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予測不能のVRゲーマー、スキル模写とバグ技で死のゲーム〈アークマギア〉を規格外に生き残る  作者: 甲賀流


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第3話


 カツ、カツ……。


 コンクリートの地面を踏み鳴らすような、硬質な足音。


 塀の向こう、鼻を鳴らす音と共に、ゴブリンの気配が増えていく。


「っ……」


 その場にいた誰もが、息を飲んだ。


 だが――


「……ひっ!」


 俺たちの塀から少し離れた箇所、誰かがわずかに声を漏らした。

 掠れたような女性の引き声。


 それが引き金だった。


「おいっ……バカ! 声出すなって言ってんだろ!」


 強面の男が怒鳴った。

 反射的に出たその怒声が――


「ギィィィッ!!」


 咆哮となって跳ね返った。

 塀の外側から、鋭い殺気の叫び。


 ゴブリンが、明確に狙いを定めた瞬間だ。


「……くそっ! 仕方ない!」


 もう手遅れだと悟った俺は、立ち上がり、叫んだ。


「こっちだ!」


 全身の力を振り絞って、西方向へと走り出す。


「ミド!」


 レイジが俺の後を追う。

 それに釣られるように、同じ塀にいた数人が走り出した。


 他の塀に潜んでいたプレイヤーたちも、状況を察し、一斉に動き出す。

 かろうじて、声を漏らした側のプレイヤーもついてこれたようだ。


「おい、先頭! 行き止まり……じゃねぇか!」


 強面の男が、痛みを堪えながら声を張る。


 向かう先には、高く築かれたコンクリートの塀。


 普通に見れば、ただの袋小路だ。


「ミド、止まれ! ぶつかるぞ!」


「……大丈夫だ、レイジ!」


 俺はそれだけ呟き、走り続ける。


「な、なんだよそれ! 無茶だって!」

「くそ、死ぬしかねぇのか……」

「ついてこなけりゃよかったですよ!」


 焦りと恐怖に飲まれ、後列の何人かが進路を変える。

 

「付き合ってらんねぇ! あっちに抜け道があるじゃねぇか!」


 強面の男が南側へ方向転換。

 それに連なる数名。


「ぼ、ぼくもあっちついていきます!」

「私も!」


 何人かは一瞬だけ俺を見た。

 迷いと、恐怖とが入り混じったような目で。

 しかし次の瞬間、背を向けて駆け出していった。


 そこに何が待っているのかも知らずに。


「そっちはダメだ!」


 叫んだが、声は届かなかった。


 ここは前作〈アークスフィア=コード〉に存在した初級クエスト――ゴブリンの集落。


 そして南の外壁を抜けると、たしかゴブリンの待ち伏せエリアがあったはず。


 俺の予想が正しければ――


「ぎゃあああああああっ!」

 

 案の定、彼らの絶叫が響く。


 ゲームとは思えない、生々しい叫び。


 そんな喚叫が、肉を裂く音とともに呑み込まれる。


 抗う声は泥を呑むように、音ごと消えていった。


 残ったのは、食らいつくような何かの咀嚼音と……いや、それすらも、すぐに消えた。

 

「く……っ!」

「なんだよ、あれ……」


 心が痛い。

 胸が苦しい。


 自分の不甲斐なさに嫌気がさす。

 

 だが俺たちに残されたのは、ただ走ることだけだった。


 ここから生きて、出るために。


 残ったのは、俺含め六人。


 西の壁が徐々に迫る。

 

 ――そろそろ、覚悟を決める時だ。


 背後では、南側と合流し、さらに数を増したゴブリンたちがこちらへ迫ってきていた。


「ヤバいってこれ!」

「βテストなんて、受けるんじゃなかった……」


 悲痛な叫びが飛び交う中、俺はステータスウィンドウを開き、装備の設定をONに切り替えた。


 手に現れたのは、装備欄に記されていた〈銅の剣〉。

 腕が沈むほどの重量が掌に乗る。


「みんな、ステータスから武器を装備して! 攻撃しなくていい、持ったまま、ついてきて!」


 混乱しながらも、皆ステータスから武器を取り出していく。

 ステータスを知らない人たちは、レイジや他の人から指示を受け、なんとか手に持つことができた。


「行き止まり――っ!!」

「いやああああっ!」


「皆、一切武器は振らない。ただ飛び込むだけ! それだけだからぁっ!」


 俺は声を張ってそう言い残したのみ、塀に向かってめいっぱい飛び込んだ。


 頼む……っ!

