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 アスワド王子の言葉は、本気だったのだろうか。



 あの夜以降、私は王子の挙動をとても気にしていた。

 アスワド王子は騎士団の訓練場に日参している。騎士達は黒の王子にひどく心酔しているようで、彼が見ているのといないのではやる気がまるで違うのだと、団長が苦笑して説明してくれた。


 一度私も見学に連れて行ってもらったのだけれど、あっという間に年若い騎士の集団に取り囲まれて「うっわこれが黒の王子の愛妻か」「さすがめっちゃ可愛い」「こりゃ硬派なアスワド様も骨抜きになるわ」全員に一遍に話されて何が何だか「なんかいい匂いする」「やば金髪碧眼まじ天使」「拝め拝め」混乱してオロオロしていたら「お前ら寄るな触るな見るな話し掛けるなロザヴィーが減るだろう!!」アスワド王子の一喝で蜘蛛の子を散らすように散開した騎士の群れから救い出されたのだった。

 よく分からなかったけど怖かった………。

 その後、キャメルの話によると、騎士団の鍛錬場はしばらく峻烈これ極まれりの修羅界と化したそうな。風の噂だけれど。


 王子の親衛隊は、ラインバルド騎士団の真髄である、騎馬隊だ。

 名高いラインバルド産の駿馬を自在に操る、精鋭達。

 アスワド王子自身も、巧みに馬を乗りこなす。彼の愛馬は、ノワールという名の黒馬だった。騎馬隊の軍馬のなかでも群を抜いて大きい体躯の俊足の馬。アスワド王子が騎乗して早駆けさせる様子は、まるで一陣の黒い風が通り過ぎるかのようだった。


 黒衣を纏い黒の優駿に跨るアスワド王子は、まさに将軍と呼ぶに相応しい。

 彼を中心に一糸乱れぬ統制下で騎馬隊、その外側に歩兵の騎士団が進撃訓練を行う様を見た。

 騎士団、その中でも特に騎馬隊の忠誠は、ラインバルド国王ではなく、アスワド王子その人に向けられたものであるかのように私には見受けられた。



           ***



 久方振りに王妃に呼ばれてお茶の時間に伺うことになった。

 グリ王女は元気だろうか。彼女の好きそうなお菓子を作って、持って行こう。

 そう考えた私は、使える果物があるだろうかと、アルハイムから移植した果樹を見に行った。


 「まだ少し早いかしら………」

 漸く数個生ったばかりの実は、まだ青い。

 残念だけど、収穫はまだ先のようだった。


 「これは目を疑いますね。温室でもないのに実を結ぶとは」

 声に驚いて振り返ると、ヴァイス王子が立っていた。   

 「ロザヴィー姫、この木は貴女が?」

 「………ええ。寒冷地向けに、品種改良した種ですの」

 素知らぬ風を装って、私は答える。

 ヴァイス王子に間違っても触れられないように、さりげなく一歩距離を取った。

 「そうですか。それにしても、些か成長が早いようですが」

 「ラインバルドの肥料が、たまたまこの種に良く合ったのでしょうね」

 無邪気に見える様に微笑む。上手く笑えているだろうか?


 どうしよう。ヴァイス王子は決して愚鈍な人ではない。

 常ならぬ生育を見せるこの木から、私の<ちから>に気が付いてしまうかもしれない。

 あの晩のアスワド王子を思い出す。

 兄ヴァイスに執拗に拘る彼の気持ちを鑑みれば、その様な状況はけして歓迎出来るものではなかった。

 

 琥珀の瞳に一瞬透徹な光を見せた王子はしかし、それ以上同じ話題を追及してはこなかった。


 「………アスワドから、母親の話を聞かれましたか?」


 「………はい」

 「そう、ですか………」

 ヴァイス王子は薄く笑った。

 「では、アスワドは貴女を真実想っているのでしょうね」

 「!はい………!!」

 思いがけない言葉を貰って、私はパアッと気分が浮くのを自覚した。

 「分かりやすい方ですね、貴女は」

 ヴァイス王子は苦笑する。それから僅かに逡巡を見せて、こう続けた。



 「ですが、姫。覚えておいてください。愛するものを一度奪われた者は、尋常では無く執着するものですよ」



 その言葉は、誰を指して言ったものだったのか。 

 ヴァイス王子の悲しい貌だけが、いつまでも私の心に残った。



           ***



 手土産は無難に桃のコンポートにした。瓶に作り置きして持って来たものなので、旬の味覚ではないが、味は折り紙つきだ。

 (生の果物はまたの機会にしましょう)

 そう考えながら、王妃の暮らす棟を訪ねる。

 侍女に案内されたのは、いつものラウンジではなく私室のほうだった。


 「お待ちしていましたわ、ロザヴィー姫」

 戸惑う私に、ソファからフェセク王妃の声が掛かる。私はその方向に視線を向けた。

 「お招き有難うございます王妃様………」

 王妃の座るソファの後ろには、灰褐色の髪と髭の偉丈夫が立っていた。

 パイオン王だった。


 「ロザヴィー姫よ、健勝そうだな」

 意外な人物に私は驚きを隠せない。

 いえ、王妃の私室に王が居るのはおかしいことではない。けれど、政務で忙しいはずのこんな時間に、人目を憚るようにしてまで女子供の集いに臨席するなど、到底この獅子王には有り得ない事だと思われた。

 ただお茶を楽しむ為に居るのではないことは明白だ。


 「貴女は皆に好かれるらしい。グリースから毎日貴女の話を聞くよ。アスワドも貴女に首ったけのようだし。夢想だにしなかったわ。あのアスワドがだぞ」

 パイオン王は愉快そうに笑った。

 でも、目が笑っていない。

 「植物にもさぞかし好かれるのであろう?見て来たのだよ。先日姫が手ずから植えたアルハイムの木々も、ずいぶんと成長していた」

 王の灰色の瞳に、狡猾な色が浮かぶ。獲物を捕らえた肉食獣のように。



 ―――王は、気付いているのかもしれない。



 アスワド王子の言葉が脳裏をよぎった。

 ああ。

 これは。


 唇を嚙む私に、王は頼むふりをして、命令を下した。



 「是非、その<ちから>を我が国の為に役立てて欲しい」



 血の味がした。

 (唇を嚙み切ってしまったのだわ………)

 私はぼんやりと、そんな事を考えていた。心の中で、アスワド王子に謝りながら。


 


 

 


 

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