第6話
転移の瞬間、再びあの感覚が訪れた。
現実と仮想が剥がれ落ちるような、脳が揺れる感覚。
そして――目を開けた先には、懐かしい光景が広がっていた。
「ここが……始まりの街?」
石畳が整然と敷き詰められた広場に、レンガの家とオランダ風の木造建築が肩を並べる。
風車が回る音が、風に乗ってカラカラと響いてきた。
淡く差し込む陽光は、川面を照らし、小橋と街路樹に静かな輪郭を与える。
人の気配のないこの風景が、かえって不気味なくらい美しかった。
構造的には、アークスの頃にあった始まりの街とほとんど一緒だな。
だが――
「……誰もいねぇ」
レイジが呟いた通り、街には誰一人として人影がない。
すべてが無人。
NPCすら存在しない。
聞こえてくるのは風車の回転音と、遠くで小鳥がさえずるような音だけ。
そして――
「……みんな、上!」
カズの声に誘われて見上げれば、空には巨大な文字列。
夕空を背景に、数字が浮かび上がっていた。
【次回クエスト開始まで:23:39:45】
なるほど。
ウィンドウに表示されたカウンドダウンと同じ。
クエスト開始時間ってことか。
この不気味なまでに静かな世界と、無言で迫るタイムリミット。
まるで処刑台に座らされたような気分だな。
「とりあえず、街の中を調べてみよう。何か手がかりがあるかもしれない」
俺がそう提案すると、全員が頷いた。
こうして俺たちは一時的に手分けして、街の中を見回ることにした。
* * *
30分後。
集合場所として指定していた広場に、全員が戻ってきた。
「とりあえずぐるりと見てきたけど、人っ子一人この街にいないようだね」
「私はアイテム屋に行きました。ちゃんと棚にポーションや状態異常薬も並んでいて、欲しいアイテムを手に取ると、自動的にウィンドウが出てきて、金額が引かれるんです」
「武器屋と防具屋もあったぜ。性能もアークスと似てたが……やっぱり無人だったな」
なるほど。
前作と同様、武器屋やアイテム屋はしっかり存在しているようだ。
ただしNPCがいないため、代替としてウィンドウ決済になっているらしい。
そしてそれぞれの購入は、先ほど受け取った200万円で対応可能。
まぁ、概ね予想通りだな。
「ミドくんは、何か分かったかい?」
カズは俺にそう問いを投げた。
「ガチャ神殿を見つけた」
「ガチャ?」
初めて聞く単語に、皆の目が一斉に向けられた。
「え、それってもしかして……報酬でもらったガチャチケットを使う場所、ですか?」
「うん。アイテム欄にあったチケットに記載されてたんだ。神殿で使えるって」
そして俺は、もう一つの事実を確認していた。
ボス討伐で得た「召喚のカケラ」とやらは、このガチャとは別物だということを。
あれはラインナップに存在していなかった。
「ただ、召喚のカケラってのは使えなかったけど」
「……召喚のカケラ? なんですか、それ?」
シュエナが小首をかしげる。
他のメンバーも似たような反応だ。
一応カマをかけてみたけど、やはり持っているのは俺だけらしい。
「あ、えっとたしか、ボスの討伐報酬だって書いてあった。まぁ今のところ使い道もなさそうだけど」
そう答えておいた。
というか、これ以上答えようがない。
俺自身、よく分かっていないし。
「それよりも、神殿に行ってみないか? チケットもあるし、試してみたい」
「だなっ! ガチャなんて、ソシャゲみたいでおもしろそーだし!」
「で、ですね。なんでも試してみるべきです!」
「ガチャなんて子供の頃ぶりだから、ちょっとワクワクするなぁ」
と、俺の言葉に全員が賛意を示す。
「じゃ、いくか」
と、足を踏み出した時、シュエナが手をまっすぐ上に挙げた。
「……そうだ、フレンド登録しときませんか?」
彼女は言葉を続ける。
「クエストに行ったら、バラけちゃうかもしれませんし……」
「お、それいいな! 今後の連絡にも使えるし!」
「……こちらこそ、よろしく頼むよ」
これまた全員が賛成。
たしかフレンド登録とは、お互いのレベルやステータスが把握できるようになる。
そしてアークスと仕様が同じなのであれば、状態異常や残りHPなども分かるはず。
