初出勤、そして覚醒の予感
都市迷宮管理公社は、思っていたよりもずっと立派な建物だった。
地上十五階建ての近代的なオフィスビル。入口には警備員が立ち、エントランスには大理石が敷き詰められている。
「……マジか」
車を駐車場に停めながら、俺は思わず呟いた。
てっきり、雑居ビルの一室とか、プレハブ小屋みたいな場所を想像していたのだが。
「ブラック企業のイメージと全然違うんだけど……」
まあ、電話の感じからして、人手不足で困ってるのは確かだろう。
問題は――俺がどこまでやれるか、だ。
「よし」
深呼吸して、ビルに入る。
受付で名前を告げると、すぐにエレベーターで七階へ案内された。
扉が開くと――
「――あ、来た来た! 新人さん!?」
待ち構えていたかのように、三十代くらいの男性が駆け寄ってきた。
髪はボサボサ、目の下には深いクマ、シャツのボタンは一つ外れている。
「は、はい! 今日から働かせていただく――」
「いいから! とにかく中へ! 説明は後!」
有無を言わさず腕を掴まれ、引きずられるようにオフィスの中へ。
※
「うわぁ……」
そこは、戦場だった。
いや、正確には『激務の現場』と言うべきか。
デスクには書類が山積み。
パソコンのモニターは四台、六台と並び、全て異なる画面を表示している。
職員たちは皆、目を血走らせてキーボードを叩いている。
「これが……オペレーション職……」
「そう! 君が働く場所だよ!」
俺を引きずってきた男性――名札を見ると『高橋』と書いてある――が、空いているデスクを指差した。
「ここが君の席! パソコンは三台! 資料はこの棚! 分からないことがあったら隣の佐々木に聞いて!」
「は、はい……」
「じゃ、よろしく!」
そう言い残して、高橋さんはまた自分の席へ駆け戻っていった。
呆然と立ち尽くす俺。
「……あの、新人さん?」
隣の席から、声がかけられた。
振り向くと、二十代後半くらいの女性がこちらを見ていた。眼鏡をかけ、髪を一つに束ねている。やはり目の下にクマがある。
「あ、はい」
「私が佐々木です。よろしくね」
「よろしくお願いします……」
佐々木さんは、疲れた笑顔を浮かべながら言った。
「それで、その……電話で『月六百時間働ける』って言ったの、本当?」
「はい、本当です」
「……本当に?」
念を押される。
「本当です」
「そう……」
佐々木さんは、何とも言えない表情で俺を見た。
「信じたいけど……今まで同じこと言って来た人、三日で辞めたからね」
「え」
「うん。『俺は体力ある!』『睡眠時間削れる!』って言ってた人たち、皆ダメだった」
そう言って、佐々木さんは自分のデスクを指差す。
「この仕事、見た目以上にキツイから。精神的にも肉体的にも」
「……どんな仕事なんですか?」
「簡単に言うと――」
佐々木さんは、モニターを指差した。
「ダンジョンから回収されたアイテムの鑑定と、データベースへの登録作業」
画面には、大量のアイテム画像と、その横に細かい文字情報が並んでいる。
「魔石、魔法金属、回復薬の原料、モンスター素材……種類は無数にあるし、日々新しいものが発見される」
「はあ……」
「それを全部、人力で分類して、査定して、データベースに登録する。AI? 使えないよ。魔法的な性質を持つものは、機械じゃ正確に判定できないから」
つまり、完全に人海戦術ということか。
「それに加えて」
佐々木さんは、別のモニターを指差す。
「探索者――ダンジョンに潜る人たちの登録管理、問い合わせ対応、トラブル処理。これも全部人力」
「うわぁ……」
「さらに」
三つ目のモニター。
「ダンジョン内の階層情報、モンスターのデータ、危険区域の更新。これも毎日更新される」
「……それ、全部一人でやるんですか?」
「分担はしてるけど、人が足りないから結局一人で複数の業務を掛け持ちすることになる」
佐々木さんは、肩を竦めた。
「だから、みんなボロボロ。定時? そんなものはない。残業? 当たり前。休日? 週一取れればいい方」
「……それ、労基に……」
「通報した人もいたよ。でも『超法規的措置適用』ってやつで、国が認めてる」
