表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Re-play  作者: 蟲森晶
5/23

回想(1) 始まり

 「ねえ、はなくん。かくれんぼしようよ」

 学校から帰ってきてすぐに、僕にそう提案したのは杉下無垢という幼馴染だった。今日はワンピースにカーディガンを羽織った、春らしい格好をしていた。

 「くるみちゃんもちほちゃんも、もう公園で待ってるって。行こうよはなくん」

 「うん、わかった」

 僕と杉下無垢と井深千穂、それから中畑胡桃は小さい頃からの友達だった。いわゆる幼馴染で、その日も学校から帰ってすぐ、一緒に遊ぶことになった。

 ちなみに無垢は、僕のことを『はなくん』なんて呼んだ。千穂と胡桃は僕を下の名前で呼んでいたけど、僕は女の子みたいな自分の名前が嫌だった。それを知ってか、無垢だけが僕を『はなくん』と呼んだ。

 結局女の子みたいだけど。

 僕は二歳年下の妹を連れて、無垢と一緒に公園へと向かった。何故かこの日に公園へ行く途中で交わした無垢との会話を、僕ははっきりと覚えていた。この日に限らず、無垢との会話は何故か頭に残った。千穂や胡桃と交わした会話は、ぜんぜん残らないのに。

 「今日もお姉ちゃんは、習い事なの」

 不意に、無垢はそう言った。その口調には、どこか非難に似た色を含んでいた。

 「お父さんはお仕事で、お母さんはお姉ちゃんと一緒にいる。だから今日も、わたしはひとりなの」

 無垢には、双子の姉がいた。僕はその姿をほとんど見たことが無いので覚えていないけど、双子というからには似ていたんだろう。

 無垢の姉は、習い事で忙しかった。だから幼馴染の僕も、無垢の姉をほとんど知らない。無垢は姉の習い事について、アイドルになるための習い事だと言っていた。当時の僕には要領の得ない話で、無垢自身も姉が何の習い事をしているか定かじゃなかったんだろう。今思い返せば、無垢の姉はアイドルになるための稽古をしてたんだと思う。ダンスをしたり、歌の練習をしたりしたんだろう。

 無垢はそのせいで、いつもひとりだった。だからいつも、しきりに遊びたがっていた。僕や千穂、胡桃といる時間だけが、無垢にとって、ひとりじゃない時間だった。

 「じゃあ、家には誰もいないよね?」

 「うん。お父さんもお母さんもお姉ちゃんも、わたしが寝る頃に帰ってくるよ」

 無垢は、ひとりだった。

 「ご飯はどうするの? 今日も、お弁当?」

 「…………うん」

 無垢は頷いた。お弁当というのは、無垢の母親が無垢に用意した夕食のことで、スーパーに売っている弁当のことだ。無垢の姉に付き添うので忙しい母親は、毎日スーパーで買った弁当を無垢の夕食にしていた。

 無垢はその弁当が嫌いなようだった。それは、無垢の反応から伺えた。

 「食べたくない、あんなの」

 「…………」

 僕は、ただ黙るしかなかった。

 そんな重苦しい会話をしながら、僕と無垢と僕の妹は公園に到着した。僕の住んでいた所にあった公園は随分と寂れていて、遊具といえば鉄棒があるだけだった。他の遊具は何も無い。滑り台ですら存在しなかった。たぶん、遊具の中で最も単純な造りの鉄棒だけが老朽化に耐えて残ったんだろう。

 無垢の言った通り、公園には既に千穂と胡桃がいた。僕たち五人は、早速かくれんぼを始めた。

 じゃんけんの結果、最初に鬼になったのは胡桃だった。胡桃が二十を数えている間、僕たちは思い思いの場所に隠れる。遊具が鉄棒しかない公園では、隠れる場所など僅かしかない。僕は公園内に植えられていた大きな桜の木の裏に隠れた。花はまだ散っておらず、木は淡いピンク色に滲んでいた。

 「じゃ、探すよー!」

 数え終わった胡桃が、僕たちを探し出す。いったい、他の三人はどこに隠れたのだろうか。僕は胡桃の様子を見るついでに確かめてみようと、顔を少し出した。

 「はなくん、こっちこっち」

 「え?」

 その時、上から声が聞こえた。僕が桜の木を見上げると、上から何か落ちてきて肩に乗っかった。よく見ると、それは毛虫だった。

 「うわあああ!」

 毛虫が苦手というわけじゃないけど、突然出てきたので驚いた。僕は情けない悲鳴を上げて、その場に尻餅をついてしまった。

 「あ、恋華見っけ! それと無垢も」

 そのせいで、僕はあえなく胡桃に見つかった。桜の木の上にいた、無垢も同時に見つかる。

 「そんなところに…………」

 無垢は身軽で、よく木に登って遊んだりしていた。だから予想外ではなかったけど、毛虫を投げつけられるのは予想外だった。

 その後すぐに、僕の妹も千穂も見つかってしまった。

 「次の鬼ははなくんね!」

 一番最初に見つかった僕が鬼になって、次のかくれんぼが始まった。僕は二十を数え始める。

 「三十九、四十…………って、あれ?」

 しかし間違えたのか、うっかり僕は四十も数えてしまった。誰か止めてくれればいいのに、薄情なことに誰も止めなかった。

 「じゃ、じゃあ探すよ」

 僕は気を取り直して、四人を探す。

 最初に見つけたのは、僕の妹だった。僕の妹は、さっき僕が隠れていた桜の木の下に隠れていた。

 次に見つけたのは無垢だった。僕が確認のため桜の木を見上げると、そこに無垢はいた。今回は、毛虫を投げつけてこなかった。

 最後に見つけたのは千穂だった。千穂は公園の門の裏に隠れていた。僕は三人を見つけて、残る胡桃を探す。

 「…………あれ?」

 しかし僕には胡桃を見つけることができなかった。どうしても、胡桃だけが見つからなかった。

 そして僕は胡桃を、一週間後に見つけることとなった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