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偽聖女「真の聖女であるお姉様が、わたくしを『ざまぁ』したがっている件」

作者: あやとり
掲載日:2026/03/14

「悪役としての運命を変えられるのは、転生者だけの特権じゃないぞ」というお話です。よろしくお願いします。

 

 それは七歳の春。

 この国の王女であるわたくし、アンテウマが、【癒しの聖女】の力に目覚めた頃のことだった。


 我が王家は、まれに、特別な力を持つ人間を輩出する血筋だ。

 力の性質は人によって様々だけど、わたくしに授けられた治癒能力いやしのちからは非常に価値が高い。

 王宮はお祭り騒ぎとなり、幼いわたくしを、大勢の人が祝福してくれた。――たった一人を除いて。



『――ふんっ、無邪気に喜んじゃって! 自分が【ざまぁ】されるキャラとも知らず、呑気なものねぇ!』



「えっ……」


 生まれて初めて浴びせられた、嘲笑と、凝縮された悪意を含んだ『声』。

 その『声』は知る人物のものだった。


「……カタルーナ、おねえさま……?」


 声がした方に顔を向けると、そこには――わたくしの姉、カタルーナが立っていた。


 カタルーナお姉様は静かに、穏やかに微笑んでいた。唇は動いていないし、喉も震えていない。

 それなのに……彼女の『声』が、わたくしに届いている。


『馬鹿なアンテウマ! 聖女の力はあんたのものじゃない、私が貸して(・・・)やっているのよ。あんたが力に溺れ、驕りきった頃に回収・・するためにね!』


 七歳だったわたくしは、話の内容をほとんど理解できなかった。我が身に起きた異変を、周りに伝えることもできなかった。


 この時、わたくしは黙り込み――強い恐怖に身を震わせながら、続く言葉を聞くことしか出来なかったのだ。



『だって、この世界は――――【聖女の妹に婚約者を奪われて国を出ましたが、真の聖女は私です。私は他国のイケメンスパダリ辺境伯に溺愛されつつ、チート無双して妹たちにざまぁします。今さら戻って来いと言われてももう遅い。】というタイトルの、なろう系小説なんだから!!』



 ・

 ・

 ・


 カタルーナお姉様とおんなじ声。カタルーナお姉様のそばにいると聞こえてくる声。――わたくしにしか聞こえない声。


 その『声』がしきりに語る内容を理解するには、三年も時間がかかった。

 そうして分かったこと。


 なんでも『声』の主は、この世界とは異なる世界から転生・・してきた女性らしい。

 そして、この世界の正体は――彼女が前世に読んだ、小説・・の舞台なのだという。



 小説の題名は――――『聖女の妹に婚約者を奪われて国を出ましたが、真の聖女は私です。私は他国のイケメンスパダリ辺境伯に溺愛されつつ、チート無双して妹たちにざまぁします。今さら戻って来いと言われてももう遅い。』。



(あの……長くありませんこと? それにこれは、題名というよりも説明文ですわ)


 小説の内容は次のとおりだ。


 主人公は、王女カタルーナ。

 彼女は美しく聡明な淑女だが、我儘で姉のものを何でも欲しがる妹・アンテウマに虐められて、辛い日々を過ごしていた。家族も【聖女】に選ばれた妹ばかりを可愛がり、カタルーナの存在は軽んじられていた。

