②
私はぜぇぜぇと息を切らしながらふらふらと校門をくぐる。
必死に抱きかかえているのはご存知、爆弾(仮)だ。
5kg強という重さは私にとって許容範囲ではあるものの、持ち続けるとなると辛い重さであり、現在疲労困憊、もう腕がパンパンであった。
周りにいる生徒の視線を感じながら、校舎に入る。
(なにやってんだろ私…)
持ってきてしまったことを後悔しながら、私は上履きに履き替えた。
私は1年生。教室は4階なので、階段を登る。
爆弾(仮)を抱えての階段の登りは、いつもの何倍も辛かった。
4階まで辿りつき、教室へ向かおうとして、思い直す。
(こんなの持って教室に入ったら変に思われちゃうかも…)
この物体の正体が何であれ、爆弾の形をした何かを持って教室に入ろうものなら、注目の的になることは免れないだろう。
ここまで来るまで何人かに目撃されているが、そのほとんどが驚きの眼で私を見ていた、気がする。
私は教室のある方向とは反対側に向かった。
(空き教室って鍵かかってなかったよね…)
半分物置と化している空き教室の前で立ち止まり、私は爆弾(仮)を脇に抱え直し、ドアの取っ手を掴んだ。
予想通り鍵はかかっておらず、ドアはすんなりと横にスライドした。
基本的に生徒が立ち寄る場所ではないため、ここならこの爆弾(仮)を保管しておけるだろう。
「ちょっとここで待っててね」
そっと呟き、教卓の下にそっと爆弾(仮)を置いた。
そして、空き教室を出て自教室に向かった。
†
1年3組の教室に入り、私は窓際の自分の席に着いた。
机に頬杖をついてため息をつく。
(なんであんなもの持ってきちゃったんだろう…)
咄嗟にとった行動とはいえ、後先考えなさすぎた。
あんなもの持ってきてこれからどうするのだ。
また帰るときアレを持って帰るのか。持って帰ってどうするのだ。
どれもこれも無計画だった。
私は視線を上にやって眉をしかめた。
とそのとき、私のもとにひとりの女子生徒がやってきた。
「おはよう美鈴。どしたの?浮かない顔して」
私は頬杖を解き、椅子の背にもたれかかった。
「あぁ、おはよう真希」
彼女の名は篠原真希(shinohara maki)、私のクラスメートであり、友人だ。いつも元気なスポーツ大好きっ娘である。
文系の私とは正反対な性格だ。
「もしかして宿題やってくるの忘れた?あっちゃー残念、見せてあげたいけど今日は無理だわ。何故なら私もやってないから!あっはっはっ!」
ひとりで勝手に絶好調の真希。
私はそんな真希の様子を見てふぅと一息。
「忘れるわけないでしょ。もし忘れても真希に助けはもとめない、だっていつもやってないもの」
「あーこりゃ手厳しい!」
真希はぺちんと自分の額を叩く。
いつもの他愛も無いやりとりである。
(あ…)
私はふと思い至った。
(あの物体、私ひとりで悩んでも何も分かりはしないわ。友達だもの、旅は道連れよ)
「真希」
「んあ?」
きょとんとする真希。
私は立ち上がって彼女の手を掴む。
「ちょっとついて来て」
「えぇっ?ちょっと美鈴!」
何のことか知るよしもない真希に構わず、私は真希の手を引いて教室を後にした。
†
真希を連れ、再び空き教室にやってきた。
無言で教卓の方に歩み寄る。
「美鈴、いきなりどうしたのさ?こんなところに連れてきて」
「ドア閉めて、ちょっとこっち来て」
真希の問いにすぐ答えず、私は教卓の前で手招きをする。
怪訝な表情を浮かべながらも、真希は言われた通りにドアを閉め、私のもとに歩み寄ってきた。
私は真希の肩に手を添え、真剣な眼で彼女の目を見据える。
「な、なに?」
何故か頬を紅潮させる真希。
「も、もしかしてそっち系の話?駄目だよ美鈴、私、百合には興味ないからさ…」
とんでもない勘違いをしているようだが私はそれを正さない。それどころではないのだ。
私は無言で、真希とともに腰を下ろした。そして、教卓の下から例のブツを取り出して見せた。
「…これ、なんだと思う?」
