呪い狩り編~序章~
新展開です。
やや暗くなり始めた住宅街の道を歩く少女が1人いた。茶色がかった
艶やかな髪を持ち、その長さもあってか、とても見栄えが良かった。
ぽつぽつと電信柱の明かりが点き始まり、辺りは本格的に暗くなっていく。
暗く静かな所を好むのか、少女の足取りは軽く、どこか上機嫌である。
しかし、その軽やかな歩調がぴたりと止まった。
外灯の光の下に1人の男が立っていたからだ。上から下まで真っ黒な
スーツを着用しており、まるで、その少女が来るのを待って居た様だった。
最初に切り出したのは男の方だった。
「呪い・・・持ちの方ですよね?」
丁寧な口調だが、低みのある声だった。外灯に照らされた男の
顔は細面で、肌の色は色白だった。なかなかの長身で、中性的な顔をしている。
やや長めの髪は目にかかっているのだが、その視線がはっきりと自分に
向けられていると少女は感じていた。高圧的な態度で月夜が答える。
「だったら、何なのかしら?」
男は微笑すると、その表情に似合わない台詞を口にする。
ゆっくりした口調だったが、言葉の意味成すところははっきりとしていた。
「呪い、には消えていただきます」
言い終わると同時に、月夜に向けて手を振る。何かを投げる手つきだった。
その『何か』は外灯の光に照らされ、きらきらと反射している。月夜は
顔を横に逸らしつつ、横目で通り過ぎ去り行く『何か』を見た。
「針?」
針の様な、それはブロック塀に突き刺さっている。針のように細いのだが
家と道を隔てるブロック塀にしっかり突き刺さっており、その頑強さが窺える。
目線を男に戻し、意志の強そうな瞳が怒りをあらわにした。
「覚悟はできてるんでしょうね・・・」
月夜が歩くたびにローファーが地面を叩き、規則良いリズムがする。そのリズムは
ゆっくりとしたものだったが、確実に男へと迫っているものだった。
男は困ったように、頭を掻いている。しかし、依然として余裕が有りそうな態度で
逆にこの事が月夜の怒りを爆発させることになった。
ローファーが強く1回地面を蹴った。その音を置き去りにし、月夜は
一気に男との距離を詰める。男は目の前の出来事を把握出来てるのか、否かは
わからないが、棒立ちのまま立ち尽くしている。
月夜は手加減することなく、男の首目掛けて手刀を放った。
その瞬間とも言うべき僅かな時間だったが、目にかかっている髪を手で払う男。
視線はしっかりと月夜に向けられていた。
「気付いてても、遅いわ!」
かまわず、手刀を振りぬく。しかし、恐るべき俊敏さで右足を半歩退くと
身をよじって手刀をかわした。前傾姿勢になっている月夜目掛けて、退いた右足の
膝が繰り出される。それを左手で受け流すと、そのまま男の背後へと跳んだ。
振り向く前に風切り音がし、反射的に横へ身を投げた。横へと回避しながらも
投げられた針は目に捉えていた。顔の数センチ前を通過して行き
男の狙いの正確性を物語っていた。
「これも避けるか。妖怪や幽霊と違って、人に宿った呪いは厄介ですね・・・」
口を引き結び、腕組をしながら一連の流れの感想を述べる。
「質問ですけど、君の祖先は一体どんな生物にちょっかいを出したんですか?」
月夜は眉根を寄せて男を見やった。攻撃を仕掛けてくる風でもなく、男は純粋に
質問している様だった。前髪に隠された瞳が輝いている。どうやら、『呪い』
というものに、強い興味を持っているらしい。
返事をしない月夜に男は質問の意味が通じてないと思ったのか、首を傾げる。
当の月夜は、男をただ観察していただけなのだが、親切にも
質問の仕方を変えてくれた。
「どんな生物に呪いをかけられたのですか?」
「答える義理はないわね」
間髪入れずに答えた。ついでに、冷ややかな視線を思いっきり浴びせてやる。
男は肩をすくめると、溜め息をこぼした。どこか残念そうな表情をしており
本気でがっかりしている様子である。
「種の存続を保つために、殺される間際に相手を自分と同じ種類の生物にする。
でも、それは変身によりオンにもオフにもできてしまう。呪いをかけたのに、
呪いをかけられた家系は生物的に強くなってしまう。皮肉なもんだよね、
君はそう思いませんか?」
独白の様な台詞は、最後は問いかけへと変化した。月夜に隙を作らせるために
言った言葉ではないだろう。証拠に、男はだらんと両手をぶら下げ、まるで
戦意が無いかのごとく、そこに立っているだけだった。
「別に思わないわよ。便利って言えば、便利だけど」
言い終えると、月夜は右手親指の関節を景気良く鳴らした。
