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Re-play  作者: 蟲森晶
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第零日目(1) きっかけ

 ゴールデンウィークが明けた金曜日。明日からまた休みなのに関わらず、高校生の義務として僕は真面目に登校した。各所から「明日からまた休みなら、今日も休みにすれば良いのに」という旨の声が聞こえてくる。しかし休日ではないとあっては仕方が無く、ずる休みを働く生徒はおらず、全員が観念したのか僕の所属する一年三組は欠席者がいなかった。逆に今日欠席した生徒は、たとえどんな理由であっても『ずる休み』のレッテルを貼られるだろう。

 僕は今日、実は休んでしまおうかと画策していたのだけど、さすがにそんなレッテルは貼られたくないので登校した。まだ入学してから一ヶ月しか経っていないのだ。早速先生方の心証を悪くする意味は無い。

 中学時代は不真面目とよく言われたので、高校では少し真面目にならないとね。

 「また明日から休みだ。先月に大変な事件があったばかりだから、特に女子は気をつけろよ」

 教室の前では、担任の恵野宮大河先生が話をしている。かなりがっちりした体格の持ち主で、身長は百八十センチ以上あるんじゃないかってくらいの巨漢だ。

 今は帰りのホームルーム中で、恵野宮先生は普段にしては珍しく長々と話をしている。ちなみに恵野宮先生、担当教科は体育。僕は運動部じゃないどころが部活に所属していないから詳しくないけど、確か七不思議同好会とかいう意味不明な同好会の顧問をしていたはずだ。僕のイメージとしては、先生は空手部の顧問っぽいのに。

 しかし僕のイメージもあながち外れではない。恵野宮先生は学生時代、全国でもトップクラスの空手家だったのだとか。恵野宮先生が話す武勇伝によると、調子に乗ってこの学校まで乗り込んできた暴走族を二十名ほど、ちぎっては投げちぎっては投げしたことがあるらしい。……投げるのって、柔道だよな?

 ともかく、強いのは十分伝わる武勇伝なのは確かだ。この学校でも、用心棒みたいな存在だと認識されている。

 「……まあ、あんな事件がそうそう起きるとは思わないけどな」

 恵野宮先生は、少しだけ声のトーンを落とした。

 あんな事件。その話題になると、途端に教室中の空気が重くなった。よく『お通夜みたいな空気』なんて例えがあるけど、まさに今がその空気だった。お通夜みたいとしか言いようの無い、鈍く重い空気だ。

 あんな事件とは、先月に起きた事件を指している。詳しくは今話すべきではないだろうし、僕は当事者でない事件を語るのが嫌いなので、語るべきときが来たら嫌々話すとしよう。だから今は、適当に流した。

 男子の僕には関係ない事件でもあるのだ。話さないに越したことは無い。

 「それじゃあ、月曜日に会おう。みんな、元気でな」

 その言葉を締めにして、帰りのホームルームが終わった。みんなで机を下げて、掃除をする。今週の掃除当番は僕も含まれているはずだから、適当に掃除を終わらせて帰るとしよう。今週の掃除当番とは言ったものの、今日が金曜日だから掃除当番も一日だけ。僕にしては珍しくラッキーだな。僕の運の悪さは冗談にならないレベルだから。

 掃除当番としての責務を終えた頃には、教室に残っている生徒は僕を含めて五人くらいだった。掃除中にみんな部活にいったり下校したりしたんだろう。用事も無いのに、学校に残る理由も無い。

 掃除も終わったことだし、僕も帰るとするか……。

 「あ、天川くん。少し手伝ってくださいな」

 「え?」

 突然、声をかけられた。教室の入り口を見ると、そこには毎週一時間はある家庭科を担当する宮崎先生がいた。四十代くらいのおばちゃんで、見るからに「主婦してます」という外見の先生だ。

 「あの、手伝うって何を……」

 「部活で使う材料の下準備です」

 朗らかに答える宮崎先生。この先生は料理研究部の顧問で、先生の言葉を要約するとつまり部活でローストビーフを作るからその下準備を手伝えということだった。そんなことなら部員を使えよというのが僕の本音であり、実際にそれをぶつけると「部員より天川くんの方が便利ですからね」と、まるで同じ会社のパソコンを買うなら最新機種の方が良いよね的な言われ方をしてしまった。

