資格ラッシュと、噂される男
一ヶ月が経過した。
都市迷宮管理公社での勤務は、順調を通り越して異常なペースで進んでいた。
「……月間処理件数、八千二百件」
自分の成績表を見ながら、俺は思わず呟いた。
通常、ベテラン職員でも月間二千件が限界だという。
それの四倍。
「まあ、労働時間も四倍だからな」
この一ヶ月、俺は平均して一日十八時間労働を続けた。
月間勤務時間は、五百四十時間。
「普通の人の三倍以上か……」
でも、疲れは全くない。
『寝るスキル』のおかげで、毎日が最高のコンディションだ。
「さて、と」
デスクに置いてある封筒を手に取る。
『給与明細書』と書かれた、待ちに待った書類だ。
「一ヶ月分の給料……」
ゴクリと唾を飲んで、封を開ける。
中身を取り出し――
「――っ!?」
思わず、声が出なくなった。
『勤務時間: 540時間』
『基本給(時給1500円): 810,000円』
『深夜手当(時給500円増): 180,000円』
『特別プロジェクト手当: 150,000円』
『合計: 1,140,000円』
『控除(社会保険・税金等): -198,000円』
『手取り: 942,000円』
「……きゅ、九十四万……」
手取りで、九十四万円。
しかも、これは『最初の一ヶ月』だ。
来月からは特別プロジェクト手当も恒常化される予定で――
「月収百万円超え、確定じゃん……」
ブルブルと、手が震える。
これは、現実だ。
一ヶ月前まで、コンビニで時給千円のバイトをしていた俺が――
今、月収百万円プレイヤーになっている。
「やった……やったぞ……!」
思わず、ガッツポーズ。
「新人さん、どうしたの?」
隣の佐々木さんが、心配そうに声をかけてきた。
「あ、いえ! 何でもないです!」
「そう? なんか嬉しそうだけど」
「え、えーと……給料日なんで」
「ああ、そっか」
佐々木さんは、クスッと笑った。
「新人さん、すごい働いてたもんね。きっといい金額もらえたんじゃない?」
「ま、まあ……」
「おめでとう」
「ありがとうございます……」
給与明細を鞄にしまい込む。
これは、誰にも見せられない。
月収百万円なんて知られたら――
「嫉妬されるだろうな……」
いや、それ以上に問題なのは――
「この生活、続けられるのか?」
ふと、不安が頭をよぎる。
一日十八時間労働。
普通の人間なら、確実に身体を壊す。
でも、俺には『寝るスキル』がある。
「大丈夫……俺は大丈夫だ」
自分に言い聞かせる。
そして、スマホを取り出した。
「さて、と」
メールボックスを開く。
そこには、一通のメールが届いていた。
『危険物取扱者乙種第四類 試験結果通知』
『合格おめでとうございます』
「……来た」
やった。
一週間の勉強で、一発合格だ。
「これで、一つ目の資格ゲット」
次は――
スケジュール帳を開く。
『来週: 宅地建物取引士 試験』
『再来週: 日商簿記二級 試験』
『三週間後: FP二級 試験』
全部、申し込み済みだ。
「全部受かる」
確信している。
『寝るスキル』を使った学習法は、異常なほど効率的だ。
一日三時間の勉強で、普通の人の一ヶ月分の学習が可能になる。
「これなら、年内に十個くらい資格取れるな」
しかも、全部『実用的』な資格だ。
ダンジョン関連の仕事に役立つもの。
将来、独立する時にも使えるもの。
「よし……頑張ろう」
その日の夜。
帰宅後、俺はいつものようにベッドに横になった。
横には、宅建の参考書。
「今日は第三章まで終わらせる」
ページを開き、読み始める。
『宅地建物取引業法』
『重要事項説明』
『37条書面』
専門用語が並ぶが――
「分かる」
スラスラと頭に入ってくる。
これも、『寝るスキル』の効果だ。
読む。
理解する。
「寝る」
スキル発動。
三十秒後、目が覚める。
知識が、完全に定着している。
次のページへ。
読む。
理解する。
また寝る。
このサイクルを繰り返す。
気がつくと、二時間が経過していた。
「第三章、終わった」
順調だ。
このペースなら、一週間で全範囲を網羅できる。
「よし、今日はここまで」
参考書を閉じて、スマホを手に取る。
SNSを開くと――
「ん?」
タイムラインに、見慣れた名前があった。
『田中(コンビニ時代の後輩)』
投稿内容を見る。
『バイト辞めたいなぁ……時給安いし、シフトキツいし』
『ダンジョン潜りたいけど、スキルがショボすぎて無理ゲー』
『人生詰んだ(´・ω・`)』
「……田中、大変そうだな」
少し、同情する。
俺も、一ヶ月前は同じような気持ちだった。
