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 その前に穢れを清めましょう、とヴァイス王子は言った。



           ***



 「………ヴァイス様、あの………これ、凄く恥ずかしいです………」

 「何をおっしゃるのです。綺麗にしているだけですよ?」


 湯浴みに向かう私に、何故か当然のような顔をしてヴァイス王子がついてきた。

 衣服を総て剥がれ戸惑う私を浴槽に誘うと、先に王子がお湯に体を沈めた。

 それから私はヴァイス王子の前に座らされ、彼の脚の間に抱き込まれて、背後から身体を洗われた。彼の掌は、泡を乗せて滑らかな動きで私の肌を辿っていく。

 隠しようも無く私の顔が赤いのは、お湯の温かさの所為なのか、夫に素肌を触られる羞恥の所為なのか。

 お湯に浮かぶ泡が辛うじて目隠しになってくれているのが、せめてもの救いだった。


 「入浴するのに服を脱ぐのは自然なことでしょう」

 ヴァイス王子が背後から私の顔を覗き込みながら言った。見なくても微笑んでいると分かる、優しい声色で。吐息は耳朶にかかり、頬の紅潮が丸わかりでは、と私を焦らせた。

 プラチナブロンドが濡れて尋常じゃない色気を纏っているその顔を直視できずに、私は視線を逸らした。

 「で、では、ヴァイス様は、何故衣服を着てらっしゃるのですか?」

 ヴァイス王子は、麻のシャツを脱いで上半身は肌蹴ていたものの、身体にぴたりと添う革のズボンは履いたままだった。

 濡れそぼった白金の髪から滴る雫が、彼の鍛え上げられた肌を滑って行く。

 後ろから抱きしめられた身体からは、お互いの温もりをまざまざと感じずにはいられなかった。

 白の王子が苦笑する気配がする。

 「―――私の自制心も鉄壁ではないから、ですよ」



 丁寧に髪を洗われた後、再び二人で湯船に浸かった。王子の指は繊細で、私を洗う手つきはとても優しいものだった。変わらずに愛されていると分かる。

 彼に触れられるのは嫌じゃない。怖くも無い。その事が、こんなにも嬉しい。



 「さて、姫。どこまで触れられましたか?………あの場の状況を見るに、最後まではされてないようでしたが」

 「さ、最後?って何ですか?」

 私の質問に、ヴァイス王子は一瞬、言葉を飲んだ。

 「………いえ、何でも。私も動揺しているのですね。無垢な貴女に余計な情報を与えないよう、気を付けていたというのに」

 彼は濡れたままの私の巻き毛を一筋取り、指に巻き付ける。何かを考えながら、唇に押し当てた。 

 「未だ本物の夫婦ではないと気付かれたからには、指だけにしろ、深く侵入されたという事………」

 独り言のように呟いて、王子は私のおとがいを支え、口付けを落とした。



 「ロザヴィー、力を抜いて。大丈夫、嫌な記憶は私が塗り替えて、上書きしますから」



 そうして、私はのぼせるまで入浴する羽目になったのだった。



           ***



 私は、北の塔に行くことになった。

 城内の北の一角にある、寂れた塔だった。辺りの植物もあまり手入れされていない様子で、忘れ去られた場所、という雰囲気だった。



 「なるべく早くに、もっと良い部屋を用意します。済みませんがロザヴィー、しばらく堪えて下さい。今はここが一番守りが固いので」

 ヴァイス王子は、私とキャメルを部屋に通すと、扉を閉めた。

 「―――貴女を、護りたいのです」

 外から鍵を掛ける音がした。

 石造りの部屋は閑散としているが、最低限の調度品は揃っているようだった。室内だけ見れば普通の部屋とそれほど変わらない。

 けれど窓を見ると、鉄格子がはまっていた。


 「これでは監禁ですわ!姫様!!」

 キャメルが憤慨した。

 「ごめんなさい、キャメル。貴女まで巻き込んでしまって………」

 「いいえ………いいえ姫様、私こそ、姫様を御守りできずに申し訳ありません………!」

 赤い目をして、キャメルが詫びる。リュイの事を言っているのだと分かった。

 「大丈夫よ、キャメル。………私は大丈夫」

 思い返すと、指が震える。キャメルに気付かれないよう、ぎゅっと拳を握った。

 「それより、教えて欲しいことがあるの」


 あの時リュイは、私はまだヴァイス王子のものではない、と言った。

 未だ本物の夫婦ではない、と王子自身も言っていた。


 綺麗なまま、何も知らないままでいて欲しいと、ヴァイス王子は私に願っているのだろう。

 けれど、このままではいられない、と思った。

 私だけ綺麗なままで。何も気付かずにただ守られていてはいけない。

 リュイの気持ちだって、私が気付いていれば何か違ったのかもしれない。私が………彼をあそこまで追い込んでしまったのかもしれないのだ。

 ―――知らなくては。

 たとえ、無垢ではいられなくなったとしても。

 私の白の王子が、それを望まないとしても。



           ***



 北の塔で過ごし始めて数日後、扉を遠慮がちに叩く音がした。

 「………ロザヴィー姫?いるのか?」

 覗き窓から見えたのは、アスワド王子。意外な人だった。

 「アスワド様!何故ここが?」

 「………監禁するならここしかないと思って」

 それから彼は、黒曜石の瞳を曇らせてこう告げた。

 「リュイ殿の処刑が決まった。―――明日だ」


 息を飲むキャメル。

 私は、扉越しにアスワド王子の瞳を見つめた。

 「アスワド様、私をここから出してください」

 「………無理だ。鍵はヴァイスが持っている」

 躊躇いがちに断るアスワド王子に、私は更に食い下がった。



 「お願いします。―――リュイと、話をしたいのです」



 

 

白の章、10話で完結の予定です。

もうしばらくお付き合いくださいますと、光栄です。

よろしくお願いします。

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