⑤
デスペラードボム改めボム子の事を考えていたら、気付けば外は茜色に染まっていた。
ボム子は座布団の上に鎮座したままピクリとも動いていない。
こちらが何も行動を起こさなければほんとただの置き物のようである。
しかし、何もせずじっとしたままというのはそれはそれで結構疲れてしまう。
私は上体を起こし、ベッドの上に座り込んだ。
足音が聞こえ、ドアがノックされたのはそれとほぼ同時だった。
応答すると、ドアが開かれお母さんが顔を出した。
「美鈴、ちょっと用事頼める?」
時間的に内容の予想はついていたが、私は少しだけ首を傾げてみせた。
「おつかいお願いしたいんだけど」
予想通りであった。
きっとまたドラマがいいところだから手が離せないのだろう。
暇だったし、別に文句はないので私はひとこと返事で了承する。
「ごめんね、お砂糖が足りなくなりそうなの。これからお客さんがくることになってるから、出かけるわけにはいかなくて」
今回はドラマではなかったようである。別にどっちでもいいけども。
「お砂糖だけでいいの?」
聞くと、お母さんは頷き、がま口の財布を私に手渡した。
そして、別にお菓子とか買ってもいいわよと言い残してから、一階に下りていった。
私は手を上げぐっと伸びをする。長い間寝転がっていたからか、肩がコキッと音を鳴らした。
そこであっと気付いてその体勢のまま固まってしまう。
さっきまで散々ボム子のことを考えていたのに、少しの間存在を忘れてしまっていた。
おつかいなんて日常茶飯事だから何も考えずに了承してしまったが、今は状況が違うのだった。
今はボム子という厄介者をかかえているのである。
こいつは長時間ひとりにしておくと爆発してしまうのだ。
「買い物に行って来るくらいなら大丈夫よね…」
ひとりにしてすぐに爆発はしないはずである。
昨日の爆発は放置後およそ6時間後。スーパーに行って帰って来るのにそんな時間はかかるまい。
連れて行けば問題ないわけだが、人目に晒すにはまだ心の準備ができていない。
大丈夫と自分に言い聞かせ、私は頷いた。
「ちょっと出かけてくるね」
言葉が理解できるとは思ってはいないが、私はボム子にそう伝え、ベッドから立ち上がった。
†
自転車を走らせ、いきつけのスーパーにやってきた。
何度も自分に大丈夫大丈夫と言い聞かせながらの道中だったからか、いつもより近く感じた。
頭の中がボム子だらけだったので、私は頭をぶんぶん振って霧散させる。
こんなに爆弾のことばっかり考えてる女子高生は世界に私だけだきっと。
気を取り直して、砂糖が陳列されている場所へと歩みを進める。
すると途中で、私のよく知る人物を見つけた。
ボム子の存在を知るひとりであり、私の友人である、篠原真希だ。
「真希」
近くに寄り、呼ぶと、彼女は直ぐに反応してこちらを向いた。
「やや、奇遇ね、美鈴もシュークリーム買いにきたの?」
「なんでシュークリーム?」
「この売り場に来たということはそれ以外考えられないと私は推理する」
「真希を見かけたからこっち来ただけだよ」
「なんだそうなの、買わないんだ」
「いや、買うけどね」
そんなやり取りの末、私はホイップとカスタードの2種のクリームが入ったシュークリームを手に取った。
「それより真希、今朝、電話すぐ切ったでしょ、大変だったのに」
「ん?なんのこっちゃ?」
真希はマロンクリームの入った期間限定シュークリームを手に取ってから、首を傾げた。
「すぐに出たかと思えば、すぐ切っちゃったじゃない、あと10分だとか30分だとか言って」
「ん?あぁ、あぁあぁ、あれか、今思い出したわ」
本当に今思い出したらしく、真希は何度もあぁあぁ言って頷いた。
寝起きが悪いとは知ってはいたが、これほどまでとは。
別に根に持ってるわけではないので、ため息ひとつで済ませる。
「で、朝から何かあったの?もしかして例のアレがボンッてなったとか」
「いや、さすがにボンってなってはないんだけど、朝起きたらボム子が…」
そこまで言ったところで、真希が「ボム子?」と遮ってきた。
その反応を見て、うっかり口にしてしまったことを後悔した。
真希は当然、私がデスペラードボムに名前をつけたことを知らないのだ。
真希は私が答えるより先にぷふっと笑った。
「ボム子て、あんたアレに名前つけたの?」
「いいじゃないの別に」
ちょっと恥ずかしくなって、頬が熱をもつのを感じた。
「名前付けるのはいいけどさ、でもボム子て…」
「う、うるさいなぁ…真っ先に思いついちゃったんだからいいのよそれで」
変に捻りの聞いた名前より、ボム子の方が分かりやすくていい。
ネーミングセンスがどうとかあまり考えてはいけない。
「まぁいいわ、で?そのボム子がどうかしたの?」
「うん、それがね…」
私は今朝のことを真希に話して聞かせた。




