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 朝、小鳥の囀りで私は目を覚ます。

 紅茶の香りがして、侍女のキャメルが入室してくる。北の国ならではの重厚なカーテンを開ける音と共に、窓越しに柔らかな朝の光が寝室に差し込んだ。


 「まあ姫様、またですよ」

 キャメルが窓を開け、外枠に置かれたものをそっと摘み取る。モーニングティーを味わう私に手渡されたのは、一輪の野の花だった。

 「これで何日目でしょう。一体どなた様からの贈り物ですかね~?」

 「―――可愛い花だわ」

 キャメルのからかいなど素知らぬ顔で、私は、可憐な香りを楽しんだ。



           ***



 思い返すのは、先日の庭園での事。アスワド王子の告白だ。

 王子は、私の事を仲間だと言った。


 「では、アスワド様も、私と同じ<ちから>を………?」

 「いや、俺のは貴女とは違って、もっと禍々しいものだ。だが、別種のものとはいえ、常ならぬ<ちから>を持った者に、俺は初めて会った……!」

 それは私も同様だった。

 故国アルハイムでも家族、乳母、幼馴染のリュイだけは私の<ちから>を知っている。私のこの能力は<みどりのゆび>と名付けられ、偶々私に授けられた福音であると教えられてきた。<ちから>を持つという事実は秘匿すべきものではあるが、所持しているからといって驕るものではなく、ましていたずらに恐れるものでもないと。

 そのような<ちから>の持ち主が、今この時、私以外にいようとは。私は出会いの確率に奇蹟を感じた。


 渾身の力で縋り付くかのような、アスワド王子の熱い抱擁。その温度に私は酔ってしまいそうだった。

 彼の孤独を思う。自分に近付くと傷つく、だから近寄るなと言った。彼には私のように温かい理解者はいなかったのだろうか。自分の<ちから>を禍々しいと蔑んでしまう彼には、望んで得た訳ではないその能力とは関係なく、ただ抱きしめてくれる人はいなかったのだろうか。


 「あの……ごめんなさい………痛いです………」

 我慢していたけれど、これ以上は無理かも。強すぎる拘束で肺が潰れていくかのよう。限界を感じて、私はそう囁いた。

 「!――――済まない!!」

 慌てて抱擁を解き、火が付いたかのように飛び退るアスワド王子。

 あ、顔赤い。無表情が崩れた。

 珍しい光景をぼんやりと眺める私に向かって、アスワド王子はその後数刻謝り続けたのだった。



 その、翌朝からだ。私の窓辺に毎朝可憐な花が置かれるようになったのは。



           ***



 昼食の席で、私は、ヴァイス王子にお願いをした。いつか、薔薇の温室に連れて行って頂けないかと。

 「構いませんよ」

 ヴァイス王子は、琥珀の瞳を細めて、快諾してくれた。

 「アルハイム国には到底及びませんが、薔薇や百合以外に、果樹も植わっているのです。今日のデザートのこの果物も、ロザヴィー姫の為に実ったもの。お口に合えばよろしいのですが」

 私は驚いて、桃色の果実を口に運んだ。

 「美味しい!」

 アルハイムで採れる、私の好きな果物の味に似ている。

 私の反応は、ヴァイス王子の花のかんばせを綻ばせた。

 「良かった。これは、アルハイムの果物の亜種になるのです」

 

 「アスワド様も召し上がってみてください!」

 久方振りの味が嬉しくて、私は黙々と食事をこなすアスワド王子にも皿を勧めた。

 「え、ロザヴィー姫、アスワドは甘味は食べな……」

 「――甘いな」

 果肉を咀嚼して、アスワド王子が淡々とコメントする。私の動きを制止しようとしたヴァイス王子は、驚いた様子で、口を噤んだ。

 「……貴女はこういう味が好きなのか」

 「はい!アルハイムは果物の名産地でもあるんですよ」

 「そうか。―――貴女には、似合いの味だ」

 そう言って、アスワド王子は席を立った。自分でも、普段より喋り過ぎた事に困惑しているようだった。アスワド王子が立ち去った後、私はヴァイス王子に果実のお礼を言ったのだけれど、王子からは生返事が返ってきた。

 いつも完璧な紳士でいらっしゃるのに、珍しい。何か考え込んでらしたのかしら………?