 ここは……俺がこのゲームで初めて見つけたバグ、すり抜けポイントなんだ!


 アークスと同じ仕様であってくれ!


 ゴンッ……。


 鈍い音がするかと思ったその瞬間、視界が一変した。

 一瞬だけ重力がスッと抜け落ちる感覚。

 そして気づけば、俺の足はもう反対側の草原を踏みしめていたのだ。


 壁を――通り抜けた。


「え……?」


 後続のレイジが、呆けた声を漏らす。


 後ろから続々と塀に突っ込んでくる他のプレイヤーたちも、次々と通り抜け、同じ場所に出た。


 周囲を見渡せば、そこは草原の外れ。


 完全にゴブリンたちの姿はみえなくなった。


 成功……したぞ。

 抜けた先もアークスの時と同じ……。

 やっぱり、仕様まで同じだったんだ!


 この集落の地面や壁、全てにおいてアークスと同じ構造だったためすり抜けできる自信はあったが、やはりぶっつけ本番は死ぬほど緊張した。


 俺は嬉しさと安堵感で、握る拳に力が入る。


「ミド……これ、すり抜けか!?」


「あぁ。アークス時代に見つけたバグの一つだ」


 なぜかこの塀の構造体だけ、ゲーム内部的に『武器』と同じ材質として処理されている。


 プレイヤーが武器を装備し、無抵抗で塀に触れると――ゲームの当たり判定がバグを起こすという仕組み。


 だからだと思うが、通り抜けた直後、いつも装備が強制的にOFFになる。


「……お前、マジですげぇよ」


「運営が気づいていたら修正されていたかもしれなかったが、未だに残っててよかったよ」


 それを聞いて、他のプレイヤーたちが歓喜の声を上げる。


「助かった……」

「……ありがとう、本当に」


「ま、まだですよ、みなさん!!」


 その声に、全員が振り返った。


 そこにいたのは、儚げな雰囲気を纏った女性。


 長い黒髪と透き通る白い肌、落ち着いた声音で、それでもどこか震えた声だった。


「……ここから出るためには、ゴブリンのボスを倒す必要があります。ですよね?」


 俺の目を、じっと見てくる。


「あぁ。間違いない」


 だから問いに答えた。


「なら、戦う場所を選びましょう。……私、覚えてます。この先に……戦いやすい所があったはず」


 彼女はそう言って、この先を指差す。

 

 彼女が示すその方角こそ、俺が今まさに向かおうと思っていた場所。


 そして戦いやすい場所といった。


 間違いない。

 彼女も気づいたのだ。

 ここはアークスのクエストと、ほとんど同じステージだということを。


 そして彼女は、ただのプレイヤーではない。

 

 今から向かう場所とはアークスプレイヤーにとって、知る人ぞ知る、攻略サイトにすら載っていない隠しエリアだからだ。


「あ……すみません。私、つい余計なことを……」


 彼女は不意に顔を赤く染め、ヘコヘコと頭を下げ始める。


 何も悪びれることないのに、とそう思いながら、俺は彼女に疑問を投げた。

 


「……君も、アークスの経験者なのか?」


「えぇ。……でも私は、攻略組ではなかったんです。ただ攻略サイトとか……ステージの地形とか、見るのが、なんとなく好きで。この隠しエリアも、私がゲーム設計をするならと思いながら探索してたら、たまたま見つけたもので……」