「マジか……」
「ダンジョンは国家の最重要事項だからね。ここが止まると、全国の探索者が困る。だから、ブラックでも許されてる」
佐々木さんは、疲れた目で俺を見た。
「それでも、君は働ける?」
「……やります」
即答した。
佐々木さんは、少し驚いたような顔をして――それから、小さく笑った。
「そっか。じゃ、教えるね」
※
業務は、想像以上に複雑だった。
まず、回収されたアイテムの画像データを見る。
次に、既存のデータベースと照合する。
一致するものがあれば、そのカテゴリに分類。
一致しないものは『新規アイテム』として、専門の鑑定士に回す。
さらに、アイテムの状態(損傷の有無、純度、サイズ等)を記録。
それを元に、暫定的な市場価値を算出。
最後に、出品手続きのためのフォーマットに入力――
「……これ、一個あたり何分かかるんですか?」
「慣れれば五分。新人なら十分以上かかると思う」
「それが、一日何個くらい?」
「今日の処理予定は……八百個」
「はい!?」
思わず声が裏返った。
「五分で一個処理しても、四千分……六十六時間!?」
「そう。だから無理なの」
佐々木さんは、あっけらかんと言った。
「本当は一日で終わらせるべき量だけど、実際には三日かかる。その間にも新しいアイテムが追加される。だから永遠に終わらない」
「それ、デスマーチじゃないですか……」
「デスマーチだよ」
断言された。
「だから、人が辞める。そして、残った人間にさらに負担が増える。悪循環」
佐々木さんは、自分のコーヒーカップ――中身は真っ黒なエナジードリンク――を一気に飲み干した。
「さて、説明はここまで。あとは実践で覚えて」
「は、はい……」
俺は、目の前のモニターを見つめた。
画面には、処理待ちのアイテムが『残り783件』と表示されている。
「……よし」
覚悟を決めて、マウスを掴む。
最初の一件を開く。
『魔石(小) グレードC 重量12g 状態:良好』
画像を見る。青白く光る、親指大の結晶。
データベースを検索。
該当するカテゴリを見つけ、分類。
状態を記録し、市場価値を算出――
「……できた」
最初の一件、完了。
時計を見る。
十二分かかった。
「うわ、遅い……」
でも、仕方ない。初めてなんだから。
次の件を開く。
『魔法金属(鉄) グレードB 重量50g 状態:やや損傷』
同じ手順で処理。
今度は十分。
少し早くなった。
次。
次。
次――
※
気がつくと、三時間が経過していた。
処理した件数は、二十三件。
「……遅すぎる」
このペースだと、一日八時間働いても六十件程度しか処理できない。
全然足りない。
「新人さん、大丈夫?」
佐々木さんが、心配そうに声をかけてきた。
「あ、はい……なんとか」
「無理しないでね。最初はそんなもんだから」
「でも、これじゃ全然……」
「慣れれば早くなるよ。一週間もすれば、五分切れるようになる」
佐々木さんは、優しく笑った。
でも、その笑顔は疲れている。
この人も、毎日こんな激務をこなしているのか。
「……ちょっと、休憩してきます」
「うん、トイレは廊下出て右ね」
俺は立ち上がり、オフィスを出た。
廊下を歩きながら、考える。
三時間で二十三件。
これは、確かに遅い。
でも――
「俺には、スキルがある」
トイレに入り、個室に入る。
鍵をかけ、便座に座る。
「寝る」
発動ワードを呟いた。
※
――ふわり。
世界が溶ける。
最高の睡眠。
疲労が消えていく。
そして――
「――っ」
三十秒後、目が覚めた。
「……すげぇ」
身体が軽い。
さっきまでの疲れが、完全に消えている。
頭もクリアだ。
「これなら、まだまだいける」
立ち上がり、鏡を見る。
目の下のクマはない。
顔色も良い。
「よし」
トイレを出て、オフィスに戻る。
※
それから、さらに三時間。
処理件数は、三十件。
少しずつ、ペースが上がってきた。
「お疲れ様」
佐々木さんが声をかけてくる。
「もう六時だから、今日はここまででいいよ」
「え、でもまだ……」
「初日から無理すると続かないから。ちゃんと休んで」
「……はい」
俺は、時計を見た。
午前九時に始めて、今が午後六時。