この死と隣り合わせのアークマギアで、互いの状態が分かるのは、かなり心強い。
「じゃあ、そうするか」
俺が最後に首を縦に振ったところで、俺たちは順番にフレンド登録を済ませていった。
「……へへ、これで安心だな」
「で、ですね。仲間って感じがして、心強いです」
「言葉どおり一蓮托生、だね」
表示されたフレンド一覧に、四つの名前が並ぶ。
誰かと繋がっているという感覚――それだけで、不思議な安心が胸に灯った。
「なんたって、オレたちにはミドがいんだ。コイツ、アークスの頃、バグチェッカーって呼ばれてたんだぜ。ミドがいりゃきっといつか、ここから抜け出せるさ!」
レイジが要らぬことを言い始めた。
「おい、レイジ! 余計なことを……」
「わ、私もっ、そう思いますっ! バグチェッカーさんは私の憧れというか……あ、いや、そうじゃなくて、有名なんですよ! はい!」
続くシュエナは、失言とばかりに顔を赤らめ、そそくさと話題を締め終えた。
「おいミド、こんな身近にファンがいたとはな。それもこんな綺麗な!」
「こら、レイジ!」
「ちょっとレイジさんっ! 茶化さないでください!」
まさかバグチェッカーにファンだなんて、とちょっとした照れ隠しに声を荒らげてしまった。
だけど彼女も彼女で、満更でもなさそうな感じ。
うん、そんなに空気は悪くないな。
むしろ心地いいくらい。
その証拠に、俺たちの会話を見ていたカズもケラケラと腹を抱えて笑っている。
さっきまで命懸けの戦いをしていたなんて、まるで思えないほどの雰囲気。
これでこのβテストが、ただのゲームだったとしたら、どれだけ良かったことか。
「ほら、さっさとガチャ神殿へ行きましょう! テンリさん、道案内をっ!」
「え、わ、分かった」
ま、そんなこと今考えても仕方ない。
いくら悩んでも、あのカウントダウンは止まらないんだから。
俺たちは、
今できることを、していくだけだ。
こうして俺たちは、
ガチャ神殿で新たな力を得るため、足を進ませていったのだった。
* * *
そして現実世界――
その様子をβテスト会場、監視カメラの先〈中枢管理室〉から、ある人物たちが監視していた。
暗いガラス越しに映し出された映像。
そこには、βテスト会場に戻ったテンリたちの姿がリアルタイムで映っている。
「ミドウテンリ、やはり彼は面白いね」
モニターを見つめながら、中年と若い男の研究者が2人語り合っている。
「アークスフィア=コードで異常なまでのバグ報告数。しかも最新階層攻略プレイヤーのくせに、ゲーム内のあらゆるランキングではいつも圏外。異名はたしかバグチェッカー、だったかな? 今回、五感同期下で彼から得られる脳波が楽しみだよ」
「それに彼、最初のクエストで模写眼を取得しています」
「……模写眼だと!? 死を直感した瞬間、圧倒的理性で、生を模索した者にのみ取得を許された、あのユニークスキルか!?」
驚愕のあまりモニターから目を離し、若い研究者へ顔を向ける。
「……はい。まさか序盤に取得する者が現れるなんて思いもしませんでした」
「いや、そもそも取得できる者がいることに私は驚きだよ。……しかしユニーク職への進化を果たす可能性を秘めた特殊スキルか。さっそく彼を中心に、物語が動き始めそうだ」
中年の男がニヤリとほくそ笑む。
「しかし代表……このシステム自体、すでに運営の手を離れ始めています。βテスト会場のAIも勝手に進行をしてますし、正直、もうテストとは呼べないレベルまで来てると思われますが」
若い研究員が、不安げに眉をひそめる。
「だからこそ必要なんだ。ミドウテンリのような、逸脱者が。彼なら私たちの研究に対して、成果を残してくれる。そして同時に……」
「……止めてくれると? この暴走した世界を?」
画面に映るテンリの背中が、ゆっくりとカメラへ振り返った。
「あぁ。私はそう信じているのだ」
その視線が、モニター越しにまっすぐこちらを睨んでいるように見えたのは――きっと気のせいではない。
そして研究者たちもまた、彼から一切視線を逸らさず、しばらくの間、じっと見つめ返していた。




