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 「姫、おはよう」


 幸福だけど気怠い朝。愛する人からの額への口付けで、私は目を覚ます。


 「お、おはよう………ございます、アスワド様………」

 「まだ眠いか。すまん。昨夜は無理をさせ過ぎたか」

 寝惚けていた私の頭が、王子の一言でくっきりと焦点を結べるようになり、途端に羞恥心が蘇ってきた。シーツを手繰り寄せ、裸身を隠す。そんな私を見て、

 「クッ」

 アスワド王子は吹き出した。


 声を出して笑うとこ、初めて見た………!


 アスワド様って笑うと陰が消えて、なんだか幼くなるんだわ。すごい発見。

 こういうの、惚れ直す、っていうのかなぁ。


 ぽわんと夫を眺める私を愛おしむ様に見つめながら、アスワド王子は私の頭を撫で、髪を梳く。そのまま額、瞼、頬と口付けてきて、唇に辿り着こうとする気配を感じ、慌てて私は制止の言葉を口にした。

 「ふ、服が着られませんから、向こうを向いててもらえませんか」

 「ちぇ」

 拗ねたように手を離す王子。離れ際に、もう一度私を見て、初めて気づいたように言う。

 「姫、頭。寝癖が酷いぞ」

 それは貴方が掻き回すからです!



 「………そろそろ機嫌を直せ」

 「知りません」

 朝食の間中、私は無口だった。アスワド王子は私をちらりちらり見ながら咀嚼していたが、食後の紅茶が出てきた段階で、諦めたように懇願してきた。


 「もう、政務の時間だ。喧嘩したまま行きたくない。頼む、ロザヴィー」


 え。


 「今、名前………」

 驚いて思わず確認してしまった。

 「ああ」

 コホン。ひとつ咳払いをして、アスワド王子は私を見た。

 無表情ではあるけれど、最近の私にはだいぶ王子の感情が読み取れるようになってきてるのだ。今、彼の瞳には、紛れもなく照れが浮かんでいる。

 「その………呼ばれるのは、嫌か………?」

 「嫌な訳、ないです!」

 嬉しい。

 あっけなく懐柔されてしまった。でも、そんなの悔しい。だから、条件を付けることにした。

 「今朝の事は水に流しますから、一つお願いを聞いて下さいますか」

 ん?と、アスワド王子は続きを促す。

 「パイオン王に、一緒に逢いに行って下さい」



          ***



 「私に頼みがあるとな?ロザヴィー姫よ」

 王への謁見が叶ったのは、数日経ってからだった。

 二人の王子が手伝っているとはいえ王の責務は多忙を極め、義理の娘との面会が、右から左に叶えられるはずもない。それ自体は予想していた事だ。むしろアスワド王子が付き添ってくれていなければ、更にもう何日か待たされていたかもしれない。


 「はい。今回私は輿入れと共に、故郷アルハイムの植物の苗を幾つか携えて参りました。それをラインバルドに植樹するご許可を頂ければ、と願う次第です」

 「ほう。しかし、南国アルハイムの植物が、気候の違う我がラインバルドでそうそう芽吹くとも思えぬが」

 「………寒さに耐えうるよう、特別に品種改良した種でございますれば」

 「ほほう」

 パイオン王の灰白色の瞳が、一瞬、鋭さを増したような気がした。


 「………いいだろう。許可を与えよう」

 「有難うございます!」

 私はほっとしてお礼を言った。

 「城内の何処でも良い。好きな場所に植えればよい。――勿論、アスワドが付き添うのであろうな?」

 「は」

 伏せ目で返答するアスワド王子。


 その、一度も王と目を合わせようとしない彼の態度が、少し気になった。

 親子の会話にしては素っ気ないよね。そういえば、結婚式の時も王が一方的に話していたみたいだけど。男親と息子なんてこんなもの?


 「何処でもとは言ったが、姫よ。立ち入り禁止の場所もあるから、注意してくれ。アスワドに必ず同行してもらうようにな。私も楽しみにしているぞ。姫なら難なく、南国の木々を根付かせる事が出来るのではないかな」


 王の言葉に、アスワド王子の拳がきゅっと握り込まれた、ような気がした。



           ***



 王の許可が貰えたので、私達は早速城内を見て回った。植樹に最適な場所を探す為だ。アルハイムから持参した苗は根を保護してあるとはいえ、一刻でも早く地植えにしてあげたかった。

 アスワド王子は、政務の隙間を縫って連日私に付き合ってくれた。

 ああでもない、こうでもない、と悩んでから植えていく私を、辛抱強く待ってくれる。

 やはり優しい人だ。

 

 「駄目だロザヴィー、そっちは立ち入り禁止だ」

 北の塔とその周辺には足を踏み入れるな、と、王子は忠告した。

 「植木の手入れもされていない。怪我でもしては困るだろう」

 確かに。雑草も伸び放題で荒れているし、北側なので日当たりも悪い。寂しい感じの一角だわ。植樹には向かないかな。


 「ところで、姫が植えようとしている苗、品種改良した種だというのは本当か」

 「いえ、王には言えなかったけど、違うんです。これらは、アルハイムのものと全く同一の種。本来ならば、ラインバルドの様な北国で根付くはずもありません。でも、私が手伝えば……」

 「<みどりのゆび>か」

 そう言って、アスワド王子は少し考え込んだ。それから、ゆっくりと言葉を続けた。



 「―――王は、知っているのかもしれない」


 

 え?

 何を?


 きょとんとする私を見て、アスワド王子は躊躇いながら私に手招きをした。

 近寄る。

 内緒話の距離になった。

 王子は声を潜めて話を続けた。

 「考えてみれば、元々おかしかった。どちらの王子でも良いから結婚を、なんて条件。最初から、貴女を手に入れることだけが王の狙いだったのかも」

 「………でも、何故?」


 嫌な予感がする。

 私は、不意に日が陰ったかのような錯覚に襲われた。


 「貴女の<ちから>だ。<みどりのゆび>。植物の生育を助けるという、その能力。それは、我がラインバルドにしてみれば、喉から手が出るほど切望される能力だ」

 くらい瞳をして、王子は私を見つめた。

 「我が領土は確かに、他に類を見ない程の広大さだ。だが北方な為、肥沃な土地ではない。穀物の実りは些細なものだ。駿馬が生産できる故の軍事大国だ。石高さえ増量すれば、さらに強靭な国家になれる――王なら、そう考えるかも」


 そんな。

 そんな事、考えもしなかった。

 蒼白になる私を、アスワド王子はぎゅっと抱きしめる。

 「案ずるな。渡さない、誰にも。貴女は、俺が護る」

 力強い言葉。温かい抱擁。

 その言葉は疑う余地もない。王子の心からの誓いだ。


 でも、気付いてる?

 微かに、貴方の手は、震えている。

 貴方の瞳には、怯えの色がある。



 「俺から奪う者は、誰であろうと、許さない。………今度こそ、護ってみせるとも」



 私は、自らを取り巻く陰謀より、何かに囚われているアスワド王子のその呟きにこそ、不安を掻き立てられた。

 それは、まるで………そう、傷ついた獣が威嚇している姿のように感じられた。

 

 

 

小話集を読んで頂いた方にはお分かりかと思いますが………


アスワド王子、頑張りました。

やれば出来る子。

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