でも、今は違う。
『寝るスキル』という、最強の武器を手に入れた。
「……返信するか」
迷ったが、やめた。
今の俺の状況を話しても、信じてもらえないだろう。
それに――
「自慢みたいになるのも嫌だしな」
スマホを置いて、天井を見上げる。
「俺は、ただ黙々と頑張るだけだ」
そして、結果を出す。
それだけでいい。
翌週。
宅地建物取引士の試験日。
試験会場は、大きな大学の講堂だった。
「すごい人数……」
受験者は、数百人単位でいる。
年齢層も幅広い。
二十代から、五十代、六十代まで。
「みんな、真剣だな」
当たり前だ。
宅建は、国家資格の中でも人気が高い。
合格率は、例年15%程度。
「でも、俺は受かる」
根拠のない自信ではない。
一週間、徹底的に勉強した。
過去問も、十年分解いた。
全て、『寝るスキル』を使った超効率学習で。
「絶対、受かる」
試験開始のアナウンスが流れる。
問題用紙が配られる。
「よし」
深呼吸して、問題を開く。
『第一問: 次の記述のうち、宅地建物取引業法の規定によれば……』
見た瞬間――
「分かる」
答えが、頭に浮かぶ。
『第二問: 次の記述のうち、民法の規定及び判例によれば……』
「これも分かる」
次々と、解答欄を埋めていく。
周囲の受験者が、まだ第一問で悩んでいる中――
俺は、既に第十問まで進んでいた。
「……早すぎるか?」
少しペースを落とす。
目立つのは、得策じゃない。
でも、それでも――
試験時間二時間のところ、一時間で全問解答完了。
「見直しするか」
もう一度、全問チェック。
ミスはない。
完璧だ。
「……よし」
試験終了まで、あと三十分。
でも、もうやることはない。
退室可能時間まで、大人しく待つ。
試験終了後。
会場の外で、受験者たちが答え合わせをしている。
「第三問、難しかったよね」
「あれ、引っ掛けだよ」
「やばい、落ちたかも……」
不安そうな声が飛び交う。
俺は、それを横目に会場を後にした。
「……まあ、受かってるだろう」
自信はある。
問題は――
「次の試験だ」
来週は、日商簿記二級。
その次は、FP二級。
「全部受かって、履歴書を資格で埋め尽くしてやる」
そうすれば――
「将来、どんな選択肢も取れる」
ダンジョン探索者になるもよし。
企業に転職するもよし。
独立して、コンサルタントになるもよし。
「全部、俺次第だ」
そして、二週間後。
結果が出揃った。
『宅地建物取引士試験: 合格』
『日商簿記二級: 合格』
『FP二級: 合格』
「全部、一発合格……!」
三つの資格を、同時取得。
しかも、全て一ヶ月以内に。
「これ、履歴書に書いたらヤバいな」
普通、宅建だけで半年は勉強する。
それを一週間で取得して、その後も立て続けに資格を取得。
「天才だと思われるか、カンニングを疑われるか……」
どちらにせよ、目立つ。
「まあ、いいか」
別に隠す必要もない。
事実なんだから。
「次は……」
スケジュール帳を開く。
『次回: 行政書士試験(二ヶ月後)』
『その次: 社会保険労務士試験(三ヶ月後)』
『その次: マンション管理士試験(四ヶ月後)』
「全部、難関資格だな」
でも、問題ない。
『寝るスキル』があれば、全て攻略可能だ。
「年内に、十個は取る」
そして――
「来年には、もっと上を目指す」
司法書士。
税理士。
不動産鑑定士。
「全部、取ってやる」
その頃、職場では――
「……新人君、おかしくないか?」
会議室で、高橋さんと佐々木さんが話していた。
「おかしいって、どういう意味ですか?」
「いや、働きすぎだろ。毎日十八時間労働だぞ?」
「確かに……でも、本人は平気そうですよ」
「それがおかしいんだよ。普通、人間はそんなに働けない」
高橋さんは、腕を組んで考え込んだ。
「それに、最近妙に物知りになってる気がする」
「ああ、私も思いました」
佐々木さんも頷く。
「この前、法律の話をしたら、やたら詳しくて驚きました」
「だろ? 俺も、不動産の話をしたら専門家レベルの知識があった」
「新人さん、実は天才なんですかね?」
「それとも……」
高橋さんは、ふと思いついたように言った。
「スキルの効果、なのか?」
「スキル……ですか?」
「ああ。新人君のスキル、『どんな状況でも寝れる』だったよな」
「はい」
「一見、ハズレスキルに見えるけど……もしかして、何か特別な効果があるんじゃないか?」
「例えば?」
「分からん。でも、普通じゃないのは確かだ」
高橋さんは、窓の外を見た。
そこには、黙々と作業を続ける俺の姿があった。