つまり、九時間労働。
途中で昼休憩が一時間あったから、実働八時間。
「……いや」
俺は、佐々木さんを見た。
「あの、もう少し続けてもいいですか?」
「え?」
「まだ、体力残ってるので」
「……本当に?」
佐々木さんは、信じられないという顔をした。
「うん。大丈夫です」
「でも……」
「俺、本気で月六百時間働くつもりで来たんで」
そう言うと、佐々木さんは目を見開いた。
「……そっか」
それから、少し考えて――
「分かった。じゃあ、無理しない範囲で続けて」
「はい!」
俺は、再び作業に戻った。
※
それから、さらに三時間。
途中で二回、トイレ休憩を取った。
その度に『寝るスキル』を使用。
完全回復。
そして、作業を続ける。
処理件数は、順調に伸びていった。
三時間で四十件。
ペースが上がっている。
「……すげぇ」
隣で作業していた佐々木さんが、思わず呟いた。
「新人さん、全然疲れてないの?」
「あ、はい。まだ大丈夫です」
「嘘でしょ……もう十一時間働いてるのに」
時計を見ると、午後九時を回っていた。
周囲を見渡すと、他の職員たちも次々と帰り始めている。
「佐々木さんは?」
「私はもうちょっと残るけど……新人さんは帰った方がいいよ」
「いえ、俺ももうちょっと続けます」
「……本気なんだね」
佐々木さんは、不思議そうに俺を見た。
「何か、特別な理由でもあるの? そこまでして働く理由」
「……お金です」
正直に答えた。
「お金が、必要なんです。だから、働けるだけ働きます」
「そっか」
佐々木さんは、それ以上何も聞かなかった。
ただ、小さく笑って――
「頑張ってね」
とだけ言った。
※
午後十一時。
オフィスには、もう数人しか残っていなかった。
佐々木さんも、三十分前に帰った。
「……よし」
俺は、今日の処理件数を確認した。
『本日の処理件数: 127件』
「百二十七件……」
初日としては、上出来だろう。
佐々木さんが言っていた『一日六十件』の倍以上だ。
「でも、まだ全然足りない」
残りの処理待ちは、まだ六百件以上ある。
「……もうちょっと、やるか」
そう思った時――
「おお、まだ残ってたのか」
声がした。
振り向くと、最初に出迎えてくれた高橋さんが立っていた。
「高橋さん、まだいたんですか」
「ああ、俺は管理職だからな。最後まで残るのが仕事だ」
そう言って、高橋さんは俺のモニターを覗き込んだ。
「……百二十七件?」
「はい」
「初日で?」
「はい」
「……マジか」
高橋さんは、驚愕の表情を浮かべた。
「普通、初日なんて十件処理できればいい方なのに」
「え、そうなんですか?」
「ああ。この仕事、覚えること多いし、最初はミスも多い。だから、最初の一週間は研修期間みたいなもんだ」
「そうだったんですか……」
「それが、初日で百二十七件って……お前、天才か?」
「いえ、そんな……」
俺は照れくさそうに頭を掻いた。
でも、内心ではガッツポーズだ。
天才? 違う。
これは、スキルのおかげだ。
「しかも、まだ働くつもりか?」
「はい。もう少しだけ」
「……お前、本物だな」
高橋さんは、感慨深そうに言った。
「今まで何人も『やる気があります!』って言って来たけど、皆すぐ辞めた。でも、お前は違う」
「ありがとうございます」
「いいか、無理はするなよ。体壊したら元も子もないからな」
「はい、気をつけます」
「よし。じゃあ、俺は先に帰るから。鍵は自動ロックだから、出る時は気にしなくていい」
「分かりました」
高橋さんは、満足そうに頷いて――それから、ふと思い出したように言った。
「そういえば、給料の話、まだしてなかったな」
「あ、はい」
「時給千五百円。深夜は二千円。残業代も全部出る。社会保険も完備。ボーナスは……まあ、期待しないでくれ」
「十分です!」
「そっか」
高橋さんは笑った。
「じゃ、頼んだぞ。お前がいれば、このチームも少しは楽になる」
そう言い残して、高橋さんは去っていった。
※
午前一時。
俺は、ついにキリの良いところで作業を終えた。
『本日の処理件数: 156件』
「百五十六件……」
我ながら、よく頑張った。
