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Re-play  作者: 蟲森晶
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第零日目(2) 七不思議同好会

 ここでひとつ、僕や優さんの通う学校についてレクチャーしよう。みんな、清聴するように。

 僕たちの通う高校は、花園高校という。入学前に少し調べた情報によると、五年くらい前まで花園女学院という女子高だったらしい。そのせいか、在校生・教職員共に女性の率が少し高い。たぶんこれから、この男女比は均されていくんだろう。

 ついでの話だけど、恵野宮先生は五年前にこの高校へ就職したと言っていた。つまり共学になる年の話。たぶん、共学化に備えて確保された人員だったんだろう。

 各学年十クラス。一クラスの人数が三十人程度だから、全校生徒は九百人くらいか。僕は高校の相場を知らないから、この数値を見て花園高校が高校の中で大きいのか小さいのかは分からない。ただ勝手な予想を述べるなら、大きい部類だろう。

 花園女学院時代は名門だったらしく、花園高校自体も名門としてある程度は有名だ。そのため遠方からわざわざ来ている生徒もいる。そんな生徒の負担を軽減するため、花園高校は共学化に伴って寮を近くに建設した。僕も遠方からの生徒に含まれるので、寮は活用させてもらっている。

 以上が、簡単な花園高校の説明。まあ、要するに歴史ある名門校というところか。共学になってからも優秀な人材を多く輩出しているみたいだ。

 どうりで花園高校を志望校にした時、中学時代の担任が難色を示したわけだ。僕がこれらの情報を得たのは入学直前、つまりもう合格した後のことだったので驚いた。

 いやー、だから花園高校を合格圏内に収めるのに苦労したんだ。僕がここを選んだのはちょっとした理由だから、入学直前まで高校について深く情報収集しようとも思わなかった。

 ああ、でも、従兄弟が口うるさく言っていたから、花園高校について何の前情報も入れずに入試を受けたわけじゃない。もし何の前情報も入れずに受けていたら、面接で弾かれてた。面接は推薦入試だけだと思っていたものだから、あの時は焦った。

 結果、従兄弟が言っていた情報を何とか思い出しつつ、当たり障りの無いことを言って誤魔化したのだった。そんな奴が入学できてしまうんだから、面接の意味が無い。

 「わたしたちが今から行くのは、七不思議同好会だよ」

 「恵野宮先生が顧問をしている同好会か」

 鍵を職員室に返しに行って、ついでに鍵の保管場所を確認した後、優さんは言った。というか僕、優さんがどの同好会を紹介するかも知らなかった。

 「活動場所は、元々オカルト研究部が使っていた部室だよ」

 僕たちが向かっているのは、俗に花園高校で部室棟と呼ばれる建物だった。五階建てで、たくさんの文科系部活・同好会の活動スペースとなっている。階段を登りながら、僕は同好会についてレクチャーを受けた。

 それより、さっき優さんが聞き捨てなら無い事を言っていた気が……。

 「元々オカルト研究部が使っていた? オカルト研究部はどうなったんだ?」

 「潰れちゃった」

 「潰れちゃった?」

 「潰されちゃった」

 「潰されちゃっただと!」

 やばいってそれ。潰れたのならまだ分かるけど、潰されちゃったのは理解できないって。誰に潰されちゃったのさ!

 「まさかオカルト現象の調査中に部員が全滅したとか?」

 「ううん。今の七不思議同好会の副会長が襲撃して潰しちゃった」

 「駄目だろ!」

 せめてオカルト絡みで潰れさせてやれ。それならオカルト研究部も本望だろう。

 「聞いた話だとね、七不思議同好会が認可されるにあたって活動スペースが無くて、それでオカルト研究部を襲撃したとか」

 「ああ、オカルト研究部と七不思議同好会って似てそうだからね」

 じゃあオカルト研究部無くても良いのか。全部丸く収まる。

 「オカルト研究部が襲撃された理由は良いとして、襲撃しちゃった副会長がいるだろう場所に今から僕たちは行くんだよね?」

 「うん、そうだよ」

 行きたくないな。僕の命日は今日じゃないはずだ。

 ここで死んでたまるか!

 僕の気迫が伝わったのか、優さんは慌てて補足する。

 「大丈夫だって恋華君! 副会長は真面目で大人しい人だから、滅多な事では刀を抜かないから」

 「滅多な事があったら抜けるってことは、いつも帯刀しているってことだよな!」

 「模造刀だから安心して! その気になれば紙が切れるくらいの切れ味しかないって副会長は言ってたよ」

 「紙が切れるくらいの刃物性は残ってるのか!」

 「本気になったら首くらいは切り落とせる切れ味らしいけど……」

 「介錯ができるのか!」

 そんな情報要らなかったな! 聞いて損する情報なら聞きたくない!