 そこまではっきり言われると僕も断るに断れなくなり、結局手伝う羽目になってしまった。

 何で宮崎先生が僕を使いたがるのかと言うと、単純に僕は料理が得意だからだ。父親の妹、つまり叔母さんが旅館を営んでいて、僕はそこでみっちりと料理を修業させられたのだ。

 「きっと男子も料理をしないといけない時代が来るからね!」というのが叔母さんの言い分であり、事実そんな時代がもう来ていることを考えると、叔母さんには先見の明があるのかもしれない。

 そして入学してから何回目かの家庭科の授業で調理実習が行われ、僕のスキルが宮崎先生に露呈してしまった次第である。それ以来、僕はけっこうな頻度で料理研究部の部活動や調理実習の下準備を手伝わされる。

 たまに思うのだけど、もしかして料理研究部ってそんなに料理できる奴いないのか? そうでないなら、僕に手伝わせる理由が皆無だろう。

 何度か料理研究部へのお誘いを宮崎先生から受けたけど、僕は一匹狼(笑)がポリシーなので丁重にお断りをした。逆にお断りしたせいで、宮崎先生の手伝いを断りづらくなっている部分があるけど。

 下準備はあくまで下準備。そんなに時間はかからず、僕は解放された。拘束を解かれたと言いたいくらい、見事に清清しく解放された。翻って言えばそれくらい、下準備中の先生の拘束が凄まじいということだ。

 手伝いも終わり、僕は今度こそ帰るために一年三組の教室へと急ぐ。とくに急がないといけない理由も無いけど、だから急いではいけないということもないはずだ。

 一年三組の教室に辿り着く。もう教室には誰もいないのか、廊下から遠巻きに見る教室はほのかに暗い。僕は教室の中に入ろうと扉を開く……が。

 「なんと!」

 気のせいだ。そんなはずがない。まさか教室に鍵がかかっているなんてことが……。そんな分かりやすく運の悪いイベントが…………。

 「開かない」

 扉が開かない。いや、断じて鍵が掛かっているせいじゃないだろう。うんそうだ、鍵が掛かっているはずが無いんだ!

 「……もしかして、本当に鍵が掛かっている?」

 どうやら本当に、鍵が掛かっているらしかった。教室は誰もいなくなったら学級長が鍵を掛ける決まりになっているから、たぶん全員が帰ったものと思い込んで学級長が鍵を掛けてしまったのだろう。僕の鞄は机の横に掛かっているから、教室の外から見ると何もないように見える。だから学級長が勘違いして鍵を掛けたのかもしれない。

 ある意味自業自得だな。

 どうする僕! さいごのかぎでも持っているなら話は別だぞ!

 「持っているんだなそれが!」

 いつか従兄弟から貰ったキャンペーン限定品のストラップをな!

 しかし当然、さいごのかぎで教室の扉が開くはずもない。ブレザーのポケットから携帯電話についたストラップをとりだしてみたけど、そもそもこんな鍵、どうやって錠前に差し込むんだよ。

 どうしよう。本格的にどうしよう。……どうするも教室の鍵を入手するしかないのだけど、僕は教室の鍵がどこにあるか知らないぞ。でも、職員室に行けば問題は解決か?

 「気は進まないけど、職員室に行くしかないか……」

 恵野宮先生にまた笑われそうだ。僕の運の悪さは、恵野宮先生のツボだからなあ。

 最悪荷物を置いて帰るという手段が残されているけど、それをすると今日言い渡された課題を放置することになる。特に社会の先生は課題の提出に厳しい人だから、こんなくだらない事で課題を諦めたくないな。

