第8話
相も変わらず目に見える限り草原が続いている。
昨日俺は新たな人生をスタートさせた。しかも、なんとここはゲームや小説の世界観と似ているらしい。ファンタジーなのだ。
ワクワクするに決まってる。
今日は草原をさっさと抜けて山か川を見つけ、ある程度実力が付いたら街には入って、あるのかどうかは分からないけど冒険者ギルドに行って冒険者となろうという呑気に大雑把な計画を立てていた、昨日の俺をぶん殴ってやりたい。
「どんだけ草原続いてんだよっ!」
そうなのだ。昨日から歩き続けているのに景色が一向に変化しない。迷路にでも迷い込んだんじゃないか?と思うほど草原の果てが見えない。究極の迷路とは何もない場所のことを指すのかもしれない。
まだ、俺の今日という日を始めてから余り時間は経っていないだろう。いや、違うか?分からない。景色が変わらないと時間感覚が狂ってくる。空を見上げると、日のような光があるが、地球の空と同じ、日の登り方、沈み方なのかどうかも分からないため、日を基準としたおおまかな時間計測はできない。
せめて、会話しながら歩けたらこの辛さも少しは紛れるのだろうが、話し相手がいない。正確にはいると言えばいるのだが、それはゴブリンとスライムだ。俺が何か話しかけると応えてはくれる。話している内容もなんとなく頭では理解できる。だけど、言葉としては何を言っているのかさっぱり分からない。ゴブリン達は「グゴ」とか「ゴブ」とか何でそんなに濁点付いてるの?位しか思うことがない。
スライムに関しては何も喋らない。というか口が無い。俺の指示通りには動いてくれても、応えを返してはくれないから意思の疎通ができない。
これらのことから俺は会話をしているという実感を得られないのだ。
「うん、考えるだけ辛くなってくる。やめよう。まぁ、でもこれからちゃんと話しができる生物が孵るかもしれないし、こうご期待だな!
それに、俺の手には、正確にはゴブリンエリートの手にはだけど、なんと、Aランクの卵があります!何が孵るか楽しみだ!」
そう言いつつ俺は後ろを振り返る。
左からゴブリンジェネラル、ゴブリンエリート、ゴブリンアーチャー、ゴブリンソルジャーと横一列に並んで俺の後ろを歩いている。スライムは今日歩きはじめてから今までずっとゴブリンジェネラルの頭上に乗っかっている。どうやらスライムはゴブリンジェネラルの頭上が気に入ったようだ。
卵に関してはゴブリンエリートに持たせている。万が一戦闘があった時に戦闘手段があるものの手が塞がっているとかなり戦力が落ちる。その点ゴブリンエリートは戦闘系スキルを持っていないので丁度良いのだ。
俺が後ろを向きながら歩くことを不思議に思ったのか、ゴブリン達も一斉に後ろに視線を向けるため、体ごと振り返るが、見えるのは大きく広がる草原だけだ。何もないことを確認し、体の向きを元に戻す。俺が後ろを向いている理由が自分達にあると気づいたようだ。ゴブリン達は自分達に指示が出ると思ったのか、足を止め俺の言葉を待つようにこちらを見つめてくる。
「あー、すまない。特に何もないぞ、卵がいつ孵るか気になったから振り向いただけなんだ」
そう言うとゴブリン達は、なるほどという風に頷き、卵の方に目を向ける。
そこには A と黒い字で記されている白い卵がゴブリンエリートの手の上に鎮座しているだけだ。
よく見ると、卵の殻に少しヒビが入り、もうすぐ卵から孵ることが分かる
「ーーーって、ヒビが入ってる!もうすぐ産まれるんじゃないか!?」
「「「「ゴブ!」」」」
いや、「本当だ!」じゃねぇよ!
他のゴブリンは仕方ないけど、ゴブリンエリート!お前は気づけよっ!
というか、あれから3時間経ったのか。結構歩いたんじゃないか?周りは相変わらず草と花しかないけどな!
ーーーピキピキッ
いや、草原とか今はどうでも良くはないけど良いんだ!取り敢えず今は卵!もう、ほぼ卵の殻が割れてるからな。…おい!落とすなよ!落とすなよ!って、ちょっと待て!何まじで落とそうとしてんだよっ!そういうフリじゃねぇよ!
って、この一連の流れがフリって良く分かったな。いやこれはフリじゃないけど、さすがゴブリンエリート。エリートってつくだけはある。
ーーーピキッ…パカーーーシュゥン
おお!!割れた!魔法陣が、って、デカッ!!!魔法陣でかっ!これ20m位あるんじゃないか?!
ーーースン
次の瞬間、魔法陣は強い光を放った。
俺はすぐに腕で目を隠して目を瞑った。
まあ、この光はもう慣れた。6回目だしな。
薄目を開けて、光が消えたのを確認してから腕をどけ目を開いた。
目の前にあのどデカイ魔法陣がない。どうやら光と共に消えたようだ。
俺の目の先にいたゴブリンジェネラル以外のゴブリン達は光が来ることを予測できていたのだろう、目をしっかり開けているが、ゴブリンジェネラルは始めてこの光を見るため予測できなかったのだろう、手で目を強く抑えて「グガーーグガーー! (目がー!目がーーっ!)」と辛そうに叫んでいる。
…うん、君は分かってるね!
「あれ?魔法陣が消えたのはいいけど、中身は?生物は?いないよ?!」
魔法陣があった俺とゴブリン達の間には何もいない。
「まさか、透明生物なのか?それとも地中生物とか?」
そう思い、魔法陣のあった場所を注視するが、気配も息も動きも感じられない。
あれ?ここって、こんな黒かったっけ?普通に緑色だったよな…草だし
「おーい、お前達。ここって緑しかなかったよな?って、聞いてるか?おーい」
ゴブリン達に確認をとるため呼びかけるが、返事をしない。それどころか目を見開き、空を見上げている。
「おい!どうした?そんなボケっとして、少し面白いじゃねぇか! 空に何かあるのか?」
俺はゴブリン達が見ている空に目を向ける。
ん?なんだ、あれは?
上空に何かあるのはぼんやりとわかるが、空の光のせいで目をしっかり開けないため、姿が分からない。
俺は両手で光を遮るようにして、空を再度見上げる。
そこには、全長10m以上は確実にあるだろう。大きな二翼を広げ羽ばたき、凶暴そうな口からはさらに恐ろしい牙、目はギラつき、足は大木のようにゴツゴツとしている。そして、圧倒的な存在感。こいつは…
「…リ◯レ◯アじゃねぇかァーーーーッ!!!!」
『ギャオォォオッッ!!! (私はワイバーンと申します。これからよろしくお願いします!!!)』
空気が震える。
えっ?ご丁寧にどうも
そう思いながら俺の意識は暗闇に沈んでいった。