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第一話 変転(1)

高くそびえ立つ巨大な古木が、崩れかけた廃墟のようなビルの間に林立する、不思議な光景。

爽やかながらもしっとりと心地良い湿り気を含んだ風が、頬をかすめる。

が、周囲にはヒステリックに怒鳴ったり泣いたり呆然としたりする大勢の人々。雰囲気は最悪。


……さて。

ここはどこだ? アキバの街。エルダーテイル日本サーバーで最大規模のプレイヤータウン。

エルダーテイルって? すごく古くて人気のあるMMORPG。

こいつらは誰? 〈冒険者〉、あるいはプレイヤー。要するにエルダーテイルをやってた人たち。

じゃあ、私は誰? って、わざわざ自問するまでもないか。


「……待て待て待て」


待て、激しく待て。落ち着け私。Be Cool。っと、今の発音良かったな。

なんだこれ? 何が起きた? 状況がまったく把握できないんだが。

さっきまで普通にゲームしてたよな? 記憶が飛んでなければ、数秒前まではパソコンの前にいた。

つってもその辺曖昧なんだが。記憶なんて、そんなもんだが。


〈エルダー・テイル〉。〈セルデシア〉。アキバの街。〈冒険者〉。

それらはとても馴染み深い、というか私の人生の8割を占めてたような事柄だ。誇張でもない。

だけど、それらはあくまでゲームだったよな? うん、とても立派にゲームだった。

……それが、なんでこんなことに。


「……うーん」


よし、ちょっと状況を整理してみよう。6W1Hで。


What:そんなの私が聞きたい。

Why:どーしてだろーね。誰か馬鹿なやつが現実逃避したんじゃないの?

Who:「私は誰?」ってか? 佐倉悠貴のつもりですが。

Whom:とりあえず、ここにいる〈冒険者〉はみんな巻き込まれたようです。

When:季節は初夏。時刻は昼前か? そしてこの状況になって1分経過。

Where:セルデシア、自由都市同盟イースタル、アキバの街。私の記憶が確かならね。

How:どうやってって……そんなことは知らん。


……駄目だ、さっぱりわからん。どうもこの方法は合わなかったらしい。

しっかし、これからどうするよ?

そう思って眉間にシワを寄せると、ぽんっと目の前に変な画面が現れた。


「……おお」


長い黒髪に藍色の瞳、童顔、小柄で華奢な少女の姿。

レベル90の〈吟遊詩人(バード)〉、ユーリ。つまり私だ。

というか、もしかしてこの体も“ユーリ”のものだったりするの?

……うん、さっぱり違いがわからん。目の色以外は現実となにも変えてないからなぁ。

つってもまあ、ゲームグラフィックの限界というものがあるから、よく似ているってだけなんだが。


「シロエ? シロ坊やんっ!」


と、陰鬱でうっとうしい雰囲気の中で、不意に明るい声が上がった。

うん? 顔を上げると、緑色の髪をしたナイスバディなエルフのお姉さんが、目つきの悪い魔術師風青年と全身鎧の戦士っぽい人によって、路地裏に引っ張って行かれる光景が。

傍から見るとかなり危ない状況だが、私は彼らが知り合いだということは知っている。ので放置。

普段だったら善意の介入者を装って突っ込むんだが、今それどころじゃない。

私とあの3人、特別仲がいいわけでもないし。


……『仲がいい』で思い出した。

私は再び眉間に意識を集中させて、さっきのメニュー画面を開く。

数ある項目のうちから、フレンドリストを選択。

……うわぁお。我ながら、多いなこれ。

つーか、あいつちゃんとログインしてるよな? 表中の暗くなった名前を見て、眉をひそめる。

まあ、十中八九してるんだろうけど。あいつもかなりの廃人だし。

長々と続く表の中から、その名前を探し出す。


「……よし」


ちゃんといた。ちゃんと働くか不安に思いながら、念話機能を呼び出す。


『……もしもし? なんだよこんな時に……』

「ちゃお、ひいらぎ。3日ぶりかね?」


相変わらず、無愛想で不機嫌そうなその青年の声に、私はちょっとほっとする。

柊。レベルは私と同じ90で、クラスは〈武士サムライ〉。

声のとおり、性格はかなり無愛想。初対面だとまず口聞かないし、相当取っ付きにくい。

慣れない人だと引かれ気味。だけど意外と気も利くし、いい奴だ。


『なんだよ、なんか用か?』

「いやいや、柊が寂しいんじゃないかと思ってね♪」

『んなわけあるかっ!』


……怒られた。ちぇっ。


『俺なんかより、シフォンやらアリスの方がマズイんじゃねえか? この状況』

「あー……そうかも」


煩わしげな声色に聞こえるけど、心配しているのがわかる指摘に、私はオロオロと辺りを見回す彼女らや、涙目になってうずくまる彼女ら、そして悪い人に絡まれる彼女らの様子が脳裏に浮かんだ。

確かにヤバイかも。こんなトンデモな状況で、あいつらが平静を保っていられるとも思えない。

超気弱だし、普通にしててもPKやら引っ掛けるような凶運の持ち主だしな……。


「わかった。こっちから連絡してみるよ」


と、言いながら、私は他にも色々な子達……と言ってもまあ、年上もいるんだが……の声が浮かぶ。

顔じゃないのは、オフで会ったことのある人がほとんど居ないからだ。

……どうしよう、不安になってきた。


「……なあ、柊。一つ頼まれてくれない?」

『なんだよ?』

「他の奴ら……なるべく沢山の人に、連絡してくんないかな?

 様子とか伺って、不安がってたり、問題があるんならなだめたげて。

 後、私は……そうだね。よく集まってた、うろのあるいちょうの木のとこにいるから。

 そう伝えといて?」

『俺はパシリかよ! なんでまたそんなメンドくせぇ事を……』

「私も、何人かに念話してみるからさ。じゃあ、任せたよ!」

『あ、おい待て』


何か言いたげだったが、強制終了。

まあ、あいつもなんだかんだで世話好きだし、やってくれるだろ。


「じゃあ私は、移動すっかな」


座ってた瓦礫から腰を上げ、あいかわらず暗い雰囲気の広場を後にした。

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