 「あれ、恋華君? どうしてここにいるの?」

 不意に後ろで、僕を呼ぶ声が聞こえた。透き通る高い声。振り返ると、そこには天からの助けがいた。

 ちなみに、恋華とは僕の名前だ。宮崎先生の台詞も合わせて考えていただければ、僕のフルネームが天川恋華だとお分かりだろう。女みたいな名前だけど、僕は男だ。

 「優さんこそ、何でここに?」

 僕の後ろにいたのは、学級長の星花優さんだった。黒くて長い髪を三つ編みポニーテールにしてメガネをかけた、ザ・学級長と言える外見の女子生徒だ。身長は僕より僅かに低いくらい。僕の身長が百六十五センチだから、優さんは百六十センチくらいか。

 何にせよ、助けが舞い降りた。今なら地に頭を擦り付けて感謝の意を表し、供物として生きた羊を捧げることも辞さない。

 「助かったよ優さん。教室に鍵が掛かってて、荷物が出せなかったんだ」

 「え、恋華君の荷物がまだあったの? ごめんね気づかなくて」

 優さんは鍵を取り出して鍵穴に差し込む。くるりと時計回りに回すと、扉の鍵が外れた。僕と優さんは扉を開いて教室の中に入る。

 「もしかして、また宮崎先生の手伝い?」

 「うん。今日はローストビーフを作るらしいよ」

 僕は優さんの質問に手短に答えて、荷物をまとめる。そんなに多くないので、すぐに机の中にあった荷物を鞄に詰め終える。

 「ところで優さんは何で教室に?」

 「ちょっと忘れ物を」

 優さんが手に持っていたのは弁当箱だった。うん、こんな物を忘れて二日間も置きっぱなしにした日には月曜日が悲惨だ。臭いも酷いだろうし、汚れは落ちないんじゃないかな?

 「それにしても恋華君は凄いよね。料理は何でもできるんだもん」

 「和食以外は独学だから、そこまで得意じゃないよ」

 旅館で出すのは基本的に和食だから、それ以外は基礎を教えられて「後は自分で何とかしなさい」だった。叔母さん、和食以外は苦手なんだよな。全部従業員に作らせていたくらいだ。

 「でも、恋華君はお昼ご飯、お弁当じゃないんだね」

 「弁当は嫌いだから」

 嫌いな食べ物はほとんどない僕だけど、唯一嫌いな食べ物が弁当だった。中身は二の次で、弁当という料理形態が嫌いだ。

 「料理得意なのに?」

 「それとこれは別。あと、弁当作るのはメンドクサイ」

 弁当を作るとなると早く起きないといけないし、弁当箱の大きさに合わせて詰めないといけないから頭を使う。頭を使って料理をするのは面倒だから、僕はあまり弁当を作らない。

 作れないわけじゃない。それだけは、料理の師匠である叔母さんの名誉のために言っておこう。

 「四月よりは、宮崎先生の手伝いも楽になったよ。四月は手伝うたびに、しつこく入部を勧められたんだ」

 「そっか。恋華君ってどこにも所属してないんだったよね」

 「一匹狼だから」

 「じゃあ、わたしが良い同好会を紹介してあげるよ!」

 「優さんは一度、前置きとしての『じゃあ』の意味を調べた方がいいんじゃない?」

 話の流れがとてもおかしいですよ。少なくとも僕の台詞を受けて、じゃあ紹介しようという話にはならないはずだ。

 つまり僕の台詞はスルーされたな。僕の渾身のギャグをスルーするとは!

 優さんは思い出したように、僕の顔を見て言う。

 「というか恋華君もしかして知らないの? 一年生は部活か同好会に必ず所属しないといけない校則だよ?」

 「マジで?」

 それは知らなかった。危ない危ない。優さんがいてくれて助かった。本当にこの人は僕の救世主なんじゃないか?

