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 ヴァイス王子の温室は、庭園からは死角になる、中庭の南の一角にあった。一面ガラス張りの多角形の建物。入口の扉には繊細な意匠が彫り込まれている。

 内部に入ると、格段に暖かい。咽るほどの芳醇な香りが満ちていた。


 「まあ!素敵………!!」

 感嘆の声を禁じ得ない。

 薔薇。百合。君子蘭。美しく華やかな花々を飛び廻る蝶。奥には薄桃色の果実もたわわに実っている。

 私は、先導を許してくれたヴァイス王子を、笑顔で振り返った。ラインバルドに来てから久し振りに感じる、生命力に満ち満ちた植物に囲まれる喜びが溢れてくる。

 「素晴らしいですわ、ヴァイス様!ここまでのものにされるのは、さぞ大変だった事でしょうね!」

 すると、何故かヴァイス王子は自分の鼻をパッと手で押さえた。

 「………かっ、可愛………」

 え?

 赤い顔の王子。温室の高温でのぼせたのかしら?

 「ヴァイス様?………ええと、大丈夫ですか?」 

 「―――ええ。すみません。不意打ちだったもので……。大丈夫です、出ていません………」

 意味のよく分からない言い訳をして、ヴァイス王子は温室の天井部分を仰ぎ見た。

 「――ああ、温室でしたね。そう、ここまで三年掛かりました」



 「ロザヴィー姫をお迎えするのに、ラインバルドには花が足りませんでしたからね」



 ん?

 私は、王子の言葉に違和感を覚える。

 私の為にこの温室を作ったかのようなお言葉だったけど………あれ?婚約が決まったのって、二年前よね?


 疑問が顔に出ていたのだろう、ヴァイス王子は私に向かって柔らかく微笑んだ。

 「私が初めてロザヴィー姫をお見掛けしたのは、三年前の春です。ご存じではなかったでしょうが」

 しなやかな手が伸びてきて、私の巻き毛を一筋掬い、口付ける。

 「一目惚れでした」

 甘やかな瞳。その近さに息が止まる。王子の告白は続いた。

 「その時からずっと想ってきました。ロザヴィー姫が私の初恋です」



 「ロザヴィー姫を、他の誰にも譲りたくはないのです。そんな事には耐えられそうもない。私の元に来て下さい。どうか、私を選んで下さい」



 ヴァイス王子の真剣さは疑うべくもない。吐露された熱情。ひた向きな想い。

 甘い香りに襲われて、気が遠くなりそうになる。

 温室に蔓延する花々の香りの所為か。ヴァイス王子の言葉の甘い蜜の所為か。

 私は室内を舞う蝶と化したかのように不意に足元を頼りなく感じ、ヴァイス王子の腕に縋り付いていた。

 

 

           ***



 私がラインバルド国に来て、明日で約束の2週間になる。

 パイオン王には、今夜の舞踏会で配偶者を選ぶように求められた。事実上の最後通牒。

 今日が、私の運命の日だ。


 侍女達は朝から張り切っている。私は、いつもより時間を掛けて入浴し、侍女総出で丁寧に磨き上げられた。金髪の巻き毛は入念に梳られて、アップに結い上げられ、少しだけ大人っぽい化粧。薄桃色のドレスと真珠のネックレス、お揃いのイヤリング。髪を飾るティアラには、アルハイム王家のエメラルドがあしらわれている。


 「お綺麗ですわ、姫様」

 乳母と侍女達が声を揃えて褒めてくれた。めっきり涙脆くなった乳母が、ハンカチを目に当てる。鼻が赤い。

 「あの幼かった姫様が、来年にはお輿入れされるんですね。美しく清らかに成長されて」

 「ばあやったら、まだ先の話よ」

 泣き出した乳母を宥めながら、私の心はまだ悩んでいた。

 どちらの王子を選べばよいのか。

 私が愛するのは、白の王子なのか、黒の王子なのか………。

 私には、まだ決められなかった。



           ***



 「ロザヴィー姫」

 舞踏会場の大広間。扉の前に待っていたのは、ヴァイス王子だった。

 彼の衣装は、白。随所にアクセントとして、金が使われている。癖のない白金の髪は後ろに撫でつけられ、美しい形の額が露わになっている。ヴァイス王子は流れるような動きで近寄ると、私の手を取り、優しく口付けた。凛々しい琥珀の眼差しで熱く見つめてくる。

