⑥
流血、無理矢理、いろいろR15かも。
苦手な方はとばしてください。
生まれた時から傍にいた。
4つ上の幼馴染。
アルハイム国王である私のお父様と、貴族であるリュイのお父様は、昵懇の仲で。
私の記憶には、最初から彼が存在していた。
二人のお姉様と、リュイと、それから私。まるで4人兄弟のように過ごした。
大きくなったらリュイのお嫁さんになる、と言って周囲に笑われた事もあったっけ。
リュイは、ある日突然、騎士になると宣言した。
僕は兄ではないから。ロザヴィーの一番近くにいつまでもは居られないから。
一番ではなくても傍にいるために騎士になる、
そしてロザヴィーを守るために生きていく、
と、少年のあの日、リュイは私の目の前で誓いを立ててくれたのだ。
***
「ロザヴィー………姫様………………好きだ………ずっと、好きでした………」
何をされているのか、私には分からなかった。
聞こえるのは、耳元で熱っぽく繰り返されるリュイの言葉だけ。
そうだ、寝台に押し倒されたのだわ、とぼんやり思い出した。
リュイが………確か、私の寝室に窓から入ってきて………抱き締められ、「愛している」と言われ………それから………どうしたのかしら………?
「ロザヴィー、我が姫………」
リュイが、唇を重ねてきた。その感触に違和感を感じると、麻痺していた触感が不意に戻ってきた。身体の奥からぞくりと悪寒がする。
違う。
これは、私の愛する人ではない。
愛しい白の王子、ヴァイス王子の口付けとは違う。
「―――や、やめて、リュイ」
「ロザヴィー………ロザヴィー………ロザヴィー」
やっとの思いで出した拒絶の言葉は酷く小さく、熱に浮かされたように私の名を呼ぶリュイには届かなかった。涙が溢れてくる。執拗に繰り返される口付けの所為で呼吸が満足に出来ず、続く懇願も途切れ途切れなものでしかなかった。
「やめて………!リュ………やめて」
私を守ると言った。
信じていた。
兄のように慕っていた。
リュイの指が私を蹂躙する。夫にも触れられた事の無い部分をさまよう無遠慮なその動きに、恐怖よりも、嫌悪感が勝った。
「ヴァイス様!!助けて―――」
嗚咽交じりではあっても、まともな声量で叫びが出た。びくり。リュイの動きが強張る。その時、感じた事の無い痛みが走った。
「痛っ………!」
「え」
リュイが驚いた顔をして、私を見た。「………姫様?」
「―――何を、している」
地の底から響くような声がした。
弾かれるように身を起こし振り返ったリュイの顔に、一瞬のうちに閃光が振り下ろされた。
赤い、飛沫が舞う。
「私の妻に、何をしている―――と訊いたのですよ」
そこに立っていたのは、ヴァイス王子だった。
否、ヴァイス王子………のはずだった。
見慣れた優しげな微笑は面影すらも無い。
別人かと思う程、冷ややかな表情。
鮮血が滴る剣を片手に下げ、鬼気漂うその姿は、見知らぬ他人のようだった。
酷薄な光を湛えた琥珀の瞳が、悲鳴を上げて床に転がるリュイを冷厳と見下ろしていた。
「答える口は無いようですね。………死にますか?」
脅しでもなんでもなく、本気の言葉だと分かった。
「………ヴァイス様!」
私は、ヴァイス王子に縋り付いた。
王子の纏う殺気が、氷柱が氷解するように、解けていくのを感じた。労わる様に抱き返してくれる腕の中に囲われると、安堵のあまり、体中の力が抜けていくようだった。
ああ、やはり、私の王子。
助けに来てくれた。
私の白の王子だ、と思った。
彼は涙に濡れた私の頬を優しい手つきで拭い、乱れた衣服を整えてくれ、それから私の額にそっと口付けを落とした。
「………済みません。怖い思いをさせましたね。でも大丈夫です、ロザヴィー。すぐにこの下種を掃滅しますから」
いつも通りの優しい笑み。
しかし、その瞳の奥底には狂気が見え隠れしていた。
「ヴァイス様………」
言葉が出てこなかった。
怖かった。嫌だった。心底助けを願った。
でも、それでも、相手はリュイなのだ。
「この男は、貴女を穢した……………清らかな、穢れの無い、私の薔薇を。―――万死に値します」
「く……っ………姫は、まだ貴様のものではないだろう!」
リュイが、出血の止まらない左目を押さえながら立ち上がる。彼は、額から目を通って顎まで、顔の左半分を縦に斬り裂かれていた。
「それがなんだというのです。自らの唾棄すべき行為を正当化できるつもりですか。この私が、慈しんでいるものに手を出されて、黙って引き下がるとでも?」
ヴァイス王子が合図をすると、扉の向こうから数人の男達が入ってきた。彼らはあっという間にリュイを拘束し、
「この男を地下牢へ!」
ヴァイス王子の指示で、室外に引き摺り出す。リュイは抵抗もせず、唯々諾々と従った。王子は血に汚れたリュイの金髪を鷲掴み、耳元に唇を寄せると、優しいとさえ言える声音で囁いた。
「―――お前は、苦しめて苦しめて殺してやる。死が、慈悲だと感じる程に」
―――貴女だけは、そのまま。
どうか、綺麗なままで。
いつか、ヴァイス王子に囁かれた睦言が、私の耳の中に蘇った。
「………さて、姫」
男達と共にリュイがいなくなると、徐にヴァイス王子が振り返った。
蠱惑の美貌、優しげな微笑。蕩けそうな甘い眼差しが私を見つめる。
「貴女を、もっと頑丈な鳥籠に移さなくてはなりませんね」




