運命の日~帰還、そして晩飯~
──矢先。
ごいんっ。
「おっごっ!?」
そんな効果音と共に頭頂に走る鈍痛。感覚的にどこかの角で打ったらしい。
と、気付けばそこは俺達の愛の巣。そのリビングに俺は一人スタークレイドル、もといローリングクレイドルをかましていた。痛みで軽く涙腺が緩んだ眼で俺の頭が先程あったであろう位置を伺うと、そこにはスライドドアの枠。あそこに頭ぶつけたらそりゃ痛いわな。
「ちょっ、大丈夫薫っ!?」
そんな夫の状態に気付き、美咲が側に屈み込んでこちらを心配げな表情で見つめてくる。大丈夫だ、嫁よ。俺の頭は親方の拳骨より硬いんだ。
「あぁ……いっつ……! すまん、大丈夫だ」
「ほ、ほんとに? 湿布貼らなくて平気?」
「まぁな。このくらいならアイスノンでも当ててればすぐに良くなるよ」
そもそも頭に湿布を直貼りしようとしたら坊主になっちまうよ。見たくないだろ……そんなの?
「なら良かった……。じゃあ、急いでコンビニに行って晩御飯買ってくるね! リクエストある?」
「んー、あったらでいいんだが、『ベーコンとポテトのチーズ焼き』で。無かったら何でもいいよ」
「ん? 今、『何でも』って言ったね?」
いや俺、ホモ嫌いなんだよね。
「えへへっ、冗談冗談っ。じゃあ行ってきまーす!」
そう言って、美咲は学生鞄から財布を取り出してコンビニに走って行った。
「んじゃ、夫は夫で準備をしますか」
他に誰もいないリビングで呟きながら、ダイニングに箸とコップを並べていく。ちなみにコップは二匹のウサギがマフラーで繋がっているデザイン。所謂恋人用だ。
他にも棚には色々なカップが並べられており、親が軍人のお嬢様が幼少時代に銃の的にして撃ち抜いていそうな高級カップや透明感が堪らないグラスやなめらかなフォルムの取っ手のカップとか、その他諸々。母の所には確か、アンゴラウサギを容れたら茶碗飯にしか見えない巨大カップもあった気が。
別にカップ収集癖があるのではなく、心ぴょんぴょんしそうな人気アニメに出てきたから購入しただけである。ほんとだぞ?
と、そんなこんなしている内に準備は終わったので、スマホに目を落とす。時刻は9時過ぎ。壁掛け時計と同じなので、時刻が間違っては無さそうだ。
神様のやつは言ってなかったが、どうやらこっちとラグナノヴァは時の運行が同じらしい。
「あ、そう言えば今日はアレだったな」
ふと、今日は金曜で9時からテレビで映画ロードショーがあったことを思い出した。
急いでリモコンを探し当てテレビの電源を入れると、開始時刻を過ぎているはずなのに冒頭部分が流れていた。新聞のテレビ欄を確認すると、どうやら7時からの野球中継が少し伸びたかららしい。今回ばかりは感謝するぞ野球中継。
「おっ、やっと始まるか」
ようやく冒頭部分が過ぎ去ったのでソファーに座ると、鶏を模した形の飛行船が夜空を飛行している様がテレビに映し出された。
やっぱこれいいよね。余裕の映画だ、人気が違う。
「ただいまーっ」
その時、いいタイミングで美咲が帰ってきた。映画はこの場合夫婦で見るものだ。
「おー、美咲。映画始まってるぞ、こっちゃこいこい」
「あっ、そうだった忘れてたっ!! 今どの辺り!?」
「まだ初めの部分だな。今出撃したとこ」
右の方でドタバタと喧しい音が聴こえたかと思うと、目の前に箸と件のベーコンとポテトのチーズ焼きが。どうやらまだ残っていたらしい。
ポリ袋をほっぽり出すと、美咲は俺の右隣に座り込んで親子丼を広げ始めた。しまった、親子丼も良かったな。機会があったら一緒に作ってもらおう。
「それじゃあ──」
「ああ──」
「「──いただきます」」
こうして、映画鑑賞しながらの晩餐がスタートする。
しかし、映画鑑賞しながら晩飯を食うのは何だか新鮮だ。
普通の日ならば晩飯は7時~8時くらいに食べ始めるのだが、こんな時間に食べることなど殆ど無く、加えて美咲と一緒に食べるのは人生初の体験。こんなに嬉しい事はない……! 気分はまるで映画館のようだ。
映画館にしては食ってるものが合わなさすぎるが。
「はい、薫っ──あーん」
そう言われ、スプーンに掬われた親子丼が目の前に差し出される。
「あー──んっ……。ほむほむ……うん、美味い」
「じゃあ、今度は薫があーんして?」
差し出された親子丼を飲み込むと、今度は美咲が目を閉じて口を開いて待機。
──これはもうやるしかないだろ。
口移しをっ!!
箸で適当なポテトを掴んで口にくわえると、そのまま美咲の口にシュゥゥゥーッ!
「──むぐっ!? んーんーっ!」
こちらで程よく解してから、美咲の口にゆっくりと押し込む。
「んっ……かおぅ……おっき……はいらな……んぅ……」
どうやら美咲の口には大きかったようなので、舌を突っ込んで更に解して小さくする。
「はぅ……んっ…………むぅ……ぁう……!」
最後にゆっくりと、少しずつ飲み込ませる。
「んっ……んく…………んく……んく…」
最後と言ったな? あれは嘘だ。
「んんっ!? んぁっ……んん……むぅ……んんーっ!」
そしてようやく互いの唇が、糸を引いて離れる。
この間僅かに30秒。
当の美咲は頬を真っ赤に染め上げてご満悦の様子。
「はふぅ……。もう、薫ってば大胆すぎっ」
「もちろんです──夫ですから」
俺がそう言うと、数秒と経たずに二人の間に笑いが溢れる。
守りたい、この笑顔。
そして再びテレビに向き合うと、肩を寄り添わせて、映画鑑賞を再開するのだった。
10/23 御指摘を受け、一部訂正しました。