勤務時間は――
午前九時から午前一時まで。
途中、昼休憩一時間を除いて――
「十五時間労働……!」
初日で、十五時間。
これは、想像以上だ。
「でも、まだいける」
身体は軽い。
何度も『寝るスキル』を使ったおかげで、疲労は完全にゼロだ。
「明日は、もっと早く処理できるようになる」
作業に慣れれば、もっとペースが上がる。
そうすれば――
「一日二十時間労働も、夢じゃない」
興奮で、心臓がバクバク鳴る。
「よし、帰るか」
パソコンをシャットダウンし、オフィスを出る。
夜のビルは静かだった。
エレベーターで一階に降り、自動ドアを抜ける。
冷たい夜風が、頬を撫でた。
「……気持ちいい」
空を見上げる。
星が、綺麗だった。
「これが、俺の新しい人生か」
駐車場に向かいながら、考える。
この調子で続ければ、本当に月六百時間働ける。
時給千五百円として――
「九十万円」
深夜手当も入れれば――
「百万円超える」
笑いが込み上げてくる。
「くくく……」
車に乗り込み、エンジンをかける。
帰り道、コンビニに寄った。
――俺が三日前までバイトしていたコンビニ。
店内に入ると、見知った顔がいた。
「あ、先輩!」
後輩の田中だ。大学生で、週三でバイトに入っている。
「よう、田中」
「お疲れ様です! どうしたんですか、こんな夜中に」
「仕事帰りだよ」
「え、仕事? バイト辞めたって聞きましたけど」
「ああ、新しい仕事に就いたんだ」
「へえ、どんな仕事ですか?」
「ダンジョン関連の事務仕事」
「おお! すごいじゃないですか! 給料良さそう!」
「まあな」
俺は、曖昧に笑った。
本当のことは言えない。
『月収百万円超えます』なんて言ったら、絶対に信じてもらえないだろう。
「じゃ、また」
「はい! お疲れ様でした!」
コンビニを出て、車に戻る。
バックミラーに映る自分の顔を見る。
「……変わったな」
三日前の俺と、今の俺は違う。
目に、光がある。
希望が、ある。
「さて、明日も頑張るか」
アクセルを踏み、家路につく。
※
翌日。
午前九時、定刻通りに出社。
「おはようございます」
「おお、来たか! おはよう!」
高橋さんが、嬉しそうに迎えてくれた。
「昨日は十五時間も働いたんだって? 大丈夫か?」
「はい、全然平気です」
「そっか。じゃ、今日も頼むぞ」
「はい!」
自分の席に着く。
隣の佐々木さんが、驚いたような顔でこちらを見ていた。
「……新人さん、本当に来たんだ」
「え? 当たり前じゃないですか」
「いや、昨日あれだけ働いたら、普通は今日休むと思って……」
「休みませんよ。まだまだこれからです」
「……すごいね」
佐々木さんは、呆れたように笑った。
「じゃ、今日もよろしく」
「よろしくお願いします」
パソコンを起動し、作業を開始する。
昨日の経験があるおかげで、手順はスムーズだ。
処理速度も、明らかに上がっている。
一件あたり、八分。
昨日より二分早い。
「よし、このペースで」
集中して作業を続ける。
※
午前中で、三十五件処理。
昼休憩を挟んで、午後も続ける。
午後三時、トイレ休憩。
『寝るスキル』発動。
完全回復。
午後六時、処理件数七十件突破。
「すごい……」
佐々木さんが、呆然と呟いた。
「新人さん、一日目より早くなってる……」
「慣れてきたんだと思います」
「慣れるにしても早すぎるよ……」
午後九時、処理件数百件突破。
周囲の職員たちが、次々と俺のモニターを覗き込みに来る。
「マジで百件超えてる……」
「新人だよな? 本当に?」
「化け物か……」
ざわざわと、ささやき声が聞こえる。
でも、俺は気にしない。
ただひたすらに、作業を続ける。
午前零時。
『本日の処理件数: 178件』
「よし!」
昨日を超えた。
そして、気づく。
「……あれ?」
モニターに表示されているアイテムの情報を見ていると――
なんとなく、分かる気がする。
「この魔石、グレードCって書いてあるけど……なんか、Bに近い気がする」
試しに、詳細鑑定のボタンを押してみる。
すると――
『再鑑定結果: グレードB- (Cとの境界線上)』
「当たった……」
なぜだ?