 「うーん。さすがの僕でも校則となるとポリシーを曲げざるをえないか」

 「どんなポリシーか知らないけど、随分弱いポリシーだね」

 「いやいや、六年前から続けている強力なポリシーだよ。僕はこれ以上に強いポリシーと出会ったことが無いね」

 そもそも、ポリシーを大っぴらにしている奴と出会った事もないな。

 「ちなみにこの学校の部活・同好会は全部で三十もあるよ。ここで質問だけど、恋華君はこの学校における部活と同好会の違いは知ってるかな?」

 楽しそうに優さんが言う。何その突然のクイズ。

 「顧問の先生がいるのが部活で、いないのが同好会?」

 「ブー。残念外れです。それだったら、七不思議同好会の顧問である恵野宮先生はどうなるの?」

 「ああ、そうか」

 じゃあ、部活と同好会の違いって何だ? 基本的には、顧問がいるかいないかだと思っていた。

 「正解は、掛け持ちが可能かどうかだよ。だから恋華君は、例えば料理研究部と七不思議同好会の両方に入る事も可能なんだよ」

 その違いが部活と同好会を分けているということは、組織として巨大な同好会もあれば極小な部活もあるということか。部活の方が同好会より大きいイメージがあるのに。

 「なるほどな。じゃあ、顧問の有無は? 確か顧問がいない同好会も存在していたよね」

 「それは学校から認可された同好会か、非認可の同好会かの違いだよ。学校から正式に認可された同好会には顧問がついて、同好会室が割り当てられたり文化祭で発表の場を与えられるようになるの」

 「案外えげつない違いだったな」

 つまり学校から認可されていない同好会は、まず活動の場が与えられないということだ。この学校で空いたスペースを探し出し、そこで細々と活動をしないといけない。

 さらに文化祭での発表の場というのは、おそらく展示スペースのことだろう。運動系の同好会はいいとしても、文科系の同好会にとってこれは辛いかもしれない。普段の活動がどこにも実らない。

 「他にも学校側から予算が振り分けられたり、違いはたくさんあるんだよ。どう考えても認可された方がメリットは大きいから、非認可の同好会は認可されるように日々努力してるんだよ」

 「えげつなさを通り越してシビアな世界なんだな」

 同好会を結成する気も無い僕には、あまり無縁の世界だろうけど。

 「それで話がだいぶ逸れたみたいだけど、僕に良い同好会を紹介してくれるんだって?」

 「うん、一匹狼(笑)がポリシーの恋華君でも大丈夫な同好会だよ」

 うわ、スルーされてなかった。時間差で攻撃された。しかも(笑)って……。

 「……優さんの紹介なら、間違いは無さそうだね。よし、ご好意に甘えて行ってみるか」

 「うん。じゃあ一緒に行こう!」

 優さんは忘れ物の弁当箱を収めた鞄を手に持って、教室の出入口へと歩く。歩くたび、三つ編みポニーテールの先が跳ねる。僕も鞄を手に持って、優さんの後に続いた。

 「ところで恋華君は、中学時代に部活は入っていたの? ポリシーを聞くところによると、帰宅部みたいだけど」

 「うん、お察しの通り帰宅部だよ。僕が運動部に入っても、万年補欠だろうしね」

 教室を出て、優さんが扉を閉める。鍵を今度は反時計回りに回して、ロックする。

 「何となく想像つくよ、恋華君が万年補欠でベンチに座ってるの。今既に補欠みたいなものだもん」

 「副学級長。何でなったんだっけ?」

 そう、僕は副学級長だ。恵野宮先生の説明によると、学級長が休んだ時の補欠のようなものだとか。あと、学級長が忙しい時の代理。何で僕がそれに選出されたのか、理由はもう忘れてしまった。

 それ以前に、よく思い返してみれば僕は副学級長なのに教室の鍵がどこに保管されているか知らないのだった。これじゃあ、補欠としてすら満足に機能しない。ちゃんと確認を取っておこう。

 「優さん。副学級長として聞くけど、教室の鍵はどこに保管されていたんだっけ?」

 僕の質問に、優さんは驚いたらしい。面食らっていた。

 「え、職員室にある恵野宮先生の机の横にいつも掛かってるよ。もしかして恋華君、恵野宮先生に説明されたの忘れちゃったの?」

 「せ、説明?」

 何それ? 僕は以前に優さんと一緒に恵野宮先生から鍵の保管場所を説明されていたということ?

 「分かった。それじゃあ、鍵を返しに行くついでに再確認しようか! ついて来て」

 「りょーかい」

 そんなわけで、僕は優さんの後ろについていく、鍵の保管場所の確認をすることとなった。優さんが休むか放心状態にならない限り、意味の無い確認だとは思いながら。


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