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 「ロザヴィー……………………ローズ………起きて下さい」


 幸せな朝。私は、耳元で聞こえる愛する人の囁き声で目が覚めた。


 「おはよう、ローズ、私の薔薇。よく眠ってましたね」

 昨夜眠りについた時と同じように、すぐ傍にヴァイス王子の顔があった。美しい琥珀の瞳を笑みの形に細めて、私を見つめている。視線が合うと、形の良い唇をそっと私の額に押し当てた。優しいキス。

 昨夜、あのまま、私を抱きしめながら眠ったのだろうか。眠りの前と体勢が変わらないような気がする。これでは、彼の腕枕が痺れてしまっているのではないかしら。


 「ヴァイス様………は、眠れましたか………?」

 「ああ、いえ。私は一晩中起きていましたので。可愛い貴女の寝顔を堪能させて頂きました」

 「……えっ……」

 ゆっくりと、自分の顔が赤くなっていくのが分かった。

 「は、恥ずかしいです………」

 寝顔をずっと見られていたなんて。やだ。変な顔していなかったかしら。

 「ふふ。大丈夫。とても可愛らしかったですよ。すみません。貴女を手に入れた喜びで、どうにも眠れなかったのです」

 許してくださいますか、と言って、白の王子は私の目を覗きこんできた。

 冗談なのかと思ったら、存外に真剣で、子供のように純粋な眼差しだった。

 そんな顔をされたら怒れない。

 「もう。い、一度きり、ですよ………?恥ずかしいから、もうしないで下さいね?」

 「おや。どうしましょうか。その約束は、守れないような気がします」

 クスクス笑いながら、ヴァイス王子は、寝台から身を起こした。

 癖の無い白金の髪が、さらりと揺れる。

 「では姫、朝食の席でまたお会いしましょう。私は、眠気覚ましに少し歩いてきます」

 睡眠不足など微塵も感じさせない足取りで、ヴァイス王子は寝室を出て行った。



 「美し過ぎる伴侶を持つのも考え物だわ………」

 侍女のキャメルに髪をくしけずられながら、私は呟いた。キャメルが目をぱちくりさせる。

 「それはまたどうしてですの?姫様」

 「だってキャメル、ヴァイス様ったら。徹夜したと言いながら、くまひとつない完璧な美貌で!髪の毛はかさなくてもさらさらだし!そんな方に比べて私は、髪だって寝癖ついてるし、起き抜けでぼんやりしてるところも見られちゃってるし、それに、ああそうよ、もし寝言とか言ってたらどうしましょう………」

 なんかもう泣きたい。

 「姫様ったら、気にし過ぎですわ。大丈夫、ヴァイス王子は誰が見たって姫様に夢中です。姫様の少しくらいの欠点も、却って可愛らしいと思っておいでに決まってますわ。姫様も『アルハイムの薔薇』と謳われた方、ヴァイス王子と美男美女でお似合いのご夫婦です」

 「でもキャメル、ヴァイス様には欠点が見当たらないのだもの」

 そんな私の気持ちなどお構いなしに、キャメルはさっさと私の髪をセットし終えて、ベッドメイキングに向かった。シーツを取り換えながら、ふと、首を捻る。

 「姫様。………昨夜、ヴァイス王子は………その、優しくしてくださいましたか?」

 「え?勿論、いつだってヴァイス様はお優しいわよ?」

 「………………。まあ、いいです」

 何かを言い掛けたものの、躊躇いを見せ、キャメルはまた仕事に戻った。

 ?

 何かしら。

 変なキャメル。



           ***



 ヴァイス王子と朝食を済ませ、王子が執務に向かうと、私は、お父様とお母様に逢いにラインバルド城内別棟の客室に行くことにした。私の結婚式に参列する為にアルハイムから訪問してくれていた二人は、今日には帰国する予定になっていたのだ。結婚式の前は慌ただしく、時間が取れなかったので、帰国の前にもう一度だけゆっくり話しておきたかった。

 長姉とその夫、次姉が故国アルハイムには残っており、両親の不在の間、国を守っている。お母様から、姉様達の手紙を預かっていたと渡された。


 「くれぐれも、身体には気を付けるのですよ。他国に嫁いだからには、そうそう頻繁に会うことも無いでしょうし」

 お母様の言葉に、しんみりしてしまう。

 「ええ。少し寂しいけれど、私にはヴァイス様がいてくださるものね………」

 思わず零れた言葉。

 それを小耳に挟んで、お茶のお代わりを淹れてくれているキャメルが言い添えた。

 「微力ながら姫様、キャメルもおります」

 そう。この子はアルハイムから私と共に嫁ぎ先まで来てくれたのだ。そのまま私付きの侍女としてラインバルドに留まるという。

 「キャメル、本当に良いの?それは私は、貴女が居てくれれば心強いけれど」

 「当たり前です!姫様をお一人で異国になど行かせません!!他の誰にも姫様のお世話係は譲りませんとも」

 キャメルの気持ちが嬉しい。

 大好きな、友達だ。

 お母様はキャメルに向かって「よろしく頼みますね」と言い、私の方に向き直った。

 「ロザヴィー、キャメルだけではありませんよ。リュイ率いる護衛騎士達も暫くラインバルドに残る予定なのよ」

 「え?そうなのですか?」

 初耳だった。

 部屋の隅に控えていた騎士姿のリュイの方を見ると、彼は肯き返してきた。


 私の幼馴染であるリュイは、1年の間に、私の護衛騎士団の副団長から団長に出世していた。今回、ラインバルドまでの花嫁道中の護衛を指揮していたのは彼だ。弱冠20歳、最年少の団長就任と聞いた。

 けれど、嫁いだからには、私の護衛はラインバルドの騎士達に任せるのが筋だと思っていた。


 リュイは顰め面で私に説明を始めた。

 「………騎士団の研修も兼ねているのですよ。ほら、ラインバルドは軍事国家として勇名を馳せているでしょう。特に騎馬隊は抜きんでています。必ずアルハイムの益になる試みですから」

 「ロザヴィーが心配で堪りませんって、もう、リュイが頼み込んできて」

 ね、とおどけてお母様が、お父様に水を向ける。

 「王妃様!」

 慌てたような声を上げるリュイに向けて、黙ってお茶を楽しんでいたお父様は、ひとつ肯いた。

 無口だけど優しいお父様。貴族の子弟であり私の幼馴染でもあるリュイの事を、得られなかった息子のように思っていらっしゃる事を、私は知っている。

 「ロザヴィーを頼むぞ、リュイ」

 「………はっ」



           ***



 夜、帰ってきたヴァイス王子に騎士団残留の件を告げると、艶やかに微笑みながら白の王子はこう言った。

 「そうですか。それは歓待してさしあげませんといけませんね………。ふふふ」



 「三角関係、キタこれ~」

 壁際のキャメルが、また何か私には意味不明な言葉を呟いていた。

 


 


 

 

更新遅くなりました。難産でした。ごめんなさい。


ヴァイス王子の科白を書くたびに作者のHPが削られていく気がします。

この人!なんで!こんなに甘いんでしょう!!いやそういう設定なんですけど!

スミマセン。砂を吐きながら書いています。

糖度・・・足りてますか?

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