第一日目(3) 作戦と対策
「さて、全員集まったね」
円卓の前の椅子に座った梗さんが、開会宣言代わりに言葉を発した。
「……ところで円卓に刺さってるこれは?」
「な、何でもない!」
梗さんの問いに、焦って津名さんは円卓からナイフを引き抜いて懐に仕舞うことで誤魔化す。梗さんは僕と津名さんを交互に見たが、ここでからかうのはやめてくれたらしい。そのまま議題を進める。
「全員集まったと言ってみたけど、千穂くんがいないな。お休みかい?」
不思議そうに梗さんが言った。たぶん僕がここにいる以上は、出てこないな。
「まあいいか。さっそく本題に入らせてもらおう」
大事な会員の安否をまあいいやで済ませる梗さんには驚きだけど、僕としてもそっちの方が楽なので助かった。
現在円卓の周りに集合しているのは梗さん、津名さん、優さん、有加さん、優さん、そして僕の五人だった。千穂は言うまでも無いし、恵野宮先生はまだ地下倉庫だろう。
「本題と言うのは、今まさに花園高校で起きている『神隠し』についてなんだよ!」
梗さんはまるで大スクープのように、その場の全員に発表する。しかし梗さんの言う『神隠し』の意味を理解しきれていないのか、反応はいまいちだった。ほとんどの人が梗さんを見て、「何をいきなり言い出すんだこの人は」という顔をしていた。
ここは事態を理解できる僕が「な、なんだってー!」と言うべきなのか?
「神隠しとは、どういう意味だ?」
僕が変なことで悩んでいると、津名さんが梗さんに質問した。
「花園高校で起きている、ということは、もしかして四月の事件を言っているのか?」
「そうそうその通り。津名くんはさすがに飲み込みが早いね」
ご満悦なのか、梗さんは猫のようにニンマリと笑った。猫のポジションは有加さんだろ。
「でも四月の事件が、どうして神隠しなんですか?」
こちらは優さん。当たり前の質問をした。そうだ、確かに事態を知らない人なら普通はそう思う。
「おそらく、梗っちは六年前にある地域で起きた神隠しを言ってるんやろな」
優さんの質問に答えたのは梗さんではなく、有加さんだった。どうやら、彼女は知っているらしい。霊媒師の母親を持っているだけのことはあるな。
「六年前、どこかの地域で六人の少女が失踪するという怪現象が起きたらしいねん。それは一ヶ月に一度起き、二月まで続いたとか。たぶん梗っちは、それを指してるんやろ」
「有加くんは知ってたみたいだね。神隠しのことは」
つまりこの場において、神隠しを知っている人間は僕と梗さんと有加さんということになる。逆に津名さんと優さんは知らない。
むしろ知らなくて当然だ。六年前のことなんだから、大抵の人は忘れている。
「四月の事件は、まさに六年前にある地域で起きたという神隠しと一致するんだよ。完全に一致さ! 六年前の神隠しは四月から始まったわけだし、たぶんこの調子だと今月も起きるな」
梗さんはどこか楽しそうに、神隠しを語る。まだこの人には、自分の命が危ないという実感が無いようだ
六年前にも、そんな人はいた。自分の危険は想像しておらず、神隠しという状況を楽しんでいた人が。その人は、結局死んだ。恐怖に顔を歪ませた、哀れな死体になっていた。
「……で、それを我々に伝えてどうする気だ? まさか、伝えるために集めたわけではあるまい。梗殿のことだ、何かを企んでいるのだろう?」
津名さんは、梗さんの腹を探るように訊いた。
「まあね。神隠しという状況はおもしろいけど、ボクはそれを楽しめるほど無粋な人間じゃない。ボクは、ボクたちの手で神隠しを封じてやろうと思っているのさ」
「封じる?」
梗さんの言葉に、僕は思わず反応した。封じる。彼女のその言葉に、少し驚いてしまった。だからこそ、僕は素で反応してしまった。
何故なら、神隠しを封じるという試みは、僕が六年前にやろうとしていたからだ。そして、ついに失敗したことだからだ。
だから僕は、六年前の神隠しがどうして終わったのか知らないし、分からない。
『うそつき』
声が聞こえた。
『本当は、知ってるくせに』
僕はひとまず、その声を黙殺した。どうせまた空耳だ。
「そうだよ恋華くん。自分の通う高校で神隠しなんて起きていたら気味が悪いだろう? だからいっそのこと、ボクたちで封じてしまうのさ」
「でも、どうやって?」
本題はそこだ。具体策が無いと、神隠しは封じれない。
「うーん。そこが問題なんだよね。ボクは何も思いつかなかったし」
梗さんは残念そうに肩を落した。体から力が抜けてしまう。おいおいと言いたくなる。まったくの無策なのか?
