第零日目(4) 霊感
神隠し。梗さんは四月に起きたあの事件を、そう呼んだ。
さすが七不思議同好会の会長。六年前の神隠しを、どうやら彼女は知っていたらしい。そうでなければ、あんな台詞は言えない。
梗さんからすれば、あの場を和ませるための冗談だったんだろう。しかし六年前の神隠しを知っている僕にとっては、少々ブラックが過ぎるユーモアだ。
四月の事件。花園高校ではそんな遠まわしな表現で言われるその事件が、全員を不安がらせている。先生方も警戒しているらしく、だからこそ恵野宮先生は早々に僕たちを帰したのだった。
もう気づいている人が大半だろうけど、四月の事件とは神隠しのことだ。
六年の空白を置いて、再開された神隠しだ。
始まりは例によって例のごとく月曜日。花園高校に通うひとりの女子生徒が失踪した。すぐに警察が動いて近辺を捜査したが、失踪した女子生徒は出てこなかった。
そして火曜日、またしても花園高校の女子生徒が失踪した。
後は言わなくても分かるだろう。そういった具合で土曜日までに、六人の花園高校生が失踪した。無論全員が女子生徒。
僕は水曜日の時点で、もしかしたらと思っていた。またしても、神隠しが始まったのだと思い至った。
日曜日、失踪した六人が哀れな死体となって花園高校の運動場に捨てられていたことが、事件を決定的なものとした。
神隠しが起きたと、確定した。
しかし実際に、六年前の神隠しと四月の事件を結び付けられた人は少ないだろう。何せ六年も前の話だ。それこそ梗さんのようなオカルト好きな人か、僕や千穂のような神隠しの当事者でない限り、思いつかない。
そんな事件が四月に起きたため、花園高校生は非常に警戒している。特に女子生徒は、狙われないようにと細心の注意を払っている。とはいえ本気で警戒している人は少ないようだ。まさか自分が狙われるなど、そんなことを思う人は少ない。
その油断が、六年前は結果として神隠しを呼び寄せたのかもしれない。少なくとも、僕よりは合理的な原因だ。
「いやあ、ほんまに助かるわぁ。あんな事件があった後だと、ひとりで帰るんも心細くて」
僕は予定通り、有加さんと下校していた。正確には、有加さんの付き添い。花園高校から離れるということは、即ち寮から離れるということで、僕は帰るべき場所から遠ざかっていることになる。
歩いていたのは花園高校から見て南側で、閑静な住宅街となっている。どの家も立派で、一般家庭の住宅では無さそうだ。そこそこセレブリティーな家族が住んでいるものと思われた。こっちの方へ来たってことは、当然有加さんの家もこの辺のはずだ。
一緒に歩いて、数十分くらいが経過した。僕は思い切って、確認したい事をぶつけた。
「ところで有加さんは、霊感があるんだったよね」
「そうやな。真偽はともかく、ウチには霊感があるんよ」
本人にも真偽が定かじゃないのか? ともかく。
「……さっき同好会室で、僕の背後に不穏な霊気が見えるって言ってたよね? 結局、それって何?」
「なるほど。気にするということは、心当たりがあるんよね?」
「えっ……?」
急に真面目そうな口調になって、有加さんは言った。そして僕は分かりやすく、有加さんの言葉に戸惑ってしまった。それはポーカーフェイスとは程遠く、図星と言っているようなものだった。そして実際に、有加さんの言葉は図星だった。
「教えてくれる? 僕の後ろにある不穏な霊気って、何のこと?」
「……小学生くらいの女の子」
有加さんからそう言われた瞬間、僕の体が硬直する。全身が緊張した。清清しいとは正反対の汗が、額をすぐに濡らした。汗は次第に体中からあふれ出て、寒気がしてきた。
有加さんは僕の少し後ろを見ている。
「たぶんやけど、そんな風に見えるなぁ。しかもウチの霊感が正しかったら、その子の霊気が今、花園高校中に満ちている気がするねん。それが原因で、学校中の霊気が乱れてるとちゃうか?」
「……いや、そんなこと言われても」
だから僕にどうしろと。そもそも有加さんの霊感は、自身でも真偽の程が確かじゃないんだろ?
有加さんは一転、軽い口調に戻る。
「それがどうかしたん? 恋華っち、あまり幽霊とか気にするタイプには見えんけど」
「いや、何でもないんだ」
真偽の程はともかく、僕の確認したいことは確認できた。それだけで充分だ。
「それよりさ、どうして有加さんは猫耳なんてつけてるんだ?」
「え、これ?」
話がこれ以上深みに嵌る前に、適当な話題に変えた。目についたのが猫耳だったので、つい猫耳の話題をふってしまった。有加さんは猫耳を触る。
「これは猫耳型のゴーストレーダーなんよ。鬼太郎の髪の毛みたいなものやな。これがあると、霊気を感じ取りやすくなるってテレビの通販で言ってたから買ってみたんや」
「テレビの通販だったの?」
それにしても、よくそんな胡散臭いもの買ったな! なまじ霊感があるせいで、そんな分かりやすい詐欺に引っかかったのか。
「中学時代に買ったんやけど、これが意外と高性能なんよ。見たくないものまでばっちり見えるんや」
「じゃあ外せばいいのに……」
見たくないものまで見る必要はあったのか?
「霊感があるってことは、それが理由で七不思議同好会に?」
「そうや。梗っちにスカウトされて入ったんや。どうにも、津名っちはウチの霊感を信じてないみたいやけどな」
「そりゃ、本人ですら真偽が分からない霊感を信じるなんて無理だろ」
それに津名さん、幽霊とか信じなさそうな性格だからな。
僕たちはさらに歩いて、住宅街の奥へと進んでいく。だんだん、周りにある住宅が少なくなってきた。
…………いや、そうじゃない。周りの住宅が少なくなってきたのではない。住宅に付属する庭が、だんだん広くなってきているのか。だから住宅同士の間隔が広がって、住宅が少なくなってきたように見えたんだ。
さらに奥へ進むと、塀のデザインが少しずつ日本家屋風になっていく。有加さんはそこで足を止めて、こちらを振り返った。
「もうそろそろ着くな。ほんじゃ、おおきにな恋華っち」
「ここまででいいのか?」
別に僕としてはここで別れても名残惜しくないけど、ちゃんと送り届けた方がいいと思ったのだ。有加さんの家はこの辺らしいけど、僕と別れた隙に失踪でもされたら冗談にならない。少しだけ、不安だった。
「もう目と鼻の先やから、心配せんでも大丈夫や。それに恋華っちが家に近づいたら、きっと問題があるやろうし」
「問題?」
軽く傷つく事を言われた気がしたが、有加さんの視線が僕の向こう側へ移っているのを見て、気がつく。
おそらく、僕の背後にあるらしい不穏な霊感の事を言っているのだろう。真偽は相変わらず定かじゃないけど、霊媒師である有加さんの母親に見つかったら、それこそ問題だ。お祓いとかをされてしまうと、帰りが遅くなる。冬場でもないから日が暮れるのは遅くないけど、僕も一応は安全のために早く帰るべきだ。
「そうだね。じゃあ、これで僕は帰るよ」
「ほな、さいなら」
僕と有加さんは別れて、背中合わせに歩き始めた。結局、確かめたものの意味が分からない謎を胸中に抱えて、僕は寮へと急いだ。