 やがて事件が起きる。カタルーナは国内の有力貴族の子息と婚約していたが、アンテウマが聖女の権力に物を言わせて、その婚約者を奪ってしまったのだ。

 傷心のカタルーナは出奔。国外に出たところを、ナロードという名の美青年に拾われた。

 ナロードはその国の辺境伯の子息だった。彼はカタルーナの美貌と賢さを正しく評価し、彼女を溺愛する。


 一方で、カタルーナの祖国は大変なことになっていた。――突如として、アンテウマの聖女の力が失われ、国全体が荒れ始めたのだ。

 実はアンテウマの聖女の力は、強欲で性根の腐った彼女が、黒魔術を使って姉から奪ったものだった。つまり、真の聖女はカタルーナだったのである。


 祖国から離れた地で、聖女の力を取り戻し、隠されていた才能を開花させたカタルーナ。

 地味で目立たず、皆から虐げられていた彼女はもういない。

 美しく聡明な聖女は、惨たらしい方法で処刑された妹と、滅びゆく祖国を尻目に――ハンサムで有能な青年と、幸福な人生を歩み出すのだった。


 小説の筋書きは以上である。


(わたくし、悪い子でしたの!? 最後には殺されてしまいますの!? ――この国も、わたくしのせいで滅んでしまいますの――!?)


 長い時間をかけて、『声』がもたらす情報を一つずつ整理し、組み立てて。

 ようやく、全貌を理解するに至った『物語』を――恐るべき未来を知って。その瞬間に、十歳のわたくしは泣いた。


 そんなわたくしに、真っ先に声をかけてくれた者がいた。


「まあアンテ! どうして泣いているの!?」

「……ヨームファお姉様……!」


 その者とは、アンテウマ(わたくし)とカタルーナの姉、ヨームファだった。


 件の『声』を抜きにしても、わたくしに冷たいカタルーナお姉様と違って――時に厳しく、時に優しく、深い愛情を持って接してくださる人。


「急にどうしたの? 何があったの? どうか、この姉に話してちょうだい」

「お姉様っ……! わたくしは、悪い子なんです! 実は……聖女の力は、わたくしのものではないのです!」

「えっ? 何を言っているの?」


 大泣きしながら、拙い語彙で、わたくしは姉に打ち明けた。


 癒しの聖女の力は、本来は、自分アンテウマに与えられるものではなかったこと。

 自分はいずれ、この力を失ってしまうこと。

 そのせいで、国が滅びてしまうこと。


 カタルーナお姉様が真の聖女であることと、彼女がいずれ出奔することは話せなかった。

 それを話すことは、カタルーナお姉様が『この国を見捨てることが出来てしまう人間』だと認めるようなものだ。それくらいは幼いわたくしも理解していた。


 ヨームファお姉様は、わたくしの荒唐無稽な話を、相槌を挟みながら聞いてくださった。

 そして、聞き終えてから――こう言ってくださったのだ。


「可愛いアンテ、大丈夫よ。たとえ貴女の話が事実で、貴女が『偽物の』聖女だとしても……貴女が大切な家族であることに変わりはないわ。聖女であろうと、そうでなかろうとそれは関係ないの」


 あたたかな声だった。親愛と、揺るぎない信念を含んだ声。

 お姉様の言葉が、わたくしの心に染み込んでいく。


「それにね、アンテ。もし、聖女の力がただの借り物だとして、いつか失われてしまうものだとしても……今、その力を持っているのは貴女なのよ」

「今は、わたくしの力……?」

「そうよ。癒しの力とどう向き合い、どう活かすかは、貴女が決められるの」


 ヨームファお姉様の言う通りだった。今この時を【聖女】として生きているのは、カタルーナお姉様ではない。わたくしだ。

 わたくしの【力】だ。このわたくしが、使い方を学び、使っていかなければならないのだ。


「ヨームファお姉様、わたくし、癒しの聖女として頑張りますわ! 国のためにも……わたくしを愛してくださる、家族のためにも!」


 わたくしは思った。思うことができたのだ。

 泣いている場合ではないと。『声』を気にするよりも先に――王女として、聖女として、成すべきことを成し遂げなければならないと。


 こうしてわたくしは、わたくしが聖女から偽聖女となるその日まで――癒しの力を高めるための修行に打ち込もうと決めたのだった。


 ・

 ・

 ・


 その後わたくしは、修行を続けながら、国中を巡って奉仕活動を行った。


 わたくしは、あの『物語』で描かれたような悪女にはなりたくない。あれは反面教師だ。

 聖女として相応しい立ち振る舞いを心がけるわたくしを、皆はあたたかく受け入れ、そして支えてくれた。


『――聖女の力のおかげで、チヤホヤされて良いご身分ねぇ。いくら調子に乗ろうと、本当の聖女はこの私よ。アンテウマも、私でなくアンテウマを可愛がる連中も、みーんなバカばっかりだわ!』