 「今日のロザヴィー姫は、薔薇の花弁に滴った朝露のようですね。愛しい姫。どうか私の望みを叶えて下さい。選択の時、私の手を取って下さることを望んでやみません」


 王子に伴われて、大広間の扉を潜ると、華やかな衣装に包まれた大勢の貴族達が待っていた。「なんとお美しい」「お二人が並ばれると、一枚の絵画の様な」「お似合いですわ」取り巻かれ、口々に褒め称えられる。

 「ロザヴィー姫、ではまた後で」

 ヴァイス王子は苦笑しながら、侍従に呼ばれて去って行く。流れる音楽の中で、美辞麗句を重ねる貴族達に内心は辟易しながら微笑んでいると、カーテンの向こうから、手を引かれた。深紅のドレープから現れた人は、


 「アスワド様」

 今日のアスワド王子は、光沢のある黒の衣装を着こなしている。長めの前髪は片側に流され、普段は隠されている黒曜石の瞳が、詳らかにされていた。窓ガラスとカーテンに挟まれた狭い空間に二人きり。王子は、私から一瞬たりとも視線を逸らさず、耳元に唇を寄せた。


 「貴女をヴァイスに渡したくない」

 低音の囁き。驚いて顔を上げると、そこには、いつもの無表情さをかなぐり捨てた王子がいた。切ない色を浮かべ、必死さが伝わってくる。

 「義姉など………嫌だ。頼むから、俺を選んでくれ」

 刹那、耳朶に熱い唇が触れたかと思うと、次の瞬間にはアスワド王子はカーテンを翻して立ち去って行った。


 「姫様、こちらでしたか」

 リュイが見つけてくれなければ、私はそのまま立ち尽くしていたかもしれない。

 二人の王子からの求愛に、私の心は張り裂けそうだった。

 騎士の正装をしたリュイにエスコートされて、私は大広間の中央に震える足で戻った。

 どうしよう。どうしたら。



 音楽が一際盛り上がり、パイオン王が、フェセク王妃と共に姿を見せた。

 「皆の者、よく集まってくれた。今日はめでたい日。ラインバルドとアルハイムの婚姻が決まるのだ」

 王の言葉が、大広間に響き渡った。顔を伏せる私にはパイオン王の表情は窺えないが、頭の天辺に痛いほどの視線を感じる。王は、今、何を考えているのだろうか。自国の将来を左右するかもしれない決断を他国の姫に一任するその真意は、私のような小娘には到底読み取れない。

 王の合図で、舞踊のための楽曲が始まる。

 「姫、お手を」

 私の前に二人の王子が並び立ち、それぞれが私に片手を差し出した。最初のダンスの相手、それがそのまま私の運命の相手となる。居並ぶ貴族たちが、固唾を飲んで見守っているのが分かる。

 私の心は、嵐の海に投げ出された小舟の様だ。

 ゆらりゆらり。揺れる心。どう選択すればよいのか分からない。でも決めなくては。

 白の王子か。

 黒の王子か。



 私は、目の前の、唯一人となる運命の相手の手を取った―――。

ここでプロローグは終わりです。

続きは、「白の章」、または「黒の章」になります。


「黒の章」を選ばれる場合はこのまま『次の話』へ、

「白の章」を選ばれる場合は、お手数ですが下記から一旦『目次』へ戻られて、「白の章」①話へ進まれてください。


もうしばらく、お付き合い頂けると嬉しいです。



※本編に入れられなかった甘い小話を、投稿してあります。もし良かったらそちらも、ご覧下さい。

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