第8話
クエスト開始の光が晴れた時、俺の足元には、乾いた石畳が広がっていた。
見覚えのある地形。
整然と並ぶ石造りの家々。
全体的に霧がかかり、薄暗い街の雰囲気。
「……やっぱり、ここはアークスのベルカ街」
ボスゴブリンの討伐報酬が、ベルカ街だったため、間違いないとは思っていた。
だが、人の気配が一切ない。
いや、アークスの時もいなかったか。
なんせここは、NPCもおらずイベントも発生しない、ただの通り道に過ぎなかったのだから。
しかしあの時とは雰囲気が違う。
風は吹き、街灯は明滅し、どこからか小さな呻き声のような音が聞こえてくる。
まるで亡霊の街だ。
【クエスト名】
《戦闘任務02/10:ベルカ街の亡霊討伐》
【目的】
・ボスの討伐
・各地にある3つの「未供養墓地(瘴気発生源)」の破壊
【敵構成】
・モンスター:スケルトン兵士、幽鬼、浮遊霊など
・ボス:怨霊将軍アグリオス
「いや、本当に亡霊の街だな」
俺はウィンドウのクエスト詳細を見ながら、静かにそう呟く。
しかし近くにプレイヤーまでいないとは。
「初期配置で分断されたってことか?」
仕方ないが、まずは合流が先か。
そう思い、俺はウィンドウを立ち上げた。
シュエナ
『テンリさん、ど、どうしましょ〜っ! 完全にはぐれちゃいましたぁぁ……』
カズ
『とりあえず探索しながら、鉢合えるといいね』
レイジ
『今回のクエストはベルカ街かよ〜。本当にここのクエストはアークスに沿ってんだな。あんま地形とか覚えてねぇわ。ま、オレは仲間を見つけながら未供養墓地とやらをボチボチ探しとくぜ。墓地だけにな笑』
これはグループチャット。
フレンド登録をした時に、一応専用のチャットルームを作っていたものだ。
俺は届いていた彼ららしいメッセージに苦笑しつつ、全員に同じ文章を返した。
『必ず生きて会おう』
少しクサイかもしれないが、これが今俺の思う本音だったから。
そして俺は戦闘に入ってしまう前に、今の現状を把握することにした。
まずはウィンドウを開き、自分のステータスを確認する。
【名前】ミドウテンリ
【職業】剣士(Swordman)
【レベル】4
【HP】310/310
【MP】88/88
【ステータス】
・攻撃力 :46
・防御力 :32
・俊敏 :38
・知力 :24
・精神 :30
・会心率 :5%
・行動速度 :1.10
【パッシブスキル】
・集中力
【戦闘スキル】
・斬撃
・月影斬
【模写眼スロット】1/3
・裂走
【装備】
・俊足のブーツ(俊敏+5/移動速度+10%)
・初級剣士のロングソード(攻撃+10)
・軽鎧ジャケット(防御+8)
ゴブリンたちを倒す前と比べて、レベルが少し上がっている。
もちろんステータスもだ。
スキルはゴブリン戦で覚えた月影斬と、模写眼、裂走、それにスキルブックで覚えた集中力を合わせると計四つ。
とはいえ模写眼と裂走は、ワンセットのようになっている。
模写眼の詳細を見るに、どうやらこれは、スキルの動きを視覚的なコードとして読み解くことで、そのスキルを完全にコピーすることができるらしい。
こうやって文字にすると、ただただわけの分からないスキルだ。
だけど感覚的には、相手の動きが目で見て分かるようになった。
そしてそれが何らかの文字列として、俺の脳にインプットされ、気づけば使い方まで分かるように……というような感じ。
とりあえず自分のスキルについては把握したが、問題はその取得条件。
「レベルアップ、ってわけじゃないんだよなぁ」
今覚えているスキルは、スキルブックで取得した集中力以外は全て、戦闘の中で手に入れたものだ。
しかしアークスでは、スキルはスキルブックかレベルアップでしか習得できなかった。
この二つの違いはかなり大きい。
いい意味でも悪い意味でも。
「スキルを得た時、俺は何を考えていた? 周りの状況は? モンスターは何をしていた?」
レベルに依存せずスキルを会得できるのはいい事だが、なんせ不確定情報が多すぎる。
再現性を得るまでは、ひたすらに検証を繰り返す必要があるだろう。
そして次に確認するのは、例のアイテムだ。
【召喚のカケラ〈No.01〉】
特定条件を満たすことで、英雄の召喚が可能になるカケラの一部。
全10種の断片。全てを集めた者は未知のコードにアクセス可能。
〈特殊召喚コード断片〉
〈コード識別進行率:該当条件未解析〉
[解除コード:??????????]