俺は、魔石の専門知識なんて持っていない。
でも、なぜか分かる。
「もしかして……」
次のアイテムを見る。
『魔法金属(銀) グレードA』
画像を見ると――
「これ、純度が高い……A+に近いんじゃないか?」
再鑑定ボタン。
『再鑑定結果: グレードA+ (極めて高純度)』
「マジか……」
また当たった。
なぜだ?
なぜ、俺にはそれが分かる?
「……まさか」
ふと、思い当たる。
昨日、十五時間働いた。
その間、何度も『寝るスキル』を使った。
そして、大量のアイテム情報を見続けた。
「睡眠中に……脳が情報を整理してる?」
いや、それだけじゃない。
「学習してる……?」
普通、人間は睡眠中に記憶を整理し、定着させる。
それが、『寝るスキル』によって超効率化されているとしたら――
「俺、無意識のうちに専門知識を身につけてる……?」
ゾクゾクと、背筋が震えた。
これは、とんでもない発見だ。
「ただの睡眠スキルじゃない……これ、学習能力向上スキルでもある!」
つまり――
資格試験。
専門知識。
技術習得。
全てが、異常な速度で可能になる。
「これ……マジでヤバいスキルじゃないか?」
心臓がバクバク鳴る。
興奮が止まらない。
「よし……試してみよう」
※
翌日、帰宅後。
俺は本棚から、一冊の本を取り出した。
『危険物取扱者 乙種第四類 試験対策テキスト』
去年買って、結局勉強しなかった資格の参考書だ。
「これで試してみる」
ページを開き、ざっと読む。
専門用語が並ぶ。
消防法。
指定数量。
引火点。
「……正直、全然頭に入らない」
普通に読んでも、理解できない。
「よし、じゃあ」
本を閉じ、ベッドに横になる。
「寝る」
スキル発動。
三十秒後、目が覚める。
再び本を開く。
「……あれ?」
さっき読んだページが――
なんとなく、理解できる気がする。
「引火点が低いほど危険……第四類は引火性液体……」
スラスラと、頭に入ってくる。
「マジか……」
もう一度、次のページを読む。
また寝る。
三十秒後、起きる。
また読む。
「分かる……分かるぞ!」
驚異的な速度で、知識が定着していく。
「これ……一週間もあれば、資格取れるんじゃないか?」
いや、もっと早いかもしれない。
「よし、やってやる!」
俺は、勉強を続けた。
読む。
寝る。
起きる。
読む。
寝る。
起きる――
気がつくと、三時間が経過していた。
そして、テキストを半分読み終えていた。
「……すげぇ」
普通なら、一週間かかる量だ。
それが、たった三時間。
「このペースなら……」
計算する。
一日三時間勉強すれば、二日でテキスト一冊読み終える。
過去問も合わせれば、一週間で試験対策完了。
「マジで取れるな、資格」
しかも、これは危険物取扱者だけじゃない。
他の資格も――
「宅建、行政書士、簿記、FP……」
どれも、短期間で取得可能だ。
「くくく……面白くなってきた」
俺の人生が、本格的に動き出す。
最弱スキルが、最強の武器になる。
それから一週間。
俺は、毎日十六時間労働を続けた。
処理件数は、一日平均二百件。
既に、職場で『エース』と呼ばれるようになっていた。
「新人さん、本当にすごいね……」
佐々木さんが、感心したように言った。
「私、三年働いてるけど、新人さんにはもう敵わないよ」
「いえ、まだまだです」
「謙遜しないでよ。本当にすごいんだから」
そう言って、佐々木さんは笑った。
以前のような疲れた笑顔ではなく――本当に嬉しそうな笑顔だった。