 ごたごたと言い合っている間に、少しずつ階段を登っていた。最上階に到着して、もう目の前に『七不思議同好会』とポップなプレートが掲げられた扉が近づいている。僕の内心と温度差の大きすぎる暢気なプレートを見て、死の宣告を受けている気分になった。あるいはデモンズウォールとの戦闘を思い出す。

 「さ、入って」

 「………………」

 結局、優さんに言われるがまま扉に手をかけた。あの優さんが勧めるんだから間違いは無い。最終的にそう判断して、死地への扉を開くことにした。

 「し、失礼します……」

 勇気を振り絞って扉を開くと、僕の視界に飛び込んできたのは金と銀の煌きだった。

 「……は?」

 直後、僕の首筋に冷たい物が触れる。ついで僕の視界に飛び込んだのは、青色の光だった。

 「…………人違いか」

 声が聞こえた。金属のようにひんやりとした声が、僕の耳を駆け抜けた。その瞬間、やっと僕は周囲の状況を脳内で処理することができた。

 やっと成果を挙げた僕の両目が捉えたのは、青色の瞳だった。

 「うわあああ!」

 遅れて体がリアクションを取る。純粋な驚きが、僕の体内を巡った。

 僕の目の前に、人がいた。平均よりも白い肌と、青い目。そして金色の髪の毛が、順に僕の脳内で処理される。そして最後に、首筋に当てられた冷たい物を識別する。

 どうやら僕は、首筋にナイフを当てられていたようだ。しかも鋭く無骨なアーミーナイフ。

 軽く命の危機だったようだ。

 「…………」

 どうしよう、この状況。もしかして僕は、慰謝料が取れるんじゃないか?

 「すまなかったな」

 またしてもひんやりとした声が、鼓膜を揺らした。そこで僕は初めて、僕にナイフを向けた人の顔が相当近くにあることに気づいた。恋人同士ならキスでもしかねない距離だ。

 実際にこの人、女子だし。

 「最近、やけに元オカルト研究部の奴がこの辺をうろついてるんだ。てっきり、そいつらが入ってきたと思ってしまった」

 「は、はあ」

 「紹介するね恋華君、副会長だよ」

 紹介されなくても予想がつきます優さん。今までの話を統括して、こんな行為に及ぶ人は同好会の副会長しかいない。

 むしろ副会長であってほしい。この人が副会長じゃないと言われてしまうと、僕はもうひとり同じような人を相手取らないといけなくなる。

 出てきた人が副会長で良かった。良くない気もするけど。

 副会長はパイプ椅子に腰掛けながら、僕にもう一度詫びの言葉を発した。

 「重ね重ねすまなかったな。七不思議同好会は女子しかいない同好会だから、たとえ軟弱オカルト研究部であっても多人数で攻め込まれると厳しい。故に、あのような先制攻撃を仕掛けてしまった」

 「女子しかいない?」

 副会長はとても高校生とは思えない事を口走っていたけど、僕が気になったのは同好会についてだ。

 この副会長、会員が女子しかいないと言っていたぞ。

 そこで改めて、というか初めて僕は七不思議同好会の同好会室を見渡した。部屋は思っていた以上に広く、教室くらいの大きさがある。僕や副会長が立っている入り口の近くには円卓が置いてあり、パイプ椅子が七つほど、円卓に合わせてぐるりと置かれていた。部屋の奥には電源が入っていないブラウン管のテレビとちゃぶ台があり、そのスペースには絨毯が敷かれている。廊下と接する部屋の壁には本棚が設置され、本棚は地震対策なのか、ちゃんと金具で壁に固定されている。窓は開け放たれていて、青空が見える。窓の付近には、赤塗りの鞘に納められた刀(!)が立て掛けられている。

 ……帯刀はしてなかったみたいだな。

 そして会員のひとりがパイプ椅子に腰掛けていて、もうひとりはちゃぶ台の上に置かれたハノイの塔を一生懸命弄くっている。どちらも女子生徒であることから、副会長の言葉を理解した。

 「おお、男子の入会希望者? 優くんナイス!」

 騒ぎにやっと気づいたのか(遅い)、パイプ椅子に座っていた女子生徒が顔を上げて状況を確認し、右手の親指をぐっと立ててこちらに向ける。

 一瞬意味が分からなかったけど、その人の言葉から推測して、僕の後ろにいる優さんに向けて行われた動作のようだ。

 その女子生徒は全体的にボーイッシュな感じを漂わせている。髪は短くて黒く、目は大きい。どことなく、人懐っこい表情を浮かべている。おそらく背は僕より高いのだろう。スラリとしたスタイルの良さは、椅子に座っていても伝わった。

 「部屋を間違えたんと違うん? この部屋に用があるなんて、会員か元オカルト研究部か変人くらいやろ?」

 そしてやっと、ハノイの塔を弄くっていた女子生徒が気づいたのか(遅すぎる)こちらを見る。俯いてハノイの塔を弄くっていたせいでさっきは気づかなかったけど、その女子生徒は猫耳をつけていた。猫耳の上に、関西弁。キャラというファンデーションを塗りすぎじゃないか?

 猫耳少女の身長はだいぶ低そうで、体格も小柄だ。動きも何となく、猫みたいだ。

 「ああ、なるほど。副会長さんの言うとおり、女子しかいないな」

 「さ、入って入って!」

 後ろにいた優さんに押されて、僕はその人外魔境に足を踏み入れてしまった。すごい今、帰りたい。男子が僕ひとりという誰もが羨むハーレム状態だけど、今すぐ帰りたい!