「……まあ、本人が頑張ってくれるなら、それでいいんだけどな」
さらに一ヶ月後。
俺は、職場で『伝説』になりつつあった。
「新人君、また資格取ったんだって?」
「マジ? 何個目?」
「確か……七個目じゃない?」
「二ヶ月で七個!?」
「しかも、全部国家資格だぞ」
「化け物か……」
休憩室で、そんな噂が飛び交っていた。
俺は、それを聞こえないフリして通り過ぎる。
「目立ちすぎたか……」
でも、隠しようがない。
資格は、履歴書に書かなければならない。
職場に提出する書類にも、記載が必要だ。
「まあ、いいか」
別に悪いことをしているわけじゃない。
ただ、努力しているだけだ。
「それより……」
スマホを取り出し、銀行アプリを開く。
『普通預金残高: 1,847,293円』
「百八十万円……」
二ヶ月で、これだけ貯まった。
月収百万円の威力は、凄まじい。
「このペースなら、一年で一千万円超える」
そして、二年で二千万円。
三年で三千万円。
「……マジで、セミリタイアできるな」
三十歳で、資産三千万円。
それだけあれば、投資だけで生活できる。
「いや、もっと上を目指すか」
俺には、『寝るスキル』がある。
時間を、無限に作り出せる。
「だったら……」
もっと、もっと上を目指せる。
「五年で、一億円」
不可能じゃない。
労働だけじゃなく、投資も組み合わせれば――
「十分、射程圏内だ」
胸が高鳴る。
未来が、輝いて見える。
その日の夕方。
山田理事に呼ばれた。
「おお、来たか」
理事室は、広くて立派な部屋だった。
「座ってくれ」
促されるまま、ソファに座る。
「単刀直入に聞く」
山田理事は、真剣な表情で俺を見た。
「君、うちで正社員にならないか?」
「……え?」
「今は契約社員扱いだが、正社員に切り替えたい。給料も上げる」
「どのくらい、ですか?」
「基本給を月五十万円にする。それに加えて、残業代、各種手当も全て支給」
「……それ、月収どのくらいになりますか?」
「君の働き方なら、月百五十万円は超えるだろう」
「!?」
百五十万円。
年収、一千八百万円。
「どうだ? 悪くない条件だろう?」
「……考えさせてください」
「ああ、急がなくていい。一週間、時間をやる」
「ありがとうございます」
理事室を出ると、廊下で深呼吸した。
「……正社員、か」
悪くない。
いや、むしろ好条件だ。
でも――
「俺は、ここに留まるべきなのか?」
ふと、疑問が浮かぶ。
『寝るスキル』を使えば、もっと色々なことができる。
資格を活かして、独立することもできる。
ダンジョン関連のコンサルタントになることもできる。
「……悩むな」
とりあえず、一週間考えよう。
その夜。
帰宅後、俺はベッドに横になった。
「正社員、か……」
天井を見つめながら、考える。
メリットは――
安定した収入。
社会保険の充実。
ボーナスも出る。
デメリットは――
自由が減る。
会社に縛られる。
「でも、俺には『寝るスキル』がある」
時間は、いくらでも作れる。
正社員として働きながら、副業もできる。
資格を活かして、コンサルもできる。
「……両方やればいいのか」
そう考えると、選択肢が広がる。
「よし、決めた」
正社員になる。
そして、並行して副業も始める。
「全部、やってやる」
最弱スキルが、最強の人生を作る。
その確信が、ますます強くなった。
翌週。
俺は、山田理事に返事をした。
「正社員、お受けします」
「そうか! よく決断してくれた!」
山田理事は、満面の笑みで握手を求めてきた。
「これから、よろしく頼む」
「はい、よろしくお願いします」
「それで、だ」
山田理事は、書類を取り出した。
「君に、新しいプロジェクトを任せたい」
「新しいプロジェクト……?」
「ああ。『ダンジョンアイテム認定制度』の立ち上げだ」
「認定制度……?」
「今、ダンジョンアイテムの鑑定は、各公社がバラバラにやってる。それを統一して、全国共通の認定制度を作りたい」
「なるほど……」
「そのためには、膨大なデータ整理と、基準作りが必要だ。君なら、できると思う」
「……やります」
即答した。
山田理事は、嬉しそうに頷いた。
「期待してるぞ」
その日の帰り道。
車の中で、俺は一人呟いた。
「新しいプロジェクト、か」
これは、チャンスだ。
全国規模の制度を作る。
それに関われるなんて、滅多にない機会だ。
「しかも、これが成功したら……」
昇進も、給料アップも、期待できる。
「よし、やってやる」
ハンドルを握る手に、力が入る。
そして――
「そろそろ、アイツに会いに行くか」