「新人さんが来てから、チーム全体の負担が減ったの。みんな、感謝してるよ」
「そうなんですか?」
「うん。残業時間も減ったし、休日も取れるようになった」
「それは良かったです」
「全部、新人さんのおかげ」
佐々木さんは、本当に嬉しそうだった。
「ありがとう」
「いえ、俺も給料もらってるんで」
「それでも、ありがとう」
そう言われると、なんだか照れくさい。
「……どういたしまして」
そして、金曜日。
最初の給料日。
正確には『週払い制度』を利用した、一週間分の給料だ。
「えーと……」
スマホに届いた、給与明細のメールを開く。
『勤務時間: 112時間』
『基本給(時給1500円): 168,000円』
『深夜手当(時給500円増): 28,000円』
『合計: 196,000円』
『控除(社会保険等): -24,000円』
『手取り: 172,000円』
「じゅ、十七万……!?」
一週間で、十七万円。
これは――
「月収、六十八万円ペース!?」
しかも、これはまだ『慣らし運転』の段階だ。
来週からは、もっと効率を上げられる。
「月収百万円、マジで現実になる……!」
手が震える。
興奮が止まらない。
「よし……もっと頑張ろう」
そして、思い出す。
資格試験のこと。
「来週、危険物取扱者の試験、申し込もう」
その次は、宅建。
その次は、行政書士。
全部取ってやる。
そして――
「俺は、誰にも負けない『市場価値』を手に入れる」
最弱スキルが、最強の人生を作る。
その第一歩が、今始まったばかりだ。
月曜日。
出社すると、高橋さんに呼ばれた。
「おお、来たか。ちょっといいか?」
「はい」
会議室に案内される。
そこには、高橋さんの他に、もう一人――スーツを着た五十代くらいの男性がいた。
「紹介する。こちら、当公社の理事、山田さんだ」
「初めまして」
俺は、慌てて頭を下げた。
「ああ、君が噂の新人君か」
山田理事は、興味深そうに俺を見た。
「聞いてるよ。一週間で千件以上処理したんだって?」
「は、はい……」
「すごいね。普通、新人は一週間で百件処理できれば上出来なのに」
「ありがとうございます」
「それで、だ」
山田理事は、真剣な表情になった。
「君に、特別なプロジェクトを任せたいんだが」
「特別なプロジェクト……?」
「ああ。新規ダンジョンの初期調査チームだ」
「初期調査……?」
「新しく発見されたダンジョンは、最初の一ヶ月が勝負なんだ。どんなアイテムが出るか、どんなモンスターがいるか、全部データ化しなければならない」
「はあ……」
「でも、これが膨大な量でね。普通のチームだと、三ヶ月かかる。でも、君なら――」
山田理事は、期待の眼差しで俺を見た。
「一ヶ月で終わらせられるんじゃないか?」
「……やります」
即答した。
山田理事は、満足そうに頷いた。
「よし。報酬は、通常の一・五倍だ」
「ありがとうございます!」
「頼んだぞ」
会議室を出ると、高橋さんが嬉しそうに言った。
「やったな! 理事直々のプロジェクトだぞ!」
「はい!」
「これ、成功したら昇給もあるかもしれないぞ」
「マジですか!?」
「ああ。頑張れよ」
「頑張ります!」
俺は、拳を握りしめた。
この調子で行けば――
いや、もう確信している。
俺の人生は、ここから本当に変わる。
最弱スキルが、最強の未来を切り開く。
そして――
「一年後、俺はどこまで行けるんだろうな」
楽しみで仕方ない。
この先に待っている、未来が。




