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「聞くところによると、どうもヴァイス王子は強いらしいです」
騎士リュイがにこにこしながらそう言った。
場所はラインバルド城内に与えられた私の自室。リュイは、故国から同行してくれた私の護衛騎士団、副団長だ。私の侍女達の間では、生真面目な騎士団長より人気がある。アルハイム人の特徴である金髪碧眼、爽やかな笑顔の19歳、独身貴族(いや本当に貴族で独身)。私とはもう長い付き合いで、気心も知れた仲。
定期連絡に来るリュイとお茶を飲みながら他愛もない会話を楽しむのが、ここラインバルドに来てからの、私の大切な息抜きの一つになった。
「見掛け通りの優男かと思いきや、剣を握らせれば、武骨なラインバルド騎士団の中でも1、2を争うほどの腕前だそうで。執政も難なくこなす頭脳派らしいですよ」
「それでリュイは、ヴァイス様と手合せしたくてウズウズしているんでしょう」
私は肩を竦めて、クッキーをつまんだ。
ん、美味しい。クラッシュナッツが入ってるの、大好き。
「分かりますか?姫。では幼馴染の誼で、是非ヴァイス王子に紹介して下さいよ」
苦笑するリュイに、私はわざと顔を顰めて見せた。
「駄目よ。何のために来ていると思っているの?リュイの剣技を磨きに来たんじゃないのよ」
「………姫の伴侶に相応しい人物かどうか、見極めたいんですよ」
「またそんな冗談言って。それに、万が一リュイがヴァイス様に怪我でもさせたら国際問題じゃない。絶対駄目」
「生憎、私はそれほど脆弱では無いつもりですよ、ロザヴィー姫」
聞き覚えのあるテノールに驚いてドアを見ると、ヴァイス王子が笑顔で立っていた。片手に持った花束の向こうに、恐縮した様子の侍女が見える。
「失礼。逸る心が抑えられず、侍女より先に入室してしまいました。ロザヴィー姫、一刻も早くお逢いしたかった」
「ヴァイス様……」
先刻の軽口を聞かれたのだと悟って、私は困惑してリュイと顔を見合わせた。
「あの、どうぞお掛けになって。今お茶を用意させますわ」
「それは有難いですね。是非、お仲間に加えてください。―――ところで、そちらの騎士はどなたですか?」
気を悪くした風でもなく、いつもの優しい微笑みを浮かべるヴァイス王子。
良かった。広い御心を持つ王子で。私はそっと胸を撫で下ろすと、リュイを紹介した。
「私の騎士団の副団長です。幼馴染でもあります。ね、リュイ」
リュイは緊張した面持で自らも名乗り、会釈した。ヴァイス王子も名乗り返す。
私を挟んで、3人でお茶会になった。
「ロザヴィー姫に呼び捨てにされるとは、本当に仲がよろしいのですね。羨ましい限りです。会話も、王族の姫と一貴族とは思えない親密さでしたね。私には望むべくもありませんが、これが幼馴染というものなのでしょうか」
「ええ、リュイとは、私が産まれた時からの付き合いなんです」
あら………?なんだか、リュイの顔、強張ってる?貴族には珍しく、初対面の相手でもすぐ打ち解けられる特技を持つ、リュイらしくない。
「ところでロザヴィー姫、今日はこれを受け取って下さい」
捧げられた花は百合だった。
「まあ、綺麗……。でも、先日、薔薇を戴いたばかりですのに」
「花が途切れる事でロザヴィー姫の悲しむ顔は見たくありませんからね」
そう言うと、ヴァイス王子は室内の花瓶に活けられた薔薇に目を向け、訝しげに呟く。
「おや……あれから数日経つというのに、薔薇の瑞々しさが衰えてないようですが……」
王子に戴いた薔薇は、摘み立ての美しさも香りも、初日そのままだ。私も薔薇を見て微笑む。
「当然です。姫が御心を掛けていますからね」
リュイはそう言うと、強めの語尾で付け加えた。
「まあ、付き合いの長い者でないと分からないでしょうが」
「………そうですか………」
ヴァイス王子は、薔薇の精もかくや、という笑顔でリュイと見つめあっていた。
えーと、気のせいかなあ、私だけなんだか話に付いていけてないような気がする………。
この二人、実は気が合うのかしら……?