表示されるのは、ただの文字列と意味不明な英数字の羅列。バーや進捗表示などはなく、まるで謎解きのような設計だ。
ここに正しい解除コードを入力すれば、召喚が使えるようになるようだが。
「全10種類集めれば、解析できるのか。なにか規則性があれば、もう少し早く読み解けるかもしれないな」
実はこの模写眼で、隠れたコードが少しだけ視えているのだ。
もう一つ二つ、カケラが揃えば、あるいは……。
その時だった。
――カラン、カランッ
金属同士が弾くような音。
そこに混じる、骨が軋むような不快な音。
物陰から、何かがゆっくりと現れた。
全身を朽ちた鎧に包み、手には錆びた剣を握った人型の亡者が一体。
「……スケルトンか?」
アークスでは見慣れた敵。
しかし、本来モンスターが現れないこの街にいるのは、思った以上に違和感があるな。
そしてその眼窩と目が合う。
「クゥゥ……キキキ……ギリギリ……」
スケルトンは、唸り声ともつかない声をあげ、俺に向かって突進してきた。
「……試すには、ちょうどいいな」
スキル獲得の条件――それを探るには、生きたデータが必要だ。
対象は、目の前のスケルトン。
俺は間合いを一気に詰め、剣を抜くと同時に、意識を戦闘モードへと切り替えた。
「はぁぁっ!」
カンッ――
勢いよく振り抜いたが、奴のまとう金属鎧にはほとんど効果がなかった。
しかし俊足のブーツで速度が上がっている分、前回のクエストより動きが軽いな。
やはり装備は大事ってことだ。
「カタカタカタ……ッ!」
スケルトンなりの威嚇。
骨を震わせ、気味の悪い音を鳴らしながら、再び俺に迫ってきた。
人型の亡者は、剣を振りかぶる。
右肩がわずかにあがった。
手首も引き、手掌に力が入る。
下肢の踏み込みと剣を放った角度から、
その先の軌道が読めた。
俺は低く屈む。
刃が風切る音。
俺の直上を剣が通過した後、
俺は自らの剣を振り上げた。
ガキンッ――
それでも金属鎧が刃を弾く。
次は斜め上からの振り下ろし。
俺は体を半身にして、軽く避けた。
もう一発、剣をぶち当てる。
何度も、何度も、
剣を振るうが、スケルトンは倒れない。
いや、もはや倒れなくてもいい。
これは一つの検証なんだから。
スキル習得の規則性を、見つけるための。
「イメージすりゃいいってもんじゃなさそうだな」
実践を踏まえても、まるで分からない。
これは気が遠い作業になりそうだ。
次の剣筋はまっすぐに水平――
振りかぶる前の予備動作で、相手の動きが概ね分かる。
これは全て、模写眼のおかげだ。
この眼はスキルのコードだけじゃなく、相手の細かな動作までが分かる。
わずかな筋の収縮や重心の位置、それに対する関節の動きまで。
だからこそ、次の動きが予測できる。
まさに未来をも見通す力、予知能力といってもいいだろう。
おかげでこうやって、余裕を持った検証作業ができているのだ。
……そろそろだな。
ケリをつける。
いつまでもここで、遊んでいられない。
早く仲間を探し、クエストを攻略せねば。
ピコンッ――
電子音とともに、脳の奥に何かが焼き付いたような感覚が走る。
〈スキル:後方跳躍を取得しました〉
着実に迫る水平斬り。
軽く避けつつ敵を倒すには、どうすればいいか。
この答えが今、ウィンドウに現れた。
「後方跳躍っ!」
体は物理法則を無視し、準備動作もないまま一瞬で後ろに飛び退いた。
これが、後方跳躍か。
そして――
「月影斬っ!」
白い斬撃が一閃した。
ザシュッ――
スケルトンは鎧ごと真っ二つに割れ、他モンスタの例外なくポリゴン状となって消えていった。
「……今、どうやって取得した?」
勝利の余韻もそこそこに、俺は慌ててウィンドウを展開する。
ステータスは変化なし。
だがスキル欄には、まるで最初から存在していたかのように〈後方跳躍〉の文字が刻まれていた。
まるでスキルを拾ったというより、いつの間にか埋め込まれていたような感覚。
この現象、一体なんなんだ。
「あの瞬間、俺は何を考え、何を見ていた?」
戦闘中にスキルが取得される。
それは偶然じゃない。
何か――引き金となる条件がある。
だが、それが分からない。
頭で組み上がらない。
再現の糸口が見えない。
くそ、惜しい。
指先まで届いているのに、掴めない。
そんな試行錯誤の中で俺はふと、遠くから聞こえる音に気づいた。
……ガンッ! バキィッ!
何かが破壊される音。
その中に、微かに混じる女性の声。
「っく……来ないで……! ミュリス、お願い!」
声の主は、おそらくこの路地の先。
俺は急いで駆け出した。
そして路地を抜け空き地へと出た瞬間、
そこにあったのは、さっき俺が戦っていたスケルトン、しかも三体まとめて戦う、ミユと風の精霊の姿があった。
さすがに敵の数が多すぎる。
ミユはなんとか間合いを取りながらも、徐々に囲まれていく。
「間に合えっ……!」
俺は勢いよく路地から飛び出し、彼女へ大声をあげる。
「ミユ、下がれ!」
「……えっ!?」
呼びかける声は、もはや怒鳴り声に近かった。
ミユの顔が驚愕に染まる。
目を丸くし、硬直したその身体。
だが構っている暇はない。
この一瞬の判断が、命を分ける。
俺は躊躇なく、彼女の前へと飛び出した。
集中力スキルを発動。
動きに無駄をなくし、一撃で仕留めることに意識を集中させる。
駆け抜ける軌道を脳裏で描いた瞬間、俺は深く息を吸い込み、
「――裂走ッ!!」
ザシュザシュザシュッ――
この身が一瞬で横なぎに駆け抜け、骸骨たちをまとめて薙ぎ払う。
粉砕された骨が地に跳ね、霧の中を弾け飛ぶ。
ポリゴンの破片が空中に舞い、やがて静かに消えていく。
気づけば、あたりは静寂に包まれていた。