再び、男へと急襲をかけるために駆け出そうとした時、手の平が
向けられていることに気付いた。男はうつむき加減に下を向いており
何かぶつぶつ言っている様であった。
「今日は私の負けでいいです。大人しく引き下がります」
「は?」
らしくもなく、素っ頓狂な声を上げてしまった。目も見開いている。
「えぇ、ですから・・・」
次第に男の身長が低くなっていく。
「今日のところは引き下がります」
良く観察していると、小さくなっていっているのではなく、足元へと
沈んでいっている様だった。今では下半身はすっかり沈んでいる。
苦笑しつつ、尚も男は続けた。
「手持ちの祓い道具が尽きてしまいましてね」
脊髄が反射的に身体を動かした。完全に沈みかけている男の頭目掛けて
得意の右拳を放つ。しかし、路面を穿つだけで終わってしまった。
辺りを見回すと、すっかり男の姿は消えており、どこにも見当たらない。
「呪い持ちの方を見くびっていました。次回はこうはいきませんよ」
その声は月夜自身の影が喋っているかの様に足元から聞こえてきた。
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洋風の質素な部屋だった。しかし、天井は高く部屋自体は広い作りになっている。
大きな両開きの窓にレースのカーテンがかかっており、時折入ってくる風で
心地良さそうになびいていた。見てると、涼しさを与えてくれる様だ。
ベッドに机に、やや長方形のテーブルの周りには4つほど丸椅子が置かれている。
机が面している壁一面が本棚になっており、ぎっしりと本が詰まっていて、
部屋の主の博学さを物語っている。
突如、床から人がゆっくりと出てきた。床の黒い円から少しずつ、その身を
縦へ縦へと出現させている。全身が出ると、男の足元の黒円はいつもの
影へとなった。
「ふぅ・・・」
疲れが出たのか溜め息をもらし、ベッドへ身を投げる。
しかし、その顔は喜々としていて、心地よい疲労を感じている様子だった。
仰向きに寝っ転がると、切れ長の目を細め天井を見つめる。その姿は
絵になっており、この場に女性がいたのなら見惚れてしまっていることだろう。
そこへ、扉をノックする音がした。遠慮する様な小さなノック音だ。
元から部屋が静寂に包まれていたこともあり、その程度の音でも充分すぎる程
よく聞こえた。扉の方には向かず、天井を見つめたままの男が返事をする。
「どうぞ」
やや間が合って、ゆっくりとドアが開く。入ってきた者は入り口の側にある
スイッチを押し、部屋の電気を点けた。淡いオレンジ色の光が部屋を照らす。
男は眩しそうに手をかざし、目を細める。
「凪か・・・?」
「電気くらい点けなよ~」
あどけない女の子の声がした。困り顔を作り、今は男の前に立っている。
髪は男の様に短いが、ぱっちりと大きい目に、その優しい声音から
女の子であると誰もがわかる。男は、そんなことを考えながら見ていた。
「何か疲れてそうだけど、大丈夫?」
気遣う様な声と共に凪が顔を近づけてきた。近くで見れば見るほど
ぱっちりとした目が可愛らしく見える。その目をぱちくりさせながら
心配そうに男を見ていた。
「あぁ、ちょっと親父殿の例の依頼のことでね。3人分だけ祓った。
最後の1人は無理だったけど」
聞いた瞬間、凪の顔が驚きで歪み、大きい目を更に見開いている。
悲しそうな顔で口を開く。
「お兄ちゃん、あの依頼本当に実行してるの?そもそも、あれは・・・」
男は目をつむり、憂い顔で後を引き取る。本人もどこか、納得して
居ない様な表情で、眉根を寄せている。
「わかってる。相手は人間だし、殺せば犯罪だ。だから、気絶させて
呪いだけを『祓う』。親父の命令とは違うけど、これでも依頼は
こなしている・・・ことになっている」
どこか屁理屈じみた言い方だったが、凪を安心させるには
充分だった様で、一気に顔が明るくなった。
「それなら良かった!」
「逆にお前は依頼しっかりこなしてるのか?」
凪は首を傾げ、考え込む。目を上に向け思考をめぐらせている様だった。
「呪い持ちの人の区別ができなくて・・・」と、恥ずかしそうに答えた。
「そうか」
男は、どこか安心したように吐息をつくと、再び天井に視線を戻した。
それから2人は他愛のない話をして過ごした。丁度世間では
夏休みが始まろうとしている時期である。
しかし、神谷の一派を筆頭に、ある計画が進められていた。
それは夏休みの始まりと共に本格的に始動することになる。
読んでいただきありがとうございました!!