「白の王子なのに、笑顔が黒い………」
私の背後で侍女のキャメルが引き攣っていたが、私には聞こえなかった。
***
夕刻。部屋へ戻る途中の渡り廊下で、いきなりアスワド王子に腕を掴まれた。
「アスワド様?……っ、何を」
「付いてこい」
端的に言われ、王子の手で口を塞がれて、説明もなく庭園の方へ引き摺られる。助けを求めようにも、王子が柱の影を縫うように歩くので、誰にも見咎められなかった。タイミング悪く侍女が誰も私の近くに居ない時だったのだ。いえ、そこを見計らっての行動なのかもしれない、と思った。
そういえば今日も今日とて恒例の、お食事の時間。
相変わらず会話が弾んでいたのは私とヴァイス王子の間だけだったけれど、今にして思えば時折アスワド王子の視線を感じていた様な気もする。気になって振り向いて見ても一回も目が合わなかったから、嫌だ私ったら自意識過剰?なんて反省していたものだった。
なんだろう。何か、内密の話―――でもあるのかしら。
先日庭園で拒絶されて以来、私はアスワド王子と会話することを諦めていた。
王子から話す事があるのなら、こんな事されなくても聞くのに。
でも苦しい。王子の手大きいから、鼻まで塞がれちゃってる。
私が涙目でかぶりを振ると、アスワド王子はハッとしたようだった。
「すまない………だが、声をあげないでくれ」
覆いを外され、漸く自由になる呼吸。
生理的な涙で潤んだ目と荒い呼吸の私を見て、アスワド王子は複雑な顔をした。
「聞きたい事がある……こちらへ」
辿り着いたのは、先日の場所だった。
「貴女が隠れていたのは、この木だった。そうだな?」
「ええと、位置的に見て、そうだと思いますけれど……」
それが何か?
「この木は、先日まで、立ち枯れていたのだ」
アスワド王子は、木の幹に触れつつ、その枝葉を仰ぎ見る。
「それがどうだ、新芽が出てきている」
そう言って、王子は、はらりと懸かる前髪の向こうで目を眇め、私をつぶさに見た。
「貴女が、何か、したのか………?」
漆黒の髪に黒衣を纏う王子の姿形は、夕闇に紛れ込み始めていた。その中でただ一箇所、黒曜石の瞳だけが強く私を射抜く。
その瞳は。
あやふやな物を見極めたいのか。それとも何かを信じたいと望んでいるのか。
希望と恐れ、その狭間で揺れ動いて、闇夜の星のように煌めいていた。
「私には、植物を助ける<ちから>があるのです……」
気が付くと私は、真実を告白していた。不用意に他国に漏らしてはいけないと戒められていた、自身の秘密を。
「―――なんと―――!」
激しい驚きに打たれたのだろう、王子は顔面蒼白になった。
それはそうだ。
常ならぬ<ちから>を持つ者達。大陸に存在すると謂われ伝説になってはいるが、現実の存在に出会うことなど滅多に無いのだから。
分かってはいたものの、王子の反応、その思ってもいなかった激しさに私は唇を噛んだ。
やはり、受け入れがたい事実だったのだろうか……。
「それでは貴女は、俺の仲間だ………!!」
驚きに口も利けない私を、渾身の力で、アスワド王子は抱き寄せた。
※ヴァイス王子とリュイの会話シーン※
(主人公視点)見つめ合ってた → (実際)睨み合ってた
× ○
ロザヴィー、ちょっと天然です・・・。