 聖女の力を行使しているだけでは足りない。

 わたくしは、王族としての社交にも力を入れた。愛想良く振る舞うことや、身嗜みを整えることは大事だし……わたくし自身も、お洒落やお喋りは好きだ。


『――ブスが調子に乗っちゃって。ま、愛嬌だけが取り柄の、派手好きな女は『ざまぁ枠』の定番だものね! せいぜい、今は着飾ってなくても、本当は美人である私の踏み台になってもらうわよ』


 たまに宮殿に帰ると、カタルーナお姉様が私の顔を見に来る。その度に、例の『声』が聞こえてくる。

 変わらぬ悪意に心を全く苛まれないかと言えば嘘になるが、わたくしはもう恐怖しない。

 当たり障りのない会話をしてやり過ごし、それから、また聖女としての活動に専念した。


 そうしているうちに、素晴らしい出来事が起きた。


 これまでの修行の甲斐あって――急に大病を患い、死に瀕したヨームファお姉様を、鍛えた癒しの力でお救いすることができたのだ!


「ああ、ありがとう……! 助けてくれてありがとう、アンテ! やはり貴女は、最高の妹で、素晴らしい聖女様だわ!」


 全快したヨームファお姉様は、無事お嫁に行くことになった。お相手は、国内の有力貴族のご子息――『物語』の中では、カタルーナお姉様が婚約し、わたくしが略奪した殿方だ。


(ヨームファお姉様が病で亡くなっていたら、カタルーナお姉様の婚約者は、本当に彼になっていたのでしょうね……)


 しかし、そうはならなかった。ならなかったのだ。


 この世界と、かの小説――『聖女の妹に婚約者を奪われて国を出ましたが、真の聖女は私です。私は他国のイケメンスパダリ辺境伯に溺愛されつつ、チート無双して妹たちにざまぁします。今さら戻って来いと言われてももう遅い。』は、結局は別物だった。


 強欲な妹(わたくし)に婚約者を奪われ、絶望する悲劇のヒロインはどこにもいない。

 だから、カタルーナお姉様が国を捨てることもないと、そう思っていた。



 ――思っていたのに。



 ヨームファお姉様の結婚から、さして時を置かず。


 小説の通り、カタルーナお姉様は出奔し――その直後に、わたくしは、【癒しの聖女】の力を失ったのである。


 ・

 ・

 ・


 それから数年後。


 ・

 ・

 ・


「どうして!? なんでっ、いつまで経っても『ざまぁ』が起きないのよ!!」


 とある建物の一室に、とある知らせを受け取った、カタルーナの怒鳴り声が響き渡った。


 広くて豪華な――されど、カタルーナが生まれ育った王宮には及ばない――現在の彼女にあてがわれた住処すみか

 そこは、辺境伯子息のナロード・ホンメイ・オレツエーが建てさせた屋敷であり、彼の愛人たち(・・・・)が暮らす場所だった。


 ――『聖女の妹に婚約者を奪われて国を出ましたが、真の聖女は私です。私は他国のイケメンスパダリ辺境伯に溺愛されつつ、チート無双して妹たちにざまぁします。今さら戻って来いと言われてももう遅い。』。


 物心付いた時から前世の記憶を持ち、この世界が、前世に読んだWEB小説の舞台であると信じて疑わなかったカタルーナ。


 彼女が認識している、小説と現実とで異なっていた箇所は二つ。

 一つは、小説ではざまぁ枠の妹(アンテウマ)主人公の姉(カタルーナ)から奪った聖女の【力】は……現実では、逆に、姉が妹に押し付けていたこと。

 もう一つは、小説にはあった『妹が姉の婚約者を奪う展開』が、現実にはなかったこと。


(それでも、私が誰からも正当に評価されなかったのは事実よ? だから私は『ざまぁ』を実行するために、聖女の【力】を回収して国を出たの。そうしたらちゃんと、ナロード様に会えたのよ!)


