2
「いいですか、姫様。そもそもパイオン王は三度結婚されています。
最初の王妃、この方が第一王子ヴァイス様をお産みになり、亡くなられました。同年、二番目の王妃が第二王子アスワド様をご出産。この方も数年後に亡くなられたようですわね。パイオン王は現在、三番目の王妃、フェセク王妃と再々婚され、第一王女グリース様を儲けられています」
パイオン王に衝撃の宣言をされた大広間から下がり、王宮内に与えられた自室に戻ってきた途端、乳母は『ラインバルド王家の家系図』の説明を始めた。
「ですから同い年の王子とはいえ、王位継承権一位は第一王子ヴァイス様にあるはずです」
「ばあや、でも私………」
「アルハイムの陛下も、姫様のお相手はヴァイス王子が望ましいとお考えだったようですわ」
「ねぇ聞いて頂戴、私はね……」
「お相手を姫様が選べるのであれば、願ってもないこと。ヴァイス王子になさいませ。そうすればゆくゆくは姫様がラインバルド国の王妃殿下になられるのですよ!」
鼻息も荒く詰め寄る乳母。
こりゃ駄目だ。私の話は聞いてもらえない。
私は嘆息して、乳母の気を逸らそうと、お茶を頼む為に侍女を呼んだ。
けれど、やってきた侍女は困り顔でこう告げた。
「あの、王子様が、姫様にお会いしたいと申されて、先程からお部屋の前でお待ちですが……」
なんですと?
「どちらの王子?」
「あの、プラチナブロンドの」
若干頬を染めながら言う侍女。
ということは、ヴァイス王子のほうね。
私は乳母と顔を見合わせた。
まさか、さっきの話、聞かれたりしてないわよね……?
「いいわ、通して頂戴。お茶の用意をしてね」
***
「長旅でお疲れのところ、押し掛けたりして申し訳ありません、ロザヴィー姫」
初めて聴くヴァイス王子の声は、麗しいその容姿を裏切らず、張りのあるテノールだった。
白金の髪、琥珀の瞳。大天使の様な美貌。
微笑みと共に優雅に室内に入ってきた王子は、美しい花束を手にしていた。
「このような物でもあれば、故郷を離れて淋しい想いをされている姫の御心を少しでもお慰めできるのではと思いまして」
思いがけない贈り物に、私は笑みを零す。嬉しい。
渡された花束に顔を埋めると、摘み立ての瑞々しい香りに包まれた。
「良い香り。これは、薔薇……?ラインバルドの様な北方でも咲くのですね」
「この薔薇は、特別に品種改良したものです。それでもわが国では温室でしか咲いてくれませんが。姫は花がお好きだと伺っていましたが、お気に召されたようで良かった」
私の故郷アルハイムは、大陸の南で温暖な地帯に位置する為、一年中花の咲き乱れる緑豊かな国だった。遥々ラインバルドまで旅してきたが、やはりここは異国。道々眺めて来た風景は、見慣れたアルハイムとは全く違うものだった。
身近に花があるとやっぱりホッとする。ヴァイス王子の心遣いが身に染みた。
ヴァイス王子は、見目麗しいだけじゃなく、思いやりのある方なのね。
国のための花嫁候補とはいえ、5つも年下でまだ社交界デビューも果たしていない私など、成人された王子から見たら子供のようなものだろうに。一人前のレディーのように扱ってくださる。
婚約者の一人が素敵な方でよかった。
「ヴァイス様、有難うございます」
私は、広間で王にした作り笑顔ではない、心からの笑顔でお礼をした。
カチャ!
すると、紅茶を口にしていたヴァイス王子が急に真顔になり、カップをソーサーに置くと、右の掌で顔を覆って横を向いてしまった。
「………イイ………」
え?
今なんて?
「あの、ヴァイス様?どうかされましたか?」
俯くヴァイス王子の表情は、肩から流れ落ちたプラチナブロンドで遮られて、私からはよく見えない。なんだか耳朶が赤いような。ご気分でも悪いのかしら?
何か独り言を呟かれてるけど、小声過ぎて聞こえないわ。
「もしかして紅茶、熱すぎました?火傷でもされたのでは?」
心配して肩に触れると、ヴァイス王子はハッとしたように振り向かれた。
「……いえ、なんでもありません。申し訳ない、姫の前だというのに礼を逸した振る舞いを致しました」
そう言って涼やかに笑う。
大人の男の方なのに、思わず見惚れてしまうほど美しい。
「では、そろそろ失礼致します。初日から図々しく居座る厚顔者と姫に思われたくはありませんからね」
「まあ、まさかそのような事、思うはずもありませんわ。
お花、本当に有難うございました。早速活けてもらいます」
ヴァイス王子を見送ろうと侍女や乳母が扉に向かう。皆の目が逸れた瞬間、ヴァイス王子は私の手を取り、甲に口づけた。
「!」
突然触れた温もりに私は声も出せず固まってしまった。
「ロザヴィー姫」
王子は金の瞳を伏せて囁く。
「打算からでも良い、私を選んでください」
え………?
「貴女の事をこの薔薇のように大切に慈しむと誓います。ですから、どうか私を」
思いがけず近くで見たヴァイス王子の貌は、真剣そのもので。
「選んでください」
私の視線は、震える様に薄く開いた王子の瞳に吸い寄せられてしまう。
白金の睫毛に縁どられた琥珀。
なんて。
なんて綺麗。
次は黒の王子のターンです!