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 ヴァイス王子は、諸外国との折衝を担当しているそうだった。

 ラインバルド国では、内政はパイオン王が、外政は第一王子のヴァイス、軍の指揮は第二王子のアスワドが、それぞれ受け持ちになっているという。勿論、最終的な決定権は総てパイオン王にある。しかし、昨年、二人の王子が成人してからは、徐々に政務責任を移行しつつあるらしい。壮健なパイオン王が代替わりするのはまだまだ先だろうが、将来を見据えて、二人の息子に国政を譲渡する準備をしているのだろう。

 白の王子ヴァイスは、白の摂政とも呼ばれていた。



           ***



 「お帰りなさいませ」

 「只今帰りました、ロザヴィー」

 ヴァイス王子が一日の仕事を終えて自室に戻ってくるのは、いつも日が暮れてからだ。多忙な王子は常時、多種多様な案件を抱えている。以前は部屋に戻った後も夜中までお仕事をされていたらしいけど、私と婚姻されてからは自室にまで書類を持ち帰ってくることはない。

 私との時間を大切にしたいから、だそうだ。


 ただいまのキスが済むと、ヴァイス王子は私に一輪の花をくれる。恒例の帰宅の儀式だ。

 これも以前は豪奢な花束だったのだけれど、私の傍にある植物がなかなか枯れず長持ちする様子を見て(また、花が捨てられると私が酷く落ち込む様子に気付いて、だと思う)、それなら、と一輪ずつに替えてくれたのだ。

 どこで探してきてくれるのか、毎日違う花。繊細な気遣いが嬉しい。

 お礼を言うと、

 「私にとって一番の花は、貴女ですよ。愛しいローズ」

 愛称で私を呼び、抱きしめてくれる。毎回の事なのに、私の頬は紅潮してしまう。それがまた「可愛い」と言われ、キスの嵐に会う。

 「初めて貴女を目にした時、天使が舞い降りたのかと思いました。その時から私の心は貴女に囚われたまま。この先もずっと変わることはないでしょう」

 自分こそ天使のような美貌で、真面目にそんな睦言を言う。

 もう。私が白の王子の言動に慣れて動じなくなる日は、一向に来ない気がするわ。


 「今日は、騎士団の訓練に参加してきました」

 ヴァイス王子はまず私の日課を尋ね、それから自分の事を話してくれる。

 「ラインバルド騎士団とアルハイムの騎士達が一堂に会しておりましたので、なかなか面白い訓練になりました。私も些か腕が鈍っていましたので丁度良かったです」

 「まあ。それは有難うございます」

 私は内心苦笑いをした。

 「リュイから聞きましたわ。お手合わせして頂いたとか」

 こてんぱんにやられました、と悔しそうに言っていたっけ。

 「おや。夫の留守中に他の男に逢っていたなんて、私の妻は酷いですね。私はこんなにも貴女一人を一途に愛しているというのに」

 ヴァイス王子は悪戯っぽく笑いながら、私を抱き寄せて、耳の上の髪を掻き上げ、そこに口付ける。彼の仕種の一つ一つから私に対する思い遣りが溢れ出ていて、愛されていることを実感する。


 「姫の騎士団長は、他に何か言っていましたか?」

 「ヴァイス様はやはりお強いと。剣技は騎士団一だと申しておりましたわ。アルハイムの騎士も一層精進しなければと」

 優雅そのものの姿態なのに、いざ闘うと鬼神の如く強い。分かっていても、あの優しげな美貌に騙されるのです、とリュイは言っていた。リュイ自身も、けして弱い人ではないのだけれど。

 「将軍はアスワド様なのですよね?」

 「アスワドは、私などより馬術にけているのですよ。ラインバルド騎士団の真髄は、騎馬隊ですから。それに………彼は、私とは別次元で強いのです。なんでもありで闘えば、負けるのは私の方かもしれません」

 謙遜だと思った。

 美しく、優雅で聡明、思い遣りがあり、剣技で右に出る者はいない、白金の髪と琥珀の瞳の王子。

 彼ほど、完璧という言葉が似合う人はいない。


 ヴァイス王子は琥珀の瞳を煌めかせて、甘やかに微笑んだ。

 「それより、そろそろ寝室に行きませんか。ローズ、貴女が私の妻である幸せを噛み締めたいのですが」

 耳元で熱く囁かれ、私はまた真っ赤になってしまう。

 「ああ、貴女のその頬………赤薔薇が色づくようでそそりますね。我が愛しの薔薇、今夜も是非またその芳香を味わせてください」

 私を翻弄する手練手管まで完璧だ。

 夫にベッドまで優しく誘われながら、私はリュイの言葉を思い出していた。


 『あいつは、完璧過ぎて胡散臭いくらいです』


 確かに。まるでかなう気がしないわ。

 神々しいまでに完璧な、私の白の王子。

 私は幸福に酔いしれながら、愛しい人の腕の中で今夜も眠りに就くのだった。



           ***



 「御機嫌よう、ロザヴィー姫」

 夕刻散歩をしていると、回廊で、フェセク王妃に呼び止められた。

 「お義母様」

 「まあロザヴィー姫、どうぞフェセクと呼んでくださいな。わたくし達、そう年も変わりませんでしょう。姉のように思って下さると嬉しいのですけれど」

 優しげに笑うフェセク王妃。

 三番目の王妃である彼女は、夫であるパイオン王とは親子ほどの年の開きがあった。ヴァイス王子、アスワド王子の少し上くらいの年齢。まだ20代半ばだったはずだ。確かに、実家の姉様達と同世代なのだ。

 灰色の髪、灰色の瞳。慎ましげな美貌。穏やかな笑みは、相手の心を和ませる。


 「ではフェセク様、と呼ばせて頂きます」

 「ふふ。姫は、ヴァイス様とは相変わらず睦まじくされておりますのね?」

 「は、はい」

 赤くなってしまう。フェセク王妃は、私の反応を楽しんでいるようだった。

 「ロザヴィー姫もご心配でしょう。ヴァイス王子はあの通り眉目秀麗で才気煥発な方。結婚後も、女性からの人気は衰えることを知りませんものね」

 「?いえ、心配はしておりません」

 戸惑いながら、私は答えた。

 「ヴァイス様は信ずるに値する素晴らしい方。人望があることを誇りこそすれ、私はただヴァイス様に相応しい自分でありたいと願うばかりです」

 「………貴女は………」

 フェセク王妃が何かを言い掛けた時、靴音を響かせてヴァイス王子が回廊の向こうから歩み寄ってきた。


 「何をされているのですか、義母上」

 「ヴァイス様」

 フェセク王妃は彼に向き直った。気のせいか、灰色の目には挑むような光がある。

 「ただロザヴィー姫とお話していただけですわ。噂通り可愛らしい方ですのね」

 「それはご無礼を。お邪魔して申し訳ありませんが、続きはまたの機会にお願いできますでしょうか。差し迫った用事がありますので失礼します。姫、参りましょう」

 ヴァイス王子は私の肩を抱いた。

 私はフェセク王妃に黙礼し、王子と回廊を進みだした。背後から、フェセク王妃の声が掛かる。

 「ヴァイス様、ロザヴィー姫は純朴な方。大事になさいませね」

 からかいを含んだ王妃の声音に、ヴァイス王子は歩みを止めて振り返った。

 「言われなくとも。………彼女は貴女とは違うのですよ」



 その声が、酷く冷たいものに聞こえて、私はヴァイス王子を仰ぎ見た。

 彼の白皙の美貌は、いつになく固く強張っている様な気がした。


 

 

 



 

 

 

 

 

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