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 「姫様、聞いて下さい~」

 侍女のキャメルが、弾んだ声でそう言った。

 「ラインバルドの王子様達、それぞれ『白の王子』『黒の王子』って呼ばれてるそうなんですよ~!凄くないですか!?」

 この子はアルハイムから附いて来てくれた、私専用の侍女の一人だ。私と年も近く、主従ではあるけれど、仲良しの友達みたいな関係。しっかり者で明るく、少々はねっかえりな所がある。

 キャメルは昨日到着したばかりだというのに、監視役の乳母の目を盗んで、早速ラインバルド城内を探索してきたようだ。城付きのメイド達から話を聞いてきたとのこと。


 「二つ名をお持ちとは、さすがイケメン王子ズ。テンプレですね!

 アスワド王子が『黒の王子』ってまんまですよね、黒髪黒目ですものね。

 ヴァイス王子の『白の王子』も納得。粉砂糖から出来てるのか?ってくらい、甘々ですもんね~。昨夜の訪問、堪能させていただきましたよ~」

 「……キャメル、それ、白金の髪とか色白な処からきてるんだと思うわよ……」

 うん、この子、悪い子じゃないんだけどね……。

 なんでだろう、時々、言ってる事がよく解らないのよね、私……。


 「姫様だって満更でもないんじゃないですか?ヴァイス王子、イケメンな上にとぉ~っても優しそうで情熱的な方でしたよね!」


 う……。

 昨日のヴァイス王子の言動を思い出すと、私の顔はひとりでに赤くなってしまう。

 あんな風に『私を選んでください』……って言われても……。



 「片方だけしか知らずに、選ぶことなんて出来ないわ………」

 私は小さくひとりごちた。



           ***



 昼食と夕食の時間は、私と二人の王子が必ず同席するように、とパイオン王から告げられた。2週間という短い期限でお互いによく知り合うために、必要な措置という訳だ。

 とはいえ王子達はそれぞれ執務を抱えている。忙しい時間の合間を縫っての逢瀬だった。

 美貌の王子二人に挟まれての食事。最初は私も緊張してしまった。

 しかしヴァイス王子は変わらず微笑み、優しく話し掛けてくれる。彼のお蔭で場が和み、なんとか食事が喉を通るようになった。

 片やアスワド王子といえば、黙々と食事をし、終わるとすぐに執務に戻っていってしまう。会話をしようと水を向けても、返事はおざなりで、私のほうを見ようともしない。


 「……アスワド様は、どう思われますか?」

 「俺の考えなど、聞いてどうする」 

 「私は、アスワド様の事を知りたいのです」

 「俺は、貴女に興味無い」

 けんもほろろに切り捨てて、歩み去るアスワド王子。

 前途多難だった。



           ***



 お昼過ぎ、穏やかな晴天に誘われて、私はキャメルをお供に城内の庭園の散策に出た。

 アルハイム城のそれとは異なり、針葉樹、落葉樹を中心に設えられた庭園。完璧に計算され尽くした配置ではあるが、故郷と比べたら幾分余所余所しい印象があるのは否めない。

 (どこかに温室があるはずよね……)

 自室に飾られた薔薇の花を思う。美しい姿と芳香で私を癒してくれる花。そして、それに籠められたヴァイス王子の真心を。

 反射的に、アスワド王子の顔が脳裏に浮かんだ。あの、取りつく島もない態度。冷たい言葉も。

 (私、嫌われてるのかなあ……)

 抑えきれない溜息が零れた。


 「姫様~、さすがに北方だけあって、思ったより肌寒いですね。大丈夫ですか?」

 「ええ、有難う。ショールがあるから平気よ……あっ」

 と、一陣の風が吹き、私の肩に掛けられた薄紅色のショールを攫っていった。ラインバルドに旅立つ時お母様に戴いた、お気に入りのショールだ。

 「大変!姫様、私取ってきます。申し訳ありません、暫くこちらでお待ちください」

 慌ててキャメルが小走りに駆けて行く。取り残された私は、風を避けるために、コニファーの裏手に佇んだ。


 あら?………猫?

 視界の端に動くものがあり、思わず目が追い掛ける。植え込みの陰からゆっくりと移動していくのは、黒猫だった。

 可愛い。どこに行くのかしら?

 猫に導かれるように、木立の中を進む。暫くついて行くと、黒い棒のようなものが2本、地面に置かれているのが見えた。人の脚が横たわっているのだった。猫は甘えるように一声鳴くと、その脚の上に座り込む。


 「―――こら。重いだろう」

 魅惑的なバリトンが響いた。

 私はドキリとして咄嗟に木陰に身を隠した。

 カササ、と音がして、脚の持ち主が半身を起こしたのが分かる。植え込みの向こうに見えるのは、黒髪の、黒衣に包まれた青年だった。

 

 あれはもしかしてアスワド王子?


 遠目だけど、あの黒ずくめは間違いないような気がする。ラインバルドの王城で一番多く見かける髪色は、王や王妃と同じ灰色、次に茶色、黒。アルハイム一行以外で私と同じ金髪の人は、今のところヴァイス王子くらいしかいない。とは言っても私はハニーブロンド、ヴァイス王子はプラチナブロンドと、微妙に色味が異なるけれど。

 ラインバルドで黒髪はけして珍しい訳じゃないけど、アスワド王子を際立たせているのは彼が纏う雰囲気だ。硬質な美貌、そして他人を拒絶している様な、その、無表情――――。


 「うわ、毛が付いた」


 え?


 私は己の目を疑った。

 アスワド王子が笑っている………?


 膝の上から退こうとしない猫を優しく持ち上げながら、王子は優しく微笑んでいた。

 わ、私には、会話どころか、目を合わせてもくれないのに……!

 つい身じろぎした拍子に私の足元の小枝が音を立て、次の瞬間、冷徹な光が舞った。

 私の喉元に突きつけられていたもの、それは、アスワド王子の剣だった。


 「………!!」


 驚愕に声が出ない。

 一瞬で距離を縮められた驚きと、刃を突きつけられた恐怖と。


 「……貴女か」


 アスワド王子は、凍りつく私を見て取ると、瞬く間に剣を鞘に納めた。

 不機嫌を露わに、私を見下ろす。

 「何をしている」

 「……っ!!わ、私、散歩を……」

 故意で無いとはいえ、彼のプライベートを覗いていた私の方に明らかに非がある。居たたまれず、私はどもってしまった。羞恥に頬が熱い。


 「俺に近付くな、と言ったはずだが。―――伝わらなかったか?」

 艶やかな黒髪の向こうの、黒曜石の瞳は冷たい怒りを湛えている。

 初めて。初めて私を真っ直ぐ見てくれた。それなのに身体が震えて言葉が出ない。

 「次は無い」

 アスワド王子は、私に背を向け、この場から立ち去ろうとする。私の返事など求めていないのだ。

 私は泣きたくなった。凍りついていた唇から、悲鳴のように疑問が零れ落ちる。

 「……どうして。どうして近付いてはいけないのですか」


 黒猫は、騒ぎに驚いてとっくに立ち去ってしまっていた。

 あの猫のことは、優しく見つめるくせに。どうして私には。



 「俺に近付けば、貴女が傷つく」

 背を向けたまま、アスワド王子は、そう答えた。容赦のない死刑宣告のように。



 「―――ヴァイスを選んでくれ」



 

 

 


  


 


  

次から各王子のアピールタイムに入ります!

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