 そしてどうやら優さん、ここの部員みたいだ。説明はされていないけど、今までの話の流れでそうとしか考えられない。そして優さんに、ひとつ言いたい。

 これ同好会の紹介じゃない。勧誘だよ。

 ボーイッシュな人は僕に笑顔を向ける。

 「どうしたんだい少年? 顔色が悪いぞ」

 「どうやら魔境の空気は常人には耐えることができないようです」

 エスタークを掘り当てそうな空気だ。あ、僕の言葉が理解できない人はドラクエⅣをやろう!

 「そうか、まあ座るんだ少年」

 手近な椅子を勧められてしまった。たぶん座ったら最後、入会の契約書を書くまで帰してもらえないだろう。全員が女子だから頑張れば何とか脱出できるかもしれないけど、その場合は副会長を倒さなければならないだろう。つまり女子四人を相手取って脱出不可能。少し男子として情けなく思う。

 「そういえば副会長、眼帯はどうしたんですか?」

 優さんが話のついでとばかりに、副会長に尋ねる。話の流れからして、どうやら副会長は普段から眼帯を装着しているようだ。しかし眼帯は本来、まぶたなどを怪我した時に装着するよな。副会長はどうみても、眼帯を必要とする怪我を負っていないように見える。そもそもさっき超近距離で副会長の顔を観察したけど、怪我らしい怪我はなかった。

 「眼帯か。本気を出すために外した」

 本気で僕を殺す気だったのか。模造刀を抜かずに本物のアーミーナイフで攻撃してきたから、察しはついていたけど。

 「それにしても危ないですよ副会長。恋華君に本気で襲い掛かるなんて。しかもナイフで」

 優さんが至極真面目な事を言っているが、本当に真面目な会話ならまずナイフなんて単語は出てこないはずだ。

 「偶然、手入れをしようとして出していたんだ。いつもなら刀で応戦している」

 さも当然のように言ってますけど、副会長さん、校内でナイフの手入れなんてしようとしないでくださいね。冗談じゃ済みませんよ。

 副会長は眼帯を左目に装着する。うん、この部屋の人外魔境っぷりがワンランク上昇した。

 「ところで会長、千穂ちゃんはまだ来ていないんですか?」

 「うん、今日は珍しく遅いね」

 優さんの言葉に、パイプ椅子に座っていた女子生徒が答える。あ、このボーイッシュな人が会長なんだ。

 しかもまだ、七不思議同好会にはメンバーがいるらしい。これ以上増えられても、僕は困るだけだ。せめて優さん並みの一般常識を持ち合わせた人でありますように。

 「じゃあ、この同好会のメンバーは五人ですか」

 「そうさ。全員女子だから、男手が足りなくて困ってたんだよ」

 会長さんは朗らかに答える。おや、僕が入会するのは既に決定なんですか? どうせこの学校の校則で一年生はどこかに所属しないといけないので、十中八九このまま入会してしまうんだろうけど、何をやっているのかくらい先に聞きたい。

 「えーっと、七不思議同好会は何をしている同好会なんですか?」

 「基本的にオカルト研究部みたいなものさ。花園高校を中心とする地域で噂になるオカルト現象を研究する同好会なんだよ。でも、普段は七不思議がメインだね」

 「七不思議?」

 「その話は、後で説明すればいい。……千穂殿がもうじき来るぞ」

 僕の疑問は、副会長の言葉に遮られた。副会長は部屋の扉を見つめている。何の気配を感じたのか知らないが、どうやら七不思議同好会の五人目、千穂という人が来るらしい。

 副会長の宣言通り、すぐに扉は開かれた。現れたのは、茶髪にリボンを着けた女子生徒。身長は優さんくらいで、かなり細身だ。

 「あ、千穂ちゃん」

 「…………あ」

 優さんがそう反応すると同時に、僕の口から声が漏れてしまった。

 「え…………?」

 あちらも気づいたのか、僕の顔を見る。千穂と呼ばれた女子生徒の表情は、すぐに恐怖でくしゃくしゃになる。一方の僕は、動けない。

 突然すぎて。

 「な、なんで?」

 しまった。僕が迂闊だった。

 千穂という名前を聞いたとき、少しは可能性に思い至るべきだった。僕の、かつての幼馴染だと、気づくべきだった。

 しかし全てはもう手遅れで、僕たちは最悪の再会をしていた。

 「嫌ああああああああ!」

 叫んだ。千穂は、絶叫のお手本ができそうなくらいの叫びを上げて、体を百八十度方向転換して来た道を戻る。

 まるで見てはいけない物でも見たような、迷いの無い逃走だった。部屋にいた全員が、千穂を止めることができなかった。

 「え、ちょっと! 千穂ちゃん!」

 少しして、我に返った優さんが千穂の後を追う。でもたぶん、追いつけないだろう。追いつくには、既に距離が開きすぎている。

 「…………あーあ」

 僕はどうすることもできず、ただ椅子に座っているしかなかった。


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