〜第2章・マシンガン〜
「あ〜、今日も一日ご苦労さんっ」
誰に言うともなく授業を乗り切った労いの言葉を贈る。
「でもまだ入学したばかりだから楽だよね」
M氏は教科書やノートを鞄に入れながら返事をする。俺は教科書を机やロッカーに入れたまま帰りたいのだが、さすがに入学してすぐそうするのは気が引けるので今はしっかり持って帰っている。
すると帰り支度の済んだクロがこちらに来た。なにやら真剣な表情である。
「佐々木、M氏、この後時間ある?」
「僕は、その…木下さんと…」
照れながら言うところがかえってムカつくが、こいつの場合はもともとこんな性格だから仕方がない。
「あー、はいはい。佐々木は?」
「悪ぃ、ちょいと野暮用があるさ」
普段お気楽なクロが真面目な顔をしているのが気になるが先約があるので仕方がない―――にしても野暮用って初めてつかったなぁ。
「そっか…それって時間かかるのか?」
「よくわかんないけど、下手したらけっこうかかるかな」
実際どの程度の時間がかかるかわからないので正直に言っておく。
だがクロの用事もそうとう重要らしい。
「待ってちゃ駄目か?」
…どうしたものか。
M氏の顔を窺うがこちらも困惑している。なにしろ長い付き合いの俺でもクロのこんな顔は初めてだ。
「んじゃ図書室かどっかで待っててくれよ。用が済んだら連絡すっから」
まぁ妥当な対応だろう。
「わかった、待ってるよ…」
クロが図書室に行ったあと、木下がM氏を迎えに来た。
「佐々木、Mくんから例の件、聞いたでしょ?」
(もう一度言っておくがここでのMくんもイニシャルトーク的なものではなく、木下は彼氏であるM氏のことをMくんと呼ぶ)
「ん?あぁ。わかったけど、いったい誰が何の用なんだ?」
俺としては当然の疑問をぶつける。
「まぁ待ってればわかるよ。じゃあね」
なにやら不穏な笑みを浮かべた木下は言いたいことを言ってM氏を連れて下校した。
現在教室に残っているのは俺を含め6人。内2人(♂)は部活に行くのにジャージに着替えているとこだし、他3人(♀)は放課後どこに行くかを話している。
(放課後ったって、最高で何時まで待ってりゃいいんだ??)
とまぁ今更な疑問が頭をよぎったころ、教室内は俺一人になっていた。
ガラガラッ
ドアの開く音に反応して顔を上げた。視界に入ってきたのは一人の女子、おそらく俺を呼び出したのは彼女なのだろう。
「よっ」
「おひさ」
俺が気軽に挨拶をした理由は簡単、知り合いだからだ。
名前はナンチャラ加奈。このボーイッシュで親しみやすい口調の女子は先日部活見学に行ったとき隣のコートにいた。俺はバレー部に見学にいったのだが、この時にスパイクをふかして彼女に当ててしまったのだ。たいした怪我にはならなかったがボールが当たった拍子に転んでしまい足を捻ったようなので保健室に連れて行ったりなんだりしたので親しくなった。
「えっと、木下に伝言頼んだのは加奈ってことでいいのかな?」
「そ、この状況で他にはないでしょ」
そりゃそうだ、加奈は木下と同じC組だしここはA組の教室だ。
それから10分くらいは互いの近況報告というか、雑談をしていた。話の切れ間に不意に目が合いなんとなく気まずくて黙ってしまった。
そのまま俺は加奈が本題に入るのを待っていたのだが一向に口を開かない。変な緊張感をはらんだ沈黙が二人の間をよぎる。仕方ないので俺から話を切り出す。
「で、今日はどうしたのさ。バレーについて、とかけ?確かに俺は中学からやってたけど人様に教えられるほどでは…」
「違うの、今日は…その……聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
加奈は顔を赤らめ下を向く。
俺の頭の上には疑問符が3つ4つ浮かんでいる。
「あぁ、俺で答えられることなら」
「あのね、そのぉ…佐々木は彼女とか、いないのかなぁって」
…またその話か。一日に二回とは、嫌な偶然だ。
「いないよ、今月の始めに別れたばっかだ。なんだよ、恋愛相談なら他のやつのほうがよくないか?」
ふられたばっかの男がアドバイスできるわけがない。
「相談っていうか、提案っていうか…モゴモゴ…」
なんだかいまいち歯切れが悪い。いつもの加奈はズバッと的確な発言をするタイプなのだが、そうとう言いにくいことなのだろうか。
「提案??」
「そうっ!」
急に顔を上げた加奈の瞳には決意と諦めと開き直りと混乱をごちゃ混ぜにしたようなものを秘めていた。…どないやねん?
「提案なんだけど、彼女がいないんならわたしと付き合ってみない?ほら、わたしたちけっこう気が合うしせっかく出会えたのもなにかの縁っていうかそれは初対面でボールぶつけられたのはちょっとムカッときたけどあれは不可抗力だしむしろそのあと保健室に連れて行ってくれたのに優しさを感じちゃったっていうかオブってくれてる佐々木の背中の広さに思わずうっとりしちゃったりしちゃって………」
やっぱり混乱していたらしい。途中自分が何を言ったのかわからなくなったようで加奈のマシンガントークはいきなり尻すぼみになった。
「あっ…」
さっきと同じように顔を赤くして下を向く。これはやっぱり俺の返答待ちなのだろうか。
「あー、そのだなぁ」
俺が口を開くと、とたんに再び加奈のマシンガンが火を噴く。
「ゴメンね変なこと言っちゃって好きとかそういうんじゃなくてなんていうかお互い独り身なんだしこういううのもありかなぁなんて思ったのもちろんわたしなんかじゃ嫌かもしれないけどもしよろしければいかかでしょうかなんて感じなのよ。あー、ゴメンっやっぱなし」
「あ、おい」
どうやら加奈は恥ずかしさのあまり撤退を選んだようだ。俺の制止を振り切って教室から出てく。
夕日の差し込む放課後の教室。あっけにとられ呆然と立ち尽くし一人取り残された俺…