 ナロードは美少女のカタルーナを気に入り、領地に連れて帰った。

 そうして、カタルーナが知る『物語』と同じように、念願のスパダリイケメンによる溺愛の日々が始まる――。



 と、思っていたのに!



(他にも女がいるなんて聞いてないわよ!!)


 ナロード・ホンメイ・オレツエーは確かに、美しいカタルーナを溺愛した。しかし、彼女だけ(・・)を溺愛しているわけではないのだった。


 失踪したカタルーナは、表向きは死んだことになっている。ゆえに、今のカタルーナは王族ではない。平民の女も同然だ。

 高貴な身分も、帰る場所すら自ら捨てた彼女は――女好きのナロードが囲う、何人もいる愛人たちの一人に過ぎなかった。


 余談だが、ナロードには公爵家出身の正妻がいたりする。


(それだけじゃない! 取り戻したはずの聖女の力も、上手く使えないし……! これも一体どういうことなの!?)


 カタルーナは真の聖女だ。小説だと、妹から物理的に距離を取ったことで【癒しの力】を取り戻した彼女は、様々な奇蹟を起こしてチート無双していた。

 だが――現実の彼女に、それほどまでの力はなかった。せいぜい、擦り傷や軽い風邪を治すことしかできない。


 それは、カタルーナが修行をしてこなかったからだ。

 どれほど価値が高いとされる治癒能力も、時間をかけて鍛えなければ効果は高まらない。


 対照的に、偽聖女でも懸命に修行していたアンテウマだからこそ、いざという時には瀕死の怪我人や病人まで癒すことができたのだ。


「……そうよ。何よりもおかしいのはそこよ。どうして、ずっと、あいつ(アンテウマ)処刑ざまぁされないのよ……!」


 こうしてカタルーナの思考は、何故ざまぁ展開が起きないのかという最初の疑問に戻る。


 数年前。王女アンテウマが突如として聖女の力を失ったことは、国中の人間に大きな驚きと悲しみを与えた。

 ところが、それだけ(・・)で終わった。

 アンテウマが力を失ったのは、誰よりも献身的な彼女が自らを酷使し過ぎたからだと結論付けられた。アンテウマが偽物の聖女だったとは誰も思わなかったのだ。

 癒しの聖女はいなくなったが、国全体の医療体制が整っているため混乱も起きず、祖国は依然として健在である。元より、いくら特別な力を持つ王女だとしても、たった一人の子供に頼りきりになるような国ではなかった。


 そして、今日、カタルーナに大きな知らせ(ニュース)が届いたのだ。


「どうして、どうして、どうして! どうしてあいつが、この国の王太子に嫁ぐことになったのよ!? つまりは、いずれは……あいつが王妃になるってこと!?」


 ――不美人なのに愛嬌があり、大勢に可愛がられていて、憎くて憎くて堪らなかった女。

 ――『ざまぁ』をしたくて仕方なかった相手。


 それなのに、そいつは。辺境伯の愛人に収まった自分よりも、もっとずっと高い位に登り詰めたのだ――!


「どうしてよおおおおォォーーーーッ!!!」


 いつまでも悪意と偏見を捨てられず、己を客観視することもできなかった――己の『心の声』が、憎き妹に『届いて』いることに気付くはずがなかった。

 そんな、決して不幸になったとまでは言わずとも――哀れとは言える女の絶叫が、虚しく響き渡る。


 その声は、もう、元聖女アンテウマには届かない――。





【おしまい】

最後までお読みくださってありがとうございました。

本作は以下の別作品と同じ世界・同じ時代の話なので、そちらもお読みいただけると嬉しいです。よろしくお願いします。


王子「同い年の美少女であるはずの婚約者が、同い年の美少女に見えない件」

https://ncode.syosetu.com/n1279lw/

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