運命の日~手紙、そして落下~
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──突然のお手紙申し訳ございません。
私は風の便りで貴殿方ご夫婦の事を耳にしました者です。
どうやら幸せな毎日を送っておられるご様子──。
私はそんな幸せな方々、はたまた世界の底辺でさらにドン底な思いを抱いている方々に、このような手紙をお送りしています。
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「こいつこの世のニートに喧嘩売ってんのか」
「いや、きっと世間から見放されたり虐めを受けたりしながら毎日を過ごしている人達の事だと……」
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では、本題に入りましょうか。
私はそんな方々──今回は貴殿方に、一つ提案をしたいと思います。
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──なんだろう。この手紙、明らかに普通じゃない。
書かれている言葉が、こう、頭の中で勝手に幼げな少女の声で自動再生される。まるで手紙を通じてテレパシーを受信しているようだ。
『『一体この手紙はなんなんだ』』
俺達が同時にそう考えた瞬間、手紙に書かれている文字を見て息を飲んだ。
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──現実世界での生活と両立しながら、異世界で冒険者をやってみませんか?
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「薫……これって」
「ああ、間違いない……」
確信に満ちた表情で、俺は叫ぶ。
「新手の悪徳商法かっ!?」
「違うでしょ!!」
ぺしん、と美咲に頭を叩かれる。
すいません、オタク脳で初めに思い付いた事が現実には有り得なさそうだったので、他に確率のある連れ込みタイプの大掛かりな悪徳商法かと思ったんです。すいません。
「これって、よくある異世界トリップの誘いだよ!」
「いや、でも考えてみろ。これは現実だ。アニメや漫画や、ましてや小説の世界でもない。そんなことが実際にあると思うか?」
確かに、美咲の言うことは一概に間違ってるとは言えない。現にアニメや漫画や小説の主人公達は、ありとあらゆる手段で異世界にトリップしている。届いたメールを開いてネットチェスで勝ったり、ゲームしてたら吸い込まれたり、事故にあったり、病気になって死んだり、本当に多種多様だ。
だが、逆にそんなことが起きない事もあるわけだ。
この手紙の差出人の言う異世界が、俺達の想像するような世界という確証は何処にもない。もしかしたら想像以上に天国なのかもしれないし、逆に即死級のイベントが常時起こる鬼畜で地獄な世界という可能性もある。
それ故に、迂闊に手出しは出来ない。
が、俺は今の自分の状態を美咲に指摘される。
「じゃあなんでそんなに嬉しそうなかおなのかなー?」
「すんません、ほんとはむっちゃくちゃ嬉しいです。遂に俺達にもこの時が来たのだと……っ!!」
先程までの思考はポッドに詰め込んで彗星に投げ飛ばし、溢れる喜びを抑えきれずに美咲の胸に飛び込む。
迂闊に手出しは出来ない? 知らんな。
差出人の言う異世界が(ry? 寝言言ってんじゃねぇよ。
夢にまで見た異世界トリップ! ならばなってやろうではないか、その冒険者とやらを!
「ね、ねぇ……薫……! その……感じちゃうから……出来れば"谷間"から顔を離してくれるとありがたいかな……って……」
「へ──のわっ!? すまん美咲っ!」
胸に飛び込んだついでに美咲の弱点に鼻先を埋めていたのにようやく気付き、俺は即座に美咲から離れた。
美咲は胸を触っても全然平気なのだが、"胸の谷間"は乙女の部分に次いで感じてしまう部分らしい。 但し、学校でやったように自分から押し付けた場合は特に問題は無いとのこと。一体どうゆう体質なのだ美咲は。
というか何だかんだで手紙の事を忘れかけていたので、続きに目を通す。
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この提案に承諾してくださるのでしたら、異世界トリップに必要なデバイスと前金10000000円をそちらに贈ります。
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えっとごめんなさいね、ちょっと0の数を数えさせてくださいね……。
一、十、百、千…………。
い、一千万……だと!?
「も、もちろん承諾するよね……? 薫……?」
「いや、貰う貰わない以前に承諾はするが……」
どすん。
俺が「承諾する」の一言を発した瞬間、テーブルの上に諭吉の束が十個ほど現れた。
「「ほんとにきたぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」
いや、ほんとにこんな札束どこから現れた? さっきまで机の上には手紙を包装していた便箋が乗っていただけで他には何もなかったはず。それなのに"これ"は現れたっ!
これは本当に異世界に行くのを覚悟した方がいいのか……!?
「うげ……ほんとに一束100枚あるし」
焼き付け刃で身に付けた手付きで札束を数え終えると、そう呟く。
「でもこんなに貰っても異世界で使えるかどうか分かんないよね?」
「忘れたのか美咲。差出人が提案したのは、『現実世界での生活と両立しながらの冒険者』。つまり、何らかの要因で異世界とこっちを"往き来できる"ってこった」
「じゃあ、これはこっちで使えば良いってこと?」
「まぁそうだろうが、異世界もこっちと貨幣価値や通貨が同じかも知れんから200万くらい持っておこう」
「りょーかいっ」
びしっ、と敬礼すると美咲は自分のスカートのポケットに札束を二つ突っ込む。
──さて、これであと気になることは。
「で、異世界へのチケット代わりのデバイスはどこだ?」
「そこら辺に落ちてるとか? ちょっと探してみようよ」
そう言って片手をテーブルに突いたままテーブルの下を覗き込む美咲。
と、俺はしゃがんで露になった美咲の手首に視線が吸い寄せられる。
「ん、美咲。なんだその腕輪?」
「え、腕輪?」
起き上がった美咲は、俺に言われて自身の左手首に視線を落とす。
そこには──
──メカメカしい銀色の腕輪が。
「ちょっと待て……この流れだと……」
突如右手首に違和感を感じ、恐る恐る制服の裾をたくし上げる。
結果、俺の手首にも同様の腕輪が。
「こ、こんな腕輪私知らないよ!? いつから付いたのこれ!?」
「多分、一千万の諭吉達が現れたのと同時だろ。手紙には『一千万とデバイスを贈る』って書いてあったからな」
そして再び手紙に目を落とす。
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──一千万とデバイスは受けとりましたか? これから貴殿方に行って貰う異世界は、そちらと通貨と貨幣価値が同じなのでできる限り持っていかれるのが懸命です。
──では、異世界への行き方をお教えします。
まずは、腕輪が付いている腕同士で手を繋いでください。
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「えっと、こうか?」
手紙を持って説明に目を通しながら、俺達は立ち上がって手を繋ぐ。絶対に離れないように、しっかりと、指を絡ませる。
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──では、叫んでください!
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「「回廊接続……?」」
刹那、"それ"は起きた。
「うおぉぉぉっ!? なんだぁっ!?」
突如二人の腕輪が目映い光が放たれたかと思うと、そこから幾重ものオーラのような物が溢れ出てきたのだ。
それは瞬く間に二人を包み込み、その視界を白一色に塗り潰していく。
やがて視界が白一色になった瞬間。
──二人は果てしない白い空間に落ちていった。
「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!??」」