恐る恐るといった感じで訊ねると、今までアワアワしていた真希の表情は一変した。
文字通り「ぎょっ」と言う顔になった。
「ば、ばば、爆弾!?」
その物体の形を見て、真っ先にヒットしたであろうワードを叫ぶ真希。
これを見てまず最初に爆弾だと思わない人の方が珍しいだろう。
「いやいやいや何持ってきてんのさ美鈴!こんなところであんたと心中なんてゴメンよ!そんなことなら百合の方が100倍マシだわ!」
立ち上がろうとする真希を制し、私は人差し指を自らの手にあてがって「しーっ!」と口にした。
「別に死ぬつもりなんてないって。ただこれが何なのか聞きたかっただけだから」
「何なのかって…どっからどう見ても爆弾にしか見えないだけど…」
ごもっともだと私は思った。しかし、それであぁやっぱり爆弾だったのかと納得するわけがない。
「真希、常識的に考えて、こんなところに爆弾があると思う?」
「え?いや、それは…」
私も心の中で「道端に爆弾が落ちているわけがない」と自分に言い聞かせていた。
「触ってみてよ真希」
「はぁ!?嫌よそんなの!何かの間違いでボンッってなったらどうすんのよ!」
首をぶんぶん振って却下の意を表する真希。
「大丈夫だって、私もさっき散々触ったし。触ったらびっくりするから、絶対」
「べ…別にびっくりしたくないんだけど…」
私は大丈夫だと証明するように、爆弾(仮)をぺしぺしと叩いてみせた。相変わらずの弾力だった。
その行為にいちいち身を震わせる真希。当然といえば当然である。
躊躇っていた真希だが、私の視線に負けたのか、おずおずと手を伸ばす。
「爆発したら天国でボコボコにしてやるわ…」
そうこう言っている間に、真希の人差し指が爆弾(仮)に触れる。
むにゅ。
私の時と同様、人差し指は爆弾(仮)にめり込んだ。
「柔らかっ!」
これまた私と同様の反応を示す真希。
「うっわぁ何これ、くせになりそう…」
一気に警戒心が解けたのか、真希は撫でたり突いたり揉んだりを繰り返した。
まったく同じことを先ほど体感した私は、無意識にうんうんと頷いた。
暫く自由に触らせた後、再び訊ねた。
「それで真希、これ、なんだと思う?」
「…え?」
我に返った真希。当初の疑問なんて既に霧散していた様子である。
ぐにぐにと揉みしだきながら「う~ん」と考える。
「ぬいぐるみ…的な?」
これまた私も思い至った回答であった。
「やっぱり真希もそう思うよね…」
「思うよねって…なんなのこれ?この感触、どう考えても爆弾じゃないわよね?」
私もつられて爆弾(仮)を揉みしだく。
「私も分からないの。だから真希に聞いてみたのよ」
「分からないって…」
私はそこで、爆弾(仮)を見つけてここまで運ぶまでの経緯を簡単に話した。
「え、これ道に落ちてたの?」
「そう、道のど真ん中に。最初ボールかと思ったんだけど、近づいてみたらどっからどう見ても爆弾でさ…」
真希は揉むのを止め、少しだけ持ち上げてみせた。
「なにこれ、想像以上に重いわね…!」
「うん、ここまで運ぶの相当苦労した…」
今でも腕が張っているのが体感的に分かる。
「なんでこんなものいちいち持ってきたのよ…」
持ち上げるのをやめ、再び床におろし、真希はため息をついた。
「いや、自分でもよく分からないんだけど、なんか誰にも取られちゃいけない気がして…」
「誰が取るってのよこんなの。いや…部屋に1個欲しいかもしれないわね…」
真希はすっかり柔らかさの虜になってしまったようである。
私と真希は顎に手をあて、爆弾(仮)を見詰めながら「う~ん」と唸る。
と、そのとき、ホームルーム開始5分前を告げるチャイムが鳴り響いた。
「取りあえず戻りましょう美鈴。これのことはまた後で考えるってことで」
「うん、そうだね…」
得体の知れない爆弾もどきのために遅刻するわけにはいかない。
私は頷き、爆弾(仮)を教卓の下に戻した。
「ここでじっとしててね…」
爆弾(仮)にそう声をかけ、私は真希とともに空き教室を後にした。