わたくしは辺境で魔法を得る~魔力量は凄いのに魔法が使えないからと捨てられましたが、初恋は決して諦めません~
侯爵令嬢ヴァレリーは、初恋の相手であり婚約者の王太子イザークに捨てられた。
イザークは、王立学園で出会った男爵令嬢ニコルを愛してしまったのだ。
ヴァレリーが漆黒の髪や夜空の色の瞳を持つのに対し――。
ニコルは華やかなピンクブロンドの髪とエメラルドグリーンの瞳を持っていた。
イザークは『ヴァレリーが魔力量は多いが魔法を一切使えないこと』を突破口として、ヴァレリーとの婚約を破棄した。
これまでは、王族の妻は、家柄に加え、魔力量を重視して決めてきた。
だが、イザークは、「魔法が使えないならば、魔力の量がどれだけあっても意味がないだろう」と言い出したのである。
人々はイザークの言うとおりだと思った。
ヴァレリーの両親や兄弟ですら、イザークの言葉に納得した。
さらに、イザークは治癒魔法の使えるニコルを『聖女』などと呼んで愛でた。
そのニコルが、予言めいた言葉を吐く。
「いずれヴァレリー様は内なる魔王を解き放ち、この国を滅ぼしてしまうわ」
人々はヴァレリーの黒髪や暗い瞳の色に、邪悪なものを見るようになった。
国王や王妃ですらも、ヴァレリーに疑いの目を向けるようになった。
そして――。
王立学園の卒業パーティーで、ヴァレリーはイザークとの婚約を破棄された。
その場ですぐに、ヴァレリーには辺境伯の妻となるよう王命が下された。
辺境伯ジル・グラビスは七五歳。子はいない。
辺境伯家の老執事にも、子や孫はない。
辺境騎士団の騎士団長にも、副団長にも、最強の騎士にも、心から愛する妻がいた。
◆
ヴァレリーと辺境伯との初夜。
ヴァレリーは古風な夜着を着て、寝台に座っていた。
辺境伯はだいぶ夜が更けてから、夫婦の寝室に入ってきた。ロマンスグレーの髪をきっちり撫でつけ、騎士の儀礼服を身につけ、腰に剣を佩いて――。
「辺境伯閣下」
ヴァレリーは驚きながら夫を呼んだ。
「我が妻よ……」
辺境伯は辛そうな笑みを浮かべた。
「はい」
ヴァレリーは困惑しつつ辺境伯を見ていた。
「私はこの国を守る『辺境の処刑人』と呼ばれて久しい。だが……、その二つ名は、隣国への威嚇のためのものであると信じていた」
辺境伯の目から、涙がこぼれ落ちた。
「閣下……」
「我が最愛の妻が亡くなる時も、私は戦場にいた。この国への忠義があったからだ。私は国王陛下と王妃殿下、民たちを守るという使命を果たした。妻を看取ることもせずに……」
辺境伯は顔をうつむけた。その目からは、さらに涙があふれた。
「辺境伯閣下の献身に、我が感謝を捧げます」
ヴァレリーは寝台から下り、ひざまずいた。
「その私が……、若い娘への刑罰と見なされるとはな……。これほどの屈辱はない……。あるいは……、若く美しい娘を娶れば、私がさらに多くの敵を殺すだろうと思われたのか……?」
辺境伯は昏い目をして、王都のある方向をにらんだ。
「閣下……、閣下、申し訳ありません」
ヴァレリーはその場に伏して、辺境伯に詫びた。
辺境伯はヴァレリーの憐れな姿を見て、さらに涙を流した。
「私のこの国への献身は、ここまでにさせていただく。そのまま伏せていなさい」
辺境伯は剣を抜き、その場で己の首を切り、果てた。
ヴァレリーは辺境伯に這い寄り、血に塗れた身体を抱いた。
――辺境伯ジル・グラビス。
『辺境の処刑人』と呼ばれた、火炎魔法の名手。
ヴァレリーはその血を啜ることで、火炎魔法を手に入れた。
◆
王宮が燃えていた。
女辺境伯ヴァレリー・グラビスは、辺境騎士団を従えて王都へと攻め上り、ついに謁見の間へと到達した。
辺境伯ジル・グラビスの弔い合戦である。辺境騎士団には、命を惜しむ者など一人としていなかった。
謁見の間には、国王と王妃、王太子イザーク、イザークと婚約したニコルがいた。
辺境騎士団の騎士団長は、国王と王妃を切り捨てると、彼の剣の主であったジル・グラビスの跡を追った。
「ヴァレリー様にお供できるのは……、ここまでです……」
騎士団長は死の間際に、ヴァレリーに剣を渡した。
数多の敵国の兵、辺境伯ジル・グラビス、国王と王妃、辺境騎士団の騎士団長の血を吸った剣だった。
ヴァレリーの前に、イザークとニコルが連れて来られた。
「貴様! なにが辺境伯の弔い合戦だ!」
イザークが顔を歪めて叫んだ。
「みんなを、みんなを、どうか許してあげて……!」
ニコルは悲劇のヒロインを演じて、ヴァレリーを追い詰めようとした。
ヴァレリーの怒りの炎が、謁見の間に下げられている赤い飾り布を灰に変える。
「魔法が……、使えるようになったのか……?」
イザークが問いかけると、ヴァレリーは美しい笑顔で「はい」と答えた。
莫大な魔力量を誇る女が、『辺境の処刑人』が使った火炎魔法をその身に宿し、王都に帰還した。
イザークには、その意味がわからなかった。
「なんで……!? どうやって……!? 嘘でしょ……!?」
ニコルは暴れたが、騎士たちの腕力の前では無意味だった。
「知りたい?」
ヴァレリーは剣でニコルの頬を軽く叩いた。
「ひぃっ」
ニコルが小さく悲鳴を上げる。
「辺境伯ジル・グラビス閣下の血をこの身に浴びて、わたくしはかの方の魔法を得たの」
ヴァレリーは笑った。声を上げて笑った。
狂気を含んだ笑い声を上げながら、手に持った剣でニコルを処刑した。
辺境伯ジル・グラビスは、この剣でこの国の敵を討ってきた。
女辺境伯ヴァレリー・グラビスもまた、『辺境の処刑人』として、国賊ニコルを討ったのだ。
「イザーク様」
「ニコル……! 貴様……! なんということを……!」
イザークはヴァレリーに吹雪や氷塊を放った。
だが、それらはすべて、激しい炎に呑まれて消えた。
「命乞いをなさいませ」
ヴァレリーはイザークにも剣を向けた。
「なん……だと……?」
「生き延びたくば、わたくしに許しを乞えと申し上げたのです」
「クソッ」
イザークは吐き捨てると、両脇にいる騎士の腕をふり払った。
「そう……、それでいいのです」
ヴァレリーは満足げにほほ笑んだ。
イザークはヴァレリーの前でひざまずき、両手を掲げる。
「ヴァレリー……、君を愛している。我が妻になってほしい」
「もちろんですわ、イザーク様。わたくしは今も純潔のまま、イザーク様だけを愛しております」
ヴァレリーは剣を投げ捨て、イザークに右手を差し出す。
イザークはその手をとると、指先に口づけを落とした。
回り道もしたけれど、ヴァレリーは初恋の相手を手に入れた。
ヴァレリーの歓喜は炎となり、二人のそばに転がるニコルの亡骸を焼き尽くした。
「幸せになりましょうね、イザーク様。それこそが、一番の復讐だと聞きましたわ」
ヴァレリーの復讐は、まだ終わらない――。




