第一日目(1) 6年前を知る人
「…………なんで僕がこんなことを」
「早く解放されたかったら、口よりも手を動かすんだな」
土日が明けて月曜日。放課後に、僕は何故か恵野宮先生の手伝いをさせられた。学校にある地下倉庫で、さっきから段ボール箱をあっちへこっちへと動かしていた。
学校の地下倉庫とは、文字通り学校の地下にある倉庫だ。理科準備室の隣に入り口があって、普段は人がまったく寄り付かない所となっている。ガラクタが段ボール箱に詰められて、それらが山積みにされている。おそらく文化祭などで使ったものを、捨てるのが勿体無いからというだけの理由で山積みにしておいたんだろう。
「それにしても、こんな倉庫あったんですね」
「俺が管理することになったんだ。しかし、何も入れる物がないがな」
まったく、つくづく運が悪い。それにこの作業、何をもって終わりとするのか分からないから精神的にもキツイ。せめて段ボールの香り最高! と言えれば良いんだけど、それはただの変態だと思う。
「……どうだ天川。神隠しが再び起きた感想は」
「…………はい?」
早く解放されたかったので口より手を動かしていたら、恵野宮先生が唐突に変な事を尋ねてきた。質問の真意を図りかねたけど、すぐに思い至る。
「えーっと、恵野宮先生って確か、ぼくと地元が同じでしたっけ?」
「ああ。だから六年前の神隠しも、全部知ってるんだ」
そういえばそうだったな。いつか聞いたことがあった。恵野宮先生は花園高校に勤務する前、僕と同じ地域に住んでいたんだった。
六年前の神隠しは知っていた。だからこそ、他の教師以上に今の状況を危惧しているのだろう。
「僕は何とも思ってませんよ。また起きたな、くらいで。神隠しで被害に遭うのは女の子だけですから、ぼくは関係ないです」
「そこまで割り切る奴も、普通はいないもんだがな。神隠しで被害に遭わなくても、知り合いが被害に遭って死んでしまう可能性だってあるんだぞ」
ふと、優さんの顔が浮かんだ。次に、金曜日に会った七不思議同好会のみんなが。
どうだろう。もし神隠しで優さんが死んだら、僕は悲しむだろうか。七不思議同好会のみんなはさて置くとして、優さんが死んだら少しは悲しむのか?
たぶん、悲しまない。事故や事件に巻き込まれたというのなら話は別だが、死因が神隠しというのなら、ぼくは悲しまないだろう。
神隠しの被害者に向ける悲しみは、六年前に使い切ってしまった。
「六年前の神隠しで幼馴染がふたりも死んでますから、今更ですよ」
今更もう誰が死んだって、悲しくない。
「恵野宮先生はどうですか?」
「俺は、怖いさ。自分は死なないだろうが、教え子が次々と死んでいくのは、怖い」
恵野宮先生は、言い切った。同じ神隠しを経験しているはずなのに、ここまで差ができるものだろうか。
あるいは、恵野宮先生は大人だからこそ、怖いのかもしれない。
「俺が花園高校に就職したのは、ちょうど神隠しが終わったくらいだったな。俺には娘がひとりいて、娘が神隠しに遭うのが怖くて戦々恐々だったんだ」
「それで、花園高校に転職すると同時に避難した、と?」
「そうだ。花園高校に転職が決まったものだから、妻と娘も一緒にここまで来たんだ。そうすれば神隠しに遭うことは無いと、安心してな」
「しかし世の中、うまく行かないもんですね。六年越しで神隠しが再開するとは」
僕は茶化しながら、言った。恵野宮先生は、始まってしまった神隠しに対して諦めているのか、ため息をつくばかりだった。
「でも、娘さんはたぶん大丈夫でしょうね。今回の神隠しは、花園高校生しか被害に遭わないみたいですし」
「そうとは限らないだろ。四月に神隠しに遭ったのが、偶然、全員花園高校生だっただけかもしれないぞ」
確かに、偶然かもしれない。でも神隠しをよく知る僕としては、今回の神隠しで被害に遭うのは花園高校生だけだという確信があった。確証は無かったけど、確信は持てた。
「天川、今回の神隠しはいつまで続くと思う?」
「僕には分かりませんよ。実際、何で六年前の神隠しが終わったのかも謎ですからね」
六年前の神隠しは、二月で終わったのだ。二月に五人を殺して、終わった。その五人の中には、あいつもいた。
「いろんな説がありますが、僕としてはどれも的外れだと思いますよ。案外、偶然の産物だったんでしょうね」
「俺たちは、二月が訪れるまで指を銜えて見ているしかないのか?」
「そうなります」
そこは断言した。
「神隠しなんてオカルト、僕たちには処理できませんよ。霊媒師とかが解決してくれるなら話は別ですけど」
有加さんの母親は霊媒師だとか言っていたけど、神隠しを解決してくれるだろうか? 六年前の神隠しも、何人か有名な霊媒師が出動したって聞いた。もしかしたら、その人たちの祈祷が通じて神隠しが終わったのかもしれない。
神隠しの話はあまりしたくないらしく、恵野宮先生は話題を変えた。
「ところで天川。早峰からの伝言だ」
「梗さんが?」
僕に伝言?
「同好会室に集合だとさ。至急、会員に話したいことがあるんだと」
「僕が会員になることは決定なんですね……」
「みたいだな。ほら、ここはもういいから行け」
「はいはい」
僕は運んでいた段ボール箱を床において、倉庫を出る。
『いくじなし』
「…………?」
僕の耳に、そんな言葉が飛び込んできた。どこかで聞いたことがあるような声だった。しかし高い声だったので、少なくとも恵野宮先生ではなかったんだろう。
「……どうした?」
「いや、何でもありません」
気のせいだったのか。僕は倉庫を後にした。