって、ドラマ見てただけでしょ?」
「そうよ。今いいところなんだもの、1分1秒も見逃せないの」
「あぁそう…」
主婦の楽しみというやつか、お母さんは昼と夕方に放送しているドラマに目が無い。
今は夕方に放送されているドラマをお気に召している様子で、最近はことあるごとに私におつかいを頼んでくる。昼の買い物で買い忘れたものがあると、大体そうなる。
今日は運が悪く、買い忘れたものが米だったわけだ。
おかげで手が痛い、やっぱり一度帰って自転車で行けばよかったと後悔した。
「でも今日はタイミング悪かったよ。持って帰りたい物があったのに」
せめてもの抵抗とばかりに、文句をたれる。
「持って帰りたい物?」
「うん、ちょっとね。まぁ大した物じゃないんだけど…」
言った後に、あの得体の知れない爆弾(仮)のことを打ち明けるのはどうかと思いなおし、言葉を濁した。
「そう、それは悪いことしちゃったわね。都合が悪いようだったら連絡してくれたらよかったのに」
お母さんはそれに対して追求することはなく、ただ申し訳なさそうに少し悲しい顔をした。
「ううん。別に大したアレじゃないから大丈夫」
「そう…?」
現時点では、大したものじゃない線が濃厚である。
よくわからないものを拾って、学校に置いてきた、ただそれだけのことなのだから。
「それじゃあ私、部屋に行ってるね」
爆弾(仮)のことが脳裏を過ぎったことで、そういえばパソコンで調べるつもりだったんだと思い出した。
残っていたオレンジジュースを飲み干し、踵を返す。
「夕飯できたら声かけるわね」
「うん」
軽く頷いて返し、2階の自室へ向かって行った。
†
あの後、パソコンであれこれ爆弾(仮)のことを調べたが、結局なんの手がかりも得ることはできなかった。爆弾で検索しても兵器としての爆弾ばかりがヒットし、ぬいぐるみを付け加えても、あからさまなぬいぐるみしかヒットしなかった。
ちっともすっきりしないまま時間が経ち、夕飯を済ませ、今はバスタイムである。
口元くらいまで湯船に浸かって、凝りもせず考える。考えても考えても爆弾(仮)の正体は分からない。
さすがにネットで調べたら何らかの情報は得られるだろうと思っていた。
しかし結果はごらんの有様、収穫0であった。
ここまで何の情報も得られないと、実は爆弾(仮)はとんでもないものなんじゃないか、という気さえしてくる。
(何者かが秘密裏に開発した破壊兵器…とか?)
ぶっ飛んだ考えに行き着いて、思わず苦笑する。漫画の読みすぎである。
そんなものが通学路に落ちてるなんて、どれだけ危ない世の中なのだ。
私はパシャパシャとお湯を顔にかけ、首を振った。
(もういちいち考えるの止めよう…)
考えても答えは出ない、調べても答えは出ない。
つまり、今、自分のできる範囲では答えは導き出せないということだ。
ならば難しく考えないで、答えに繋がる何かがやってくるのを待つのが正しい判断だ。
そう自分に言い聞かせ、私は湯船の中で立ち上がった。
†
風呂上りの余韻に浸りながらリビングに行くと、少し慌てた様子のお母さんがいた。
私の存在に気付き、お母さんはハッとした表情を見せた。
「美鈴、さっき外ですごい音がしなかった?」
「え?」
思ってもいない問いかけに首を傾げる。
「すごい音ってどんな?お風呂入ってる間は気付かなかったけど…」
「遠いところでだと思うの。トラックとトラックがぶつかったような、そんな感じ、まぁその辺はちょっと自信ないわ」
「ふぅん…」
実際に自分の耳で聞いたわけではないので、なんともいえない。
どこかで事故でもあったのだろうかと、そんな漠然とした疑問しか浮かばない。
「大事じゃなければいいんだけど…」
頬に手を当てため息をつくお母さん。
「大事だったらニュースで流れるんじゃない?」
「そうね、しばらくテレビの前から動かないようにするわ」
そう言ってお母さんはテレビがある方の部屋へ向かって行った。
私はそれほど気にせず、肩を竦め、自室へ向かった。
階段を上っていると、聞きなれた音楽が聞こえてきた。瞬時に、それが携帯の着信音だと気付く。
やや小走りで階段を上りきり、自室のドアを開くと、思ったとおり携帯がベッドの上でけたたましく着信音を鳴らしていた。
携帯のディスプレイを見ると、篠原真希の名が表示されていた。
「こんな時間に?」
時刻はPM10時である。深夜というわけではないが、ただ電話をするだけとしては遅い時間だ。
通話ボタンを押し、受話部を耳に当てた。
もしもしと口にする間もなく、受話部からは捲くし立てるように声が聞こえてきた。
「美鈴!えらいこっちゃだわ!急いで学校に来て!!」