 少し言い淀みながら語る彼女。


 その言葉に、俺はどこか親近感を覚えた。


 どことなく、俺のプレイスタイルと似ている気がしたから。


「……とりあえず、場所を移さないかい? その戦いやすい場所ってところにさ」


 優しい口調の男性。

 彼はたしか、ゴブリンに初手でタックルをかました人。


 短髪黒髪で刈り上げ。

 体格もよく背も180cmほどありそう。

 自衛隊や消防士をしていそうなイメージだ。


「そう、ですね」


 レイジが同意し、それに遅れて他のメンバーも首を縦に振る。


「じゃ、じゃあ……私、案内します!」


 彼女先導の元、俺たちはその目的地に向けて、足を運んでいくのだった。

 



 * * *



 五分ほど皆で走っている。


 ゴブリンたちは未だに追ってきているが、かなり後方に位置している。


 壁すり抜けだ、かなり時間は稼げたようだ。


 先頭は彼女と俺。

 同じ場所を知っている同士、確実に間違いがないよう、この配置になった。

 そして他メンバーが後ろからついてくるという形が今の俺たちの陣形。


「もしかして……ミドウ、テンリさんですか?」


 隣からのひと声。

 恐る恐る、適度な距離感からの踏み入り方。

 かなり遠慮気味の問いだということが、その声色から分かった。


「あーうん、そう、だね」


「あ、やっぱり……っ!」


 そう答えると、彼女の声音が明るくなった。


「あの状態から、咄嗟に西へ向かうよう指示したり、なんの迷いもなくすり抜けバグの位置を把握して飛び込むなんて、あの有名なミドウテンリさんにしか、できませんもんね! あの指示を聞いた時から、正直アナタがミドウテンリさんだって、私はわかってましたよ」


 急な饒舌に、返す言葉が見つからない。

 ここまでリアルの女性に褒め綴られることなんて、早々ないため、照れるというか、恥ずかしいというか。


「あーえっと……」


「あ、その……すみません。自己紹介がまだでしたね。私、シュエナって言います。よろしくお願いします」


「あ……うん、よろしく」


 とまぁぎこちない感じで挨拶は終わったが、そろそろ目的地が見えてきた。


 密度の濃い叢林だ。


「なぁ、行き止まりだけど、またすり抜けでも使うのか?」


 レイジからだ。

 当然の疑問だと思う。

 繁った草や木が硬くて、どう見ても、通れたもんじゃないからだ。


「……いや、一部だけ通れるんだよ」


 ガサガサッ――


 俺の答えと同時に、シュエナが草木を掻き分け、その道を切り開いた。


「おぉ、こんなところあったのか!?」


 全員が驚きを見せる。


「さっ、こっちです、皆さん!」


 そう、ここがゴールではない。

 この細道をくぐり抜けた先に、俺たちが目指す場所があるのだ。


 茂った草で、視界が悪い。

 しかし抜けるのに、そう時間はかからなかった。


「……ここです」


 シュエナの先導はこれにて終わり。

 まるでそう言いたげに彼女は深く息を吐いた。


 草原を見渡せる自然の高台。

 唯一の侵入口は、さっき通ってきた細い通路ただひとつ。

 

 ここなら敵の数を制限しながら迎撃できる。



 俺たちは互いの役職を照らし合わせた。


 俺とレイジが近接戦向き


 シュエナともう一人、ケイタという男性が魔術師、さっきのガタイのいい中年男性、カズが狩人、弓を使える。


 残るミユという20代後半くらいの女性、彼女は精霊使いのようだ。


 どれもアークスにあった職のため、なんとなく立ち回りは分かる。


 そして俺とレイジ以外は遠距離系。

 ここで迎え撃つには、最適な職ばかりだ。


 それぞれが配置につき、弓や杖を構える。


 そしてゴブリンの影が、草原の向こうから徐々に迫ってくるのが見えた。


 その中には、ひときわ大きく、異質な気配を纏う個体も。

 


 あれがゴブリンのボスだ。


 アークスの頃と同じ見た目。

 間違いない。


「来るぞ!」


 俺の合図で、皆、気合いのひと声をあげる。



 こうして俺たちβテスターは、地獄のようなチュートリアルの本番を迎えたのだった。

 


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