「でも、六年前は二月で終わっているよね。そこで、神隠しが封じられたんじゃないかな? だったら封じる手はあるよ」
優さんが、僕を励ましているつもりなのか強く言った。
「前例があるなら、今度も封じれるよ!」
「前例があるといっても、それをどうやって調べるのだ?」
津名さんは冷静に、優さんの希望的な言葉を打ち砕いた。議論が行き過ぎないためには、こういう役も必要だ。
津名さんの懸念を打ち破ったのは、意外なことに有加さんだった。
「それなら、ウチを頼ってくれればいいやろ。実はウチの母さんは六年前、神隠しを封じるためにその地域に行ったことがあるらしいねん。せやから神隠しには詳しいんや」
おお、有加さんが意外なところで役に立った。僕は彼女を完全に電波系のイタイ女の子だとしか思っていなかったけど、そういう情報は持っていたか。もしかしたら当事者の僕や千穂では気づけなかった事を知っているかもしれない。
思い出すように猫耳を触りながら、有加さんは神隠しの情報を挙げていく。
「母さんの話によると、六年前の神隠しの被害者は全部で六十五人らしいんよ。一ヶ月に六人の計算やったよ」
「待て、六十五人だと?」
しかし有加さんの言葉に引っかかりを覚えたのか、津名さんが声を上げた。
「神隠しは一ヶ月に一度起きて、一度に六人の少女が被害に遭ったのだったな。それでは、被害者の合計は六十六人になるはずだ。ひとり足りないぞ」
そうだ。津名さんの言う通りだ。単純計算なら、四月から二月の十一ヶ月×六人で六十六人のはずだ。
ところが実際は違う。
「実は六年前の神隠しには、ひとりだけ生存者がいたんだよ津名くん。奇跡的に助かった少女が、ひとりだけ」
「名前とか現在地とか、詳しい話は秘密にされてるんやけどね。でもウチが聞いた噂話では、生存者は男の子だって言ってたと思うんやけど……」
有加さんは首を捻った。少女だけが失踪する神隠しにおいて男の子がでてくるのはおかしな話だと思ったのか、有加さんは頭を振った後、発言を訂正する。
「まあ、それは無いわ。ともかく、神隠しには生存者がおって、それがカギやとウチは思うねん」
有加さんの言葉に、優さんは明るい口調で反応した。彼女が動くたび、三つ編みの尻尾が揺れる。
「じゃあ、その生存者とコンタクトが取れれば神隠しを封じることはできるかも!」
しかし優さんが思うほど、簡単じゃないだろう。そもそも生存者が出たのは奇跡的なもので、神隠しが終わったこととは関係が無いかもしれないのだ。
それに生存者が、何かを知っているとは限らない。
「それが簡単じゃない。ボクの得た情報によると、その子は神隠しに遭ったショックで、神隠しに遭った時のことを忘れてしまっているとか」
「そうか。世の中はうまく行かないな」
津名さんはあまり落胆の色を見せない。彼女は最初から、生存者が神隠しを封じるカギだと考えていなかったようだ。
それも当然で、生存者が何かを知っていたら神隠しは確実に種明かしがされるはずなのだ。種明かしがされないということは、言われるまでも無く生存者は何も知らなかったのだ。だから僕も津名さんと同じく、生存者をカギだとは考えていなかった。
「どちらにせよ、我々は七不思議同好会として神隠しを封じなければならないだろう。引き続き各自で情報を集めて、打開策を練るしかないな」
津名さんがうまく話をまとめた。でも津名さんが言うと、今まで軍事会議を行っていたように聞こえてしまう。
ある意味神隠しを封じるための、軍事会議ではあったんだろうけど。
『くすくす』
「…………?」
またしても、声が聞こえた。今度は、笑い声だった。
『手遅れになるよ』
それだけ言って、声はまた笑った。