コンビニ時代の後輩、田中のことだ。
SNSを見る限り、まだバイトを続けているらしい。
「一度、顔出してみるか」
何を話すかは、決めていない。
でも――
「元気にしてるか確認したいな」
それだけだ。
翌日の夜。
仕事帰りに、俺はあのコンビニに立ち寄った。
店内に入ると、やはり田中がレジにいた。
「いらっしゃいませ――あ、先輩!」
「よう、久しぶり」
「お疲れ様です! ダンジョンの仕事、順調ですか?」
「ああ、なんとかな」
「すごいですよねぇ、あの初日から帰ってこなかった時は本気なんだって思いましたよ」
田中は、いつもの笑顔で応対してくれた。
でも、その笑顔は――以前より、疲れているように見えた。
「田中、元気か?」
「え? ええ、まあ……」
「無理してないか?」
「……先輩、分かります?」
田中は、苦笑した。
「実は、最近シフト増やされて……週六勤務になっちゃって」
「それはキツいな」
「はい……でも、生活費稼がないといけないんで」
「そっか」
俺は、缶コーヒーをレジに持っていった。
「これ、お願い」
「はい、百三十円です」
支払いを済ませる。
そして――
「田中、今度飯でも行かないか?」
「え? いいんですか?」
「ああ。久しぶりに話したいしな」
「嬉しいです! 先輩の仕事の話とか聞きたいです!」
「分かった。じゃあ来週の休みにでも連絡する」
「はい、お願いします!」
店を出る。
車に乗り込み、エンジンをかける。
「……田中、頑張ってるな」
でも、あのままじゃキツいだろう。
「次会った時、何か話してやれることあるかな」
スキルのことは、話せない。
でも――
「資格の勉強法くらいなら、教えられるか」
そう思いながら、家路についた。
そして、一週間後。
田中と、居酒屋で会った。
「先輩、お久しぶりです!」
「おう、元気そうだな」
「いやー、全然元気じゃないですよ」
田中は、苦笑しながら席に着いた。
「とりあえず、ビールでいいか?」
「お願いします!」
乾杯をして、少し雑談。
そして、田中が聞いてきた。
「先輩、ダンジョンの仕事ってどうなんですか? やっぱ忙しいですか?」
「まあな。でも、やりがいはあるよ」
「給料もいいんでしょ?」
「……悪くはないな」
「羨ましいです……俺、コンビニバイトのままで」
田中は、少し暗い表情になった。
「ダンジョン潜りたいんですけど、スキルがショボくて無理なんですよね」
「どんなスキルなんだ?」
「『小さい音が聞こえる』ってやつです」
「……それ、偵察に使えるんじゃないか?」
「そう言われるんですけど、戦闘力ゼロなんで結局ダメなんですよ」
「なるほどな」
俺は、ビールを一口飲んだ。
「田中、資格とか考えたことあるか?」
「資格、ですか?」
「ああ。ダンジョン関連の仕事なら、資格持ってると有利だぞ」
「でも、勉強する時間が……」
「時間は作るもんだ」
そう言って、俺は少しだけアドバイスをした。
効率的な勉強法。
おすすめの資格。
取得までの道筋。
「……先輩、詳しいですね」
「まあな。俺も最近、いくつか取ったから」
「え、マジですか!? 何取ったんですか?」
「危険物、宅建、簿記、FP……あと三つくらい」
「七個!?」
田中は、目を丸くした。
「先輩いつの間にそんなに!? この前会った時は何も言ってなかったのに!」
「この二ヶ月くらいでな」
「二ヶ月!?」
「ああ」
「……先輩、天才ですか?」
「いや、ただの努力だよ。仕事終わってから毎日勉強してる」
嘘じゃない。
確かに『寝るスキル』のおかげだが、それでも勉強自体は必要だ。
「俺も取ろうかな……資格」
「取れよ。人生変わるぞ」
「……はい!」
田中は、真剣な表情で頷いた。
「よし、じゃあまず危険物から始めます! 先輩みたいに頑張ります!」
「おう、応援してるぞ」
その後も、しばらく雑談を続けた。
田中の悩み。
コンビニの愚痴。
ダンジョンへの憧れ。
「でも、先輩の話聞いてたら、やる気出てきました」
「そっか、良かった」
「はい! 資格取って、俺もダンジョン関連の仕事に就きます!」
「頑張れよ」
別れ際、田中が言った。
「先輩、また相談乗ってください!」
「ああ、いつでも連絡してこい」
「ありがとうございます!」
その夜、家に帰ると――
スマホに、通知が来ていた。
『行政書士試験 合格通知』
「来た!」
八個目の資格、ゲット。
「よし、次は社労士だ」
勉強を続ける。
そして――
「来年には、二十個くらい取ってやる」
最弱スキルが、最強のキャリアを作る。
その物語は、まだ始まったばかりだった。