           ***



 「アスワド様!」

 回廊の曲がり角に黒衣の王子を見掛け、私は声を掛けて駆け寄った。

 「――貴女か」

 王子は立ち止まって待っていてくれた。相も変らぬ無表情、でも雰囲気は以前のものとは段違いに柔らかい。

 伴をしていたキャメルが、気を利かせて柱の陰まで下がった。キャメル曰く、侍女が近くに居るとアスワド王子の無口度が飛躍的に増すらしい。ここ最近の話だけど(前は侍女のいるいないに関わらず無口一辺倒だった)。侍女が声の届かない範囲まで離れたのを見て取ると、アスワド王子が「どうした?」と目で聞いてくる。


 「今朝もお花、有難うございました」

 「…………」

 「アスワド様でしょう?毎朝窓辺に贈り物をしてくださってるのは」

 「―――取るに足りない、名も無き花だ。俺にはヴァイスのように貴女好みの花を育てることなど出来ない………」

 「いえ、温室の花も、野の花も、私には同じ喜びです。名前の無い花などありません」

 私は、真摯な気持ちでそう言った。


 「でも、謝罪のつもりで置かれているのなら、もういいのですよ。私、怒ってなどおりません」

 「………?」

 「先日の事、悪いと思ってらっしゃるのでしょう?アスワド様に乱暴に抱かれて、痛かったですけど、私」

 「!ちょっと待て……!」

 私の言葉は、焦ったアスワド様に遮られた。両肩を掴まれる。

 え?何?

 「――――その物言いはどうかと思う。ご、誤解を招く。俺は決してその様な不埒な心根では」

 明後日の方角を見て、もごもごと不明瞭な言葉を呟くアスワド様。

 何だろう。私、何か間違えた?

 えーと、アスワド様に訊いてはいけない雰囲気みたいだし、後でこっそりキャメルにでも訊こうかな………?



 「―――その、俺は、謝罪のつもりで置いていた訳ではない」

 暫く逡巡したあげく、アスワド王子は躊躇いがちに、そう切り出した。

 「ただ、貴女が喜ぶ顔が見たかっただけだ。二枚舌の、都合のいい男だと思われるかもしれないが………以前の発言は撤回する。俺は、貴女の事が………知りたい」

 「都合がいいだなんて、そんな。私の方こそ、アスワド様の事をもっと知りたいと思っています。だって私達、仲間、なのでしょう………?」

 私の言葉に、強張っていたアスワド王子の指から、スッと力が抜けていった。


 「仲間―――そうだったな」  

 アスワド王子の黒曜石の瞳が、私を映していた。そこにはどこか切望の色が見える。



 「―――願ってもいいだろうか。貴女に、ずっと傍にいて欲しいと」

 「勿論です」

 私は、アスワド王子の気持ちが嬉しくて、笑みを零した。無表情で分かりにくいけれど、王子の瞳は微かに喜色を浮かべたように感じられた。

 「来年には、私はアスワド様の家族になっています。妻か、義理の姉か、どちらかはまだ分かりませんけど………。いずれにせよ、お傍に居りますわ」


 「………………」

 アスワド王子の表情が止まった。私の肩に置かれた手が、力無く外れ、彼自身の腿を打つ。


 「―――義姉?―――」


 王子は、喉の奥から無理矢理押し出すように、その言葉を発した。

 なんだか一気に顔色が悪くなられたような………?

 「アスワド様、どこか具合でも……?」

 そう尋ねかけた時、廊下の向こうから、「ロザヴィー姫!」と呼ぶ、ヴァイス王子の声が響いた。カツカツと靴音がして、本人が姿を現す。廊下に佇む私達を見て、ヴァイス王子は足を速めて近寄った。


 「ロザヴィー姫、お探ししておりました。―――おや珍しいなアスワド、姫とお話しされていたのか。すまぬ。邪魔してしまったか?」

 「………いや」

 低い声でそう言うと、ヴァイス王子に私の隣を明け渡すように、アスワド王子は一歩身を引いた。その態度が気にはなったものの、礼儀上、私はヴァイス王子の言葉の続きを促した。

 「ヴァイス様、申し訳ありませんわ。私を探しておられたと?」 

 「ああ、温室をご案内すると約束しておりましたでしょう。急ぎの案件が終わりましたので、宜しければこれから、ご一緒に参りませんか?」

 にこやかに微笑みを浮かべ、白金の髪の王子は私に向けて手を差し出す。

 具合の悪そうなアスワド王子が気にかかっていた私は、その手を取るのを躊躇う。黒髪の王子の方をちらりと見ると、彼は、無表情を取り戻していた。

 「では俺は失礼する」

 黒衣を翻し、迷いのない足取りで立ち去っていくアスワド王子。私とヴァイス王子は、無言でそれを見送った。



 「―――よろしかったのですか?ロザヴィー姫」

 静かな声で尋ねるヴァイス王子。

 「ええ………」

 内心では躊躇いながら、私はそう答えた。微笑みを浮かべて、王子を見上げる。温室に行けるのは、純粋に楽しみだった。

 「では、参りましょうか」

 今度こそ私は、ヴァイス王